作品タイトル不明
冒険者107 汝、腐るべからず
田代は倍加という単語を聞いて、少し首を傾げた。
「倍加というと、何かを倍にするってことですか?」
「そうです。 ただし言葉通り、二倍までが限度ですが」
「二倍、ですか⋯⋯」
倍加の能力は極めて単純だ。あらゆるものを二倍にする。
それは自身のステータスでも、能力でも、物でも生命でも二倍に出来てしまう。
ただ倍になるだけと聞かれれば弱い技能だと思うかもしれないが、そもそもこれを持っているかどうかでステータス差も大きく開く。
同レベル帯であれば突出した性能になりやすく、他人の作った物ですらも二倍に出来るのだから応用性は非常に高い。
ただ、彼の場合は戦士の中でも重戦士を取得している。特に技術的な部分の強い職業は選択しておらず、単純明快なぶつかり合いこそが彼の戦い方だ。
であれば、倍加でそれを強化してやればいい。別に頭の良い戦い方が一番良いという訳でもないのだ。
本人が嵌ったと思える戦い方をするのが一番良い。
「その技能の発動自体は簡単ですが、先の宗像さんのように感情によって発動時間が変わります」
「宗像と同じかぁ⋯⋯」
「おい」
感情による持続時間の延長は、宗像が先に見せたように存外難しい。
それ故に田代は気落ちした声を漏らしてしまうのだが、田代の場合はまだ簡単な部類だ。
「そう気落ちしないでください。 田代さんの技能で必要なのは怒りです。 これは戦闘の最中であれば一番表出しやすいものでしょう」
喜怒哀楽の内、田代の感情は一番表に引き摺りやすい。
戦闘で怒りを覚える機会は俺も多くあったし、榊原も経験上無数にあった筈だ。
冷静であり続けることが強者としての第一歩と認識されるが、田代の場合は逆に怒った方が実力を引き出せる。
とはいえ、それで我を忘れる程にまで怒っては駄目だ。ある程度の理性は残しておかないと、簡単に相手の罠に嵌って詰みにまで追い込まれる。
これについては模擬戦は行わない。あくまでも倍加の能力は二倍にすることであって、それ以外の戦闘方法に違いは出にくい。
バグのような方法があれば良かったんだが、これについては未来でも発見されなかった。
そもそもバグのような効果も種類が少なく、見つけるにも多大な時間を必要とする。あるかどうかも解らないものを探すよりも、把握している限りの能力を伸ばしていった方がずっと強くなれるだろう。
田代としても異論はないようで、本人は説明の終わった組で集まっている草木の上に座り込む。
宗像からは何か文句を言われているみたいだが、本人は考えたいようで完全にスルーだ。片梨も会話に加わらずに地面に木の枝で何か絵を書いている。
自分なりに効率の使い方を考えているのだろう。実際に自分で思いついた方が理解度も深まる。
さて、そんな三人を放置してついに俺と榊原は最後の一人である望都に顔を向けた。
当の本人は視線が集中して一瞬ビクついたものの、直ぐに自分の番だと顔を引き締めて寄りかかっていた木から離れる。
「お待たせしてすみません」
「いえ、皆が強くなる姿を見れたのは良かったです。 お陰で自分も強くなれる確信を覚えましたから」
「そう言ってもらえると有り難い限りです。 立花さんも退院明けに無理をさせてしまい、申し訳ございません」
「いえいえ、こっちこそ良いリハビリになります。 お誘いしていただけて感謝しているくらいですよ」
榊原の謝意に望都も俺も似たような返しをするが、榊原の反応は露骨だ。
望都には少し雑で、俺には丁寧に接している。その違いは見る人が見れば解ってしまうもので、気付いている望都はあははと苦笑していた。
信用度で言えば、付き合いの差で俺の方を重視する気持ちは解らないでもない。
それでも仕事なのだから確り平等にしてほしいのだが、宗像のパーティーメンバーである事実が足を引っ張ってしまっている。
更に彼を含めたこのパーティーが具体的に何かを成した訳でもない。あくまでも普段の仕事を熟し、それ自体も他の冒険者で成功させることは出来る。
つまり彼等は、榊原の視点ではその他大勢の範囲から逸脱しない。
こうして指導をするのも俺が採用したからであって、そうでなければ彼女は嫌な顔の一つや二つ浮かべていたかもしれない。
成果で人を見るような人間を嫌う者はそれなりに居るだろう。
彼女がそうなってほしくはないのだが、やはり社会は結果を出した人間の方に注目が向く。
縁の下の力持ちが人気を得るのは難しく、故に望都も何かにならなくては榊原に視線を向けてもらうことも出来ない。
しかし、安心してほしい。彼の技能は十分に強い。他の高難度ダンジョンでも通用する程に、正に破格の性能を有している。
複数の模擬戦で少し荒れてしまった地面に立ち、望都は榊原の言葉を待った。
真剣そのものな相貌に最初の雰囲気は無い。強くなることを決めた男は、たとえそれがどんな職業であろうとも格好良く見えるものだ。
「既に望都さんは技能を使っています。 この点は片梨さんと同様で、使うことに関しては条件はありません」
「はい」
「重要なのは貴方の技能。 『次元歩法』を回避のみに使っている点です」
望都の技能は、数多居る冒険者の中で最も母数の少ない属性を有している。
空間に干渉するタイプのこの技能の持ち味は、なんと言っても一時的に自身を別空間に移動させることにある。
発動時間は十秒。対象は己の肉体と持ち物に限定され、他者や他者の持ち物は一緒に次元を渡れない。
これは三次元の人間をそのまま一つ下の次元に移動させる技能であり、異なる次元に移動することで相手側からの干渉の一切を不可能にさせる。
とはいえ姿を消すのは出来ず、更に同じ空間属性からは干渉されてしまう。
尤も、空間の属性を有する人間は常に国家に囲われる運命だ。未来の彼も例外にならず、パーティーごと国家の所属となっている。
今も国家の所属になっているも同然だが、こちらの方が自由度は高い。
兎も角、彼は今のところ次元歩法を回避に用いていた。それはきっと自分が貧弱であると思っているからで、臆病な部分がそうさせてしまっているのだろう。
「どうして攻勢に使わないのですか?」
「……僕は暗殺者なので、一撃に比重を置きたいんです」
望都はそれらしい理由を述べているが、目は横に動いている。
完全に嘘だな。榊原の前で格好をつけようとして暗殺者を理由にしている。
だが、咄嗟に出たにしては納得しやすい理由だ。暗殺者に求められるのは正面戦闘ではなく、罠や死角を利用しての強烈な一撃。
アニメや漫画で暗殺者でありながら正面戦闘をするキャラがしばしば現れるが、普通に考えて絶対に選ぶべきではない。
それで相手が生粋の前衛なら余計に無しだ。さっさと時間稼ぎをした上で逃走した方が生存率は大きくなる。
次元歩法を逃走に使うこと自体は間違いではない。それも手札の一つとしては正しいが、それだけに力を注ぐのでは勿体ない。
「その考えは理解しますが、やはり幅は広い方が良いでしょう。 もっと踏み込んでみるのはどうでしょうか?」
「踏み込んでみる、ですか」
「そうです。 模擬戦の相手も今回は居ますし、やれることをやってみるのも大切ですよ」
アドバイスを聞き、望都は静かにこちらを見た。
その目には少しの迷いと、多大な好奇心が渦を巻いている。
挑戦をしたいと望むのは人であれ冒険者であれ正しい。望都も初恋の相手に勧められ、腐る道を捨てることを選んだ。
なら、俺はその挑戦を受ける。受けなければ――――自身を冒険者とは言えない。