作品タイトル不明
冒険者111 若気の自由娘
かけられた声の方向に頭を動かすと、鋭い眼差しの女性が居る。
まだ大学生くらいだろうか。白く染めたウルフカットの人物は柱に背中を預け、胸の前で腕組みをしている。
薄青のシャツにダメージジーンズ姿の彼女は上から下まで俺を見て、そして鼻で笑った。
「アンタが立花・翔であってる?」
「――ええ、その通りですが」
まさか、という言葉が脳を巡る。
彼女の姿は未来ではよく知っていた。その手に武器は持っていないものの、大規模なダンジョンを攻略するメンバーとして彼女が参戦しない場合は殆どない。
氷室神那。メイン武装は槍で、同時に氷の魔法も使うアタッカーだ。
一匹狼気質で、基本的にパーティー単位での活動はほぼほぼ行わない。行ったとしても単独行動が多く、彼女自身の実力が高くなければ煙たがられやすい。
上にも下にも丁寧語を使うことはなく、冒険者という職業がなければ完全に社会不適合者としてまともに就職することは出来なかっただろう。
かといって冒険者界隈でも彼女は順風満帆だったとも思えない。
「咲から聞いた時はどんな奴かと思ってたけど、普通だね」
「えぇ……」
氷室が話しかけにくるなどどんな理由かと身構えたが、想像より軽い理由で逆に引いてしまった。
そういえば咲と氷室はこの時間軸では同期か。一緒に組む機会があって俺に関する何事かを話したに違いない。
だとして氷室が興味を覚える程の理由とはなんだろうか。流石に未来を知っていてもプライベートな彼女と未来の俺は出会っていない。
どうにも気まずい空気に頬を掻いて、さっさと逃げるかと脳内で決断を下した。
「……要件はそれだけですか? それならもう仕事に行きたいんですけど」
「ああ、ごめんごめん。 別に引き止めようって訳じゃなかったから。 ――――ただまぁ、つまんない人生送ってそうだねって感じただけ」
「はぁ,そうですか」
氷室の口調は無味乾燥としている。
実際、本当にたまたま咲の話題の中で出てきた人間が横切っただけなのだろう。変な興味を持った訳ではないと解って安堵したが、それはそれとして人によっては即座に喧嘩に発展するような態度だ。
思わず注意をしたくなったものの、そんなことで時間を浪費するのも無駄でしかない。早々に短い返事をするだけして、俺は踵を返してダンジョンを目指した。
その日はそれで終わり、四人組も俺の悪い話を聞いてはいたがまったく気にする様子を見せなかった。こうなっているのは彼等自身があんまり良い環境に居た訳ではないからだろう。
ようやっとこれから這い上がれるって時に、人の噂話に付き合う暇はない。そんなものに踊らされるとなれば中途半端に社会的立場を得た後だ。
勿論、そうなったとしても彼等には慎重な立ち回りが要求される。なにせ預言者が情報を与えたのだから、もしも不祥事の一つでも起こせば彼の顔に泥を塗ることになってしまう。
預言者の地位は二年が経過した現在でも不動だ。
よくある最初が一番偉いの理論で、預言者はもうレジェンドの椅子に座らされていた。
彼の発言の一つ一つに社会情勢は揺れ、それは世界まで巻き込む大規模なものになる。
最初にそう書いたネット記事を見た時は唖然としたものだが、言葉にしないまでもギルドでは預言者に関係する話は違和感を覚えるくらいに出てこない。
ネットでは散々に出てくるのに、冒険者の間では日々のあれこれを話すだけだ。
困っていると口にしておいて、それで一番頼りたい存在について話が出ないのは不自然だろう。
話が逸れたが、四人組が今直ぐに変な行動を起こす理由はない。時間と経験を重ねていけば、彼等ならかなり早い段階で中堅を飛び越えられると俺は信じている。
近々中国にも赴く予定があると榊原は口にしていた。
アメリカは使えず、他に新しく生えたダンジョンも現在はその国が独占している状態なので入ることは出来ない。
独占するまでに日本は手助けをしたのだが、それでも自国で現れたものとして日本が素材を集める行為の一切を禁止している。欲しいなら金を出せば輸出してくれるそうだ。
およそ、そんな真似をする国に日本が良い顔をする筈もない。現在は冒険者の派遣も行われず、その国は自分達の力のみで全てを回そうとしていた。
現地の情報をSNSで発信している人間曰く、その結果として自国民の死傷者数はとんでもないことになってしまっているとか。
ダンジョンが出てしまった大国は早急の育成に忙しく、まだ出ていない大国はその対策に忙しく、他に協力してくれる国が居ないらしい。
一応、アメリカに大金を払ってある程度の冒険者による間引きは行われた。けれどその範囲は狭く、アメリカ側としては搾り取ってやりたいのか深くまで殲滅しないらしい。
まぁ、その国もドロップしたアイテムを渡さない等の制約をかけているそうなので、他で金銭を稼ごうとするのも道理だろう。
最終的には破綻を迎え、何処かの大国が管理するのは目に見えていた。
俺達はそんな連中と事を構えたくない。故に比較的安全な中国に向かい、より厳し目な環境で個々人の技能を磨いていこうと決めた。
ただ、中国のダンジョンでは戦闘行為は自衛以外禁止されている。厳しい環境に身を置くのであれば、何処かの企業と口裏を合わせて動くしかあるまい。
正しいだけで物事は回らないのである。こういった根回しも大人になればやらなければならないのだと知ってはいるが、実際に起きると気分が滅入ってしまう。
もっとストレートに話が進まないものか。そう愚痴ってしまうのは、俺も大人になったからか。
溜息一つ。ギルドで何時も通りに榊原と軽い情報共有を行い、今日も現地集合となっている四人に会う為に足を動かす。
俺への敵意は依然として消えていない。まぁこの前の今日だし、いきなり消える方が不気味だ。
この分ではパーティーを新しく組む際に一悶着起きるだろう。老人や榊原を含めた上側の思いとしてはもっと戦力の拡充をしてほしいのだろうが、やはり人の感情は理性を容易く粉砕する。
手っ取り早く済ませたいなら、もう預言者を酷使させるしかないかもしれない。
まさか咲との会話一つで状況がここまで悪化するとは思わず、内心はずっと面倒臭いで締められていた。
――――だから、気づかなかった。
「おーい、立花さーん」
ダウナーな声。耳に届いた言葉は、昨日も聞いた覚えのある声だ。
顔を横に向けると、やはりウルフカットの氷室が少し離れた壁に立っている。
今回はその腕に自身の身長程もある縦長のバッグが抱かれ、黒いギルド用のジャケットを引っ切る形で羽織っていた。
嫌な予感を覚えつつ、ゆっくりと彼女の下に向かう。ここで無視をしたら更に周囲からの評価下落は確定だ。
「なにか?」
「今日ダンジョン行くんでしょ? 私も連れてってよ」
「……はい?」
感情の乏しい顔で、目だけ鋭い彼女がよく解らない発言をしてくる。
思わず疑問符の混じった言葉を漏らすが、本人は気にした風もなく勝手につらつらと話し始めた。
「いやー、私は興味なんて欠片も無いんだけどさ。 昨日の話を咲と電話でしたらちゃんと謝罪しろってうっさかったの。 おまけにアンタの凄いところなんてのを二時間たっぷり聞かされてさ。 あんな才能マンがそんなに凄い凄い言うなら、ちょっと確かめてみようじゃんって思ったわけ」
「いや、なんでそうなるんですか。 それに連れてはいけませんよ、申請も出してないでしょうし」
「私が隊長に言って申請は別に受理させた。 きっと今頃は榊原隊長に頭下げまくってるだろうけど、まぁ許してって感じで」
聞けば聞く程、俺自分の頭が痛くなるのを感じた。
有望な冒険者は我が強い。それはそうで、実際に彼女のような振る舞いをする人間は一人や二人ではない。
だとしても、これは酷いだろう。なんでこんな奴を採用するよう仕向けてしまったのかと、俺は空で指を立てるベテラン組の幻影達に内心で必死に頭を下げまくっていたのだった。