作品タイトル不明
冒険者105 息する獣
技能『獅子の心臓』
この技能を運用していく上で、使用者本人に求められるのは勇敢であることだ。
如何なる強敵、如何なる困難、如何なる難局。その全てにおいて、使用者は一切怯んではいけない。
いっそ阿呆なまでに勇気を奮い立たせること。これこそが技能の継続発動に繋がり、限界を突破した力量を発揮するに至れる。
榊原の説明を受け、宗像はぽかんとした表情を浮かべた。
まさかそんなことで?と顔は語り、榊原も気持ちは解ると首肯を返す。
そうだ。獅子の心臓は種が解れば発動も継続も難しくない。捻った内容のものではないが、単純に自身のステータスをブーストしていく技能はシンプルに強い。
どんなパーティーを組んでも馴染みやすく、前衛を選択する限りにおいて発動条件は常に達成される。
双剣士との相性は特に良い。この技能の性能を限界まで引き出せれば、最速でステータスを肉体限界まで高めることも可能だろう。
「内容は聞きましたね? それでは早速、立花さんと模擬戦をしてみてください」
「⋯⋯解りましたッ」
獅子の心臓の内容を己の内で咀嚼して、笑みを形作って力強く答える。
俺も解りましたと短く返し、他の人間とは距離を取って宗像と向かい合う。
つい先日と同様の形に近くなったが、どちらも今回は武器が本物だ。迂闊に攻撃を決めれば肌を切り裂き、容易く死へと導いていくだろう。
だが、手加減などしてもらう気はない。多少の怪我くらいなんのその。今回は回復薬もギルド側で用意してもらったから、ある程度の怪我は受け入れるつもりだ。
「それでは――――始め」
武器を向け合い、彼女の開始の声に合わせて宗像の全身に橙の輝きが広がる。
次の瞬間には俺の元へと突撃し、まずは刃同士を激突させた。
甲高い金属同士の音は耳に痛い。しかし、俺も宗像もそんなもので集中を欠いたりしない。
一撃目ではまだ輝きは保っている。続けて二つの刃を交互に振るい、その全てに対して俺も一本のナイフで受け流す。
内容を聞いたお陰で彼自身に陰りはない。勢いそのままに前に突き進み、肉体は彼の技能の効果でより強靭になっていく。
速度が、力が、それぞれ秒単位で強化されていくのがぶつかる度に解る。
軽く流せた攻撃が段々と重くなり、逃せない分が衝撃となって腕を駆け巡った。
双剣士の持ち味は攻撃速度だ。威力が低い分、スピード任せの攻撃で相手の思考を削っていくのがこの職業の戦い方である。
そこに力が乗っていけば、双剣士は正に最強のアタッカーに名を連ねるかもしれない。
勿論、そうなれるかは本人次第。宗像本人が道を突き詰めていけば、この技能と合わせて強者の列に加わることは不可能ではない。
速度が増していけば相手側の選択肢は自然と増える。一秒に取れる行動の幅が広がり、前面だけの攻撃から左右と背面目掛けた斬撃も一斉に襲い来る。
時間にして十分も経過していないのに、既にあの模擬戦時の姿とはまるで違う。
勢いに乗って戦う姿勢は戦士らしく、この状態を維持出来るのであれば今後の冒険者稼業は安泰だろう。――――故に、そこに不安を投げ込んでみることにした。
右横の斬撃の直撃寸前に合わせ、身体を捻って回避。次に右足を狙う低めの横斬りを片足を上げて避け、胴体を縦に真っ二つにしようとする一撃を身体を横に動かしてすれすれで避ける。
視線は常に宗像の方へ。向こうは己の攻撃が命中しない事実に驚き、しかし奮起して速度を上げようとする。
技能の継続をしてもらう為に最初の一発分はナイフの腹で流し、秒と秒の合間に放たれる十数撃を全て顔を動かして見えているぞと解らせながら直撃寸前で回避した。
向こうからすれば信じられないだろう。
如何に元からレベルのハードルがあったにせよ、獅子の心臓は多少のレベル差を覆せる力を持っている。
ただ勇気を持てば良い。それだけでこうまで強くなれるなら、自分の我が揺らぐことは一生無いだろう。
宗像は間違いなくそう思っただろうし、実際に能力上昇系の技能でない相手となら十分以上に渡り合える。なのに、今回もまた俺を戦闘不能に追い込むことが出来ない。
全て攻撃を見透かされ、わざと当たる寸前で避けている。つまりはまだそれをするだけの余裕があると示しており、宗像が全能感を覚えた程度の強化具合ではまったく問題にならないのだと言外に伝えていた。
それなら、更に速く強くなれば良い。それを考えて、されど同時に危惧も覚えた筈だ。
本当にこのまま強くなろうとして大丈夫なのか?肉体はこの加速度的な強化にどこまで付いていける?
もしもここで骨が折れるようなことがあれば――――そんな不安が湧き上がる。
瞬間、音を立てて橙の輝きが消え去った。
不安が彼自身の勇気を上回り、急速に肉体性能が低下する。
獅子の心臓は強化が速いが、その反対に解除された瞬間にリセットされてしまう。余韻も無しに通常状態に戻り、その変わり様にバランスを崩す。
散々に攻撃をして前へと踏み出した彼は、解除された次の瞬間に予想通りに倒れた。
力の入れ方が狂ったのだ。瞬時に修正が出来る程に彼は獅子の心臓を知らず、故にこれにて模擬戦は終了だ。
「そこまで。 ⋯⋯宗像さん、どうして技能を停止させたのですか?」
「そんなつもりはありませんでしたッ。 また勝手にッ⋯⋯!!」
「発動条件に勇気が要ると言った筈です。 貴方は恐らく、立花さんの挙動に不安を覚えましたね」
宗像は勢いに乗っていた。
そんな人間が止まるとなれば、発動そのものに問題が起きたと判断するのが普通だ。
勇気を持てなくなった。いや、この場合は不安の割合が大きくなってしまったのが停止の原因。
獅子の心臓は敏感に心の変化を察知しただけだ。悪いのはこんな程度の低い技術に引っかかった宗像本人である。
榊原に指摘され、本人は悔しい顔ですみませんと謝罪した。
自分ではもっと出来ると思っていたのだろう。自己中な人間ほど自分を高く評価するものだが、それでも限度がある。
彼は初めての域で加速していた。放つ力の量も増え、そんなものを出した経験の無い脳は思わず最悪の可能性を想起させてしまう。
ここら辺は完全に慣れの領域だ。自分で幾度となく繰り返して感覚を養った方が良い。
一先ず、宗像への指導の一部はこれで終わりだ。
視線で榊原に次と告げ、彼女も頷いて目を片梨に向ける。
「宗像さんは一先ずここまでです。 次は片梨さんの技能について説明します」
「⋯⋯よろしくお願いします」
強引に頭を下げさせられた所を見た為か、彼は素直に言葉を改めた。
田代の件を見て表面上であっても態度を整えたのは良いが、それが嘘だと簡単に見抜けてしまうのは課題の一つだ。
今後、外部の人間との話の中で榊原と俺よりも嫌な客と対面することもあるだろう。
如何に我が強いといっても、それを抑えて不自然でない笑顔を浮かべるくらいの社交性は欲しい。
これは能力に関係は無いが、強過ぎる我は強固な精神性を持つのに対して周りとの同調を拒絶する。
特に彼は魔法使い。純粋な後衛職であるのなら、前衛との協調は必ず求められる。
「片梨さんの技能は『効率』です。 これは魔法の発動を含めた所謂溜めの時間を最大で零にまで縮めることが出来る技能になります」
「⋯⋯だとすれば、私は既にそれをしていたと想いますが」
「確かに一部であれ使ってはいました。 しかし、この技能の真骨頂はそれだけではありません」
片梨の取得した技能は効率。
これはチャージが求められる技の発動を極端に短縮することが可能で、先に見せてくれたように彼は水球を極短時間で大量に発射してみせた。
魔力消費自体は増えてしまうものの、一回の魔法発動までのラグを零に近づけるのは良い。その場で必要なものを即座に出してくれるなんて、前衛としては助かるに違いない。
されど、効率の技能は勿論それだけではない。これが他と違うのは、短縮する過程の違いだ。