作品タイトル不明
冒険者103 虐待宣言
車内の空気はギルドに辿り着くまでの間、最悪の一言だった。
閉め出すような榊原の声に宗像の口は強制的に閉ざされ、横目で確認した限りでは不満そうではあれど無言であることを選んだ。
俺もそうだが、彼等もまだ若い。自意識が未熟であることを榊原も承知しているが、だからといって彼等の態度は労働者に対する感謝がない。
見えない仕事をしている人間に感謝するのは難しいとは思うも、今回は疲れ切った労働者の姿も見ている。
彼等も一歩間違えればそちらに行っていた未来があったのに、どうして臆病者と口にするのか。
今後が心配になる彼等だ。極めて厳しくしていかなければどこでどんな厄介事を連れて来るか解らない。
預言者として俺は厳しくならざるをえないだろう。優しくしたら付け上がる可能性が高くなる。
ギルド前で俺達は解散になった。後は各々で報告書を作り、提出して帰宅だ。
俺の方は榊原に諸々の書類のテンプレートを貰わねばならず、二人だけとなって建物の廊下を進む。
「……すみません、思わず注意を」
「いえ、それは仕方ないでしょう。 宗像さんの発言はかなり際どいものです。 寧ろ推薦した俺の方が謝罪をすべきです」
「いいえ、それには及びません」
定時間近ということもあり、何処も就業に合わせてバタバタと動いている。
一般事務は残業する人間も居る為に煩くなっていないが、今頃トレーニングエリアを使っていた人達は片付けと清掃で動いているだろう。
上階の部分は修理業者が深夜に入って壁やマットを元に戻してくれている。基本的に深夜のみしか作業をさせていないそうで、監督役として山田を含めたベテラン側の冒険者が善意で立ち会ってくれている。
最悪は警備会社の人間に監視させる予定だったので老人には望外の朗報だろう。
立ち会いの冒険者も翌日が非番の者で構成されているようで、本業には支障はない。定時帰りを破る形となったが、老人を含めて見なかったことにするだろう。
短く謝罪を重ね合い、榊原は一つの部屋の前で止まる。
扉には隊長室のプレートが付けられ、ノブを回して開けると中には一人分の部屋がある。
基本的に事務的なスチール製の机と簡素なオフィスチェアが置かれ、部屋の左右には装飾の一切無い無機質な金属製の棚が設置されていた。
棚にはまだ空きが多いものの青いファイルが入れられ、彼女自身が綺麗好きなのか室内が書類まみれになっていることもない。
榊原は俺が入ったと同時に扉を閉じて鍵をかける。間違っても誤って入られないようにする処置なのは解るが、こんな行動をされると人によって勘違いを起こしそうだ。
榊原はいそいそと部屋の隅に疊んで立て掛けられているパイプ椅子を取り出し、自身とは対面になるような形で広げた。
「自分でやりますから大丈夫ですよ」
「いいえ、目上の人にやらせる訳にはいきません!」
「め、目上……」
「年齢は関係ありません。 これまで私にしてくださったことを思えば、失礼は出来ませんよ」
榊原の態度の変化は解り易い。
ホームに戻った瞬間に隊長としての雰囲気は消え去り、元の和やかな様子が顔を出す。
あの時の厳しい態度が嘘ではないだろうが、やはり社会人として緊張感は常に持っているのだろう。責任ある立場になると一挙一動にも気を配らねばならない。こればっかりは同情してしまうな。
席に座り、先ずは報告書の作成についてレクチャーを受ける。
未来でこんなものを見たことはなかったから、ちゃんとした形の物を書くのはこれが人生初だ。
お役所仕事らしく文面は硬く、結構細かく報告を求められるらしい。指示通りに、ここで武器が破損したことや道具をどれだけ使ったかを記載すれば後で補充可能な物は用意してくれるとのこと。
現状、ギルドから提供される物で全身を固めている冒険者が殆どなので、変な道具や武具を要求されることはないだろう。
報告書の記入については一時間もあれば全て終わった。元から提出先の相手に教えてもらっているのだ。
間違いようは皆無であり、短時間で終わったので定時を迎えるまで俺達は問題児の教育方針について話し合うことに決めた。
「メールで教えるべき部分は既に完成しています。 ですが、もっと厳しくいくつもりです」
「同意します。 彼等のあの態度は早い時点で矯正しなければなりません。 有望株になれる程に強くなれるのであれば、今後はメディアへの露出もあるでしょう」
「謙虚な姿勢は大事ですからね。 大事な局面で皆に頼られなければ、この後のダンジョン攻略にも支障が出ます」
「……やはり次があるんですね」
「ええ。 今後の発生時期についてもメールで教えておきますので、時間があれば関係者には共有をお願いします。 俺が動いて変な注目を受けたくはありませんから」
「勿論です。 ご負担をかけるような真似はしません。 ……もう既にかけてしまっていますが」
問題児と表現したが、未来では彼等はまともだった。
それなら改善の余地はある。一体どんな理由でまともになったのかは定かではないが、結果を知っていれば失望することもない。
彼女の語る負担は負担の範疇に入らない。俺だって色々迷惑をかけたのだ。返せるのなら返してしまった方が関係性が悪化することもない。
暗い顔をする榊原にそんなことはないと返して、何か言う前に会話しながら修正した幾つかのメールを彼女に流した。
俺とは別の携帯のバイブ音に榊原は携帯を開き、送られたメール群の中の一番目を見る。
文面は柔軟性を保つ為に短くしておいた。当日の動きを全て予測するのは難しく、絶対にするだろう行為のみをメールには記載している。
榊原はそれを見て、目を丸くした。
更に幾つかのメールを読んでいき、彼女は表情をどんどん青くしていく。
厳しくすると言った通り、俺は今回厳しく接するつもりだ。一度でも舐めた態度を取らせない為、彼等には現実を直視してもらう。
「……これは、最悪訴えられそうですね」
「訴えるのであれば彼等の負けです。 それに、理由を説明すれば彼等も頷かざるをえなくなるでしょう。――――少なくとも、労働者達を臆病者だと言ったのですから 」
意識して真顔を作ると、暗かった顔が今度は怯えたものに変わった。
これで榊原も一々負担を覚えることもないだろう。逆に彼等に対して同情を覚えるかもしれない。
その日はそこで終わりとなり、俺は定時を少し過ぎた時間に家に帰った。
家族とも和気藹々と過ごしては普通に眠り――――次の日の朝からギルドに出勤することになる。
集められたのは固定メンバーである何時もの面子。本日の他企業からの依頼は別のパーティーが担い、俺達は予定通りに技能の問題と向き合うことになる。
「無事に集まってくれて感謝します」
小会議室に集まった俺達を前に、榊原が早速口を開く。
預言者の話をするのは全て榊原だ。俺から何か話すことはなく、全てメール通りに動いてもらう。
「さて、いきなり本題に入りますが先日の立花さんとの模擬戦の内容を預言者様にお伝えしました。 内容を見た預言者様は予想通りだと言いつつ、しかし失望もされていました」
失望。
その二字はこの四人には実に効果覿面だ。見るからに焦り始める面々に内心で落ち着けと言いつつ、彼女の話に黙って耳を傾ける。
「落ち着いてください。 確かに失望はされましたが、しかし預言者様は見捨てる発言はしていません。 こちらに本日の指示が書かれています」
榊原は自身の携帯を取り出して、机の上に置く。
彼等の視線は一気に携帯に向けられた。今この場で、榊原の持っている携帯は予言書も同然だ。その中に己の技能を改善させる方法が書かれていると解っていれば、確かめたくなるのも不思議ではない。
しかし、そこで見たいと口にはしない。言えば最後だと、誰しもが確信している。
一度の失望を覆したいなら、二度目の失望を招く行為は慎むべきだ。榊原も視線が携帯に集中しているのを解りつつ、極めて事務的に言葉を放っていった。
「数日前より予約はしておきました。 今からダンジョンの方に向かいましょう」