作品タイトル不明
冒険者102 仕事終わりに最悪の一杯を
「本日の作業はこれで終了になります。 本日もご協力いただき、誠にありがとうございました」
興味深い俺達の話は、仕事の終了時刻が近付いてきた為に一旦の終了となった。
全員がダンジョンの入口に集合し、責任者が榊原に礼を口にする。
にこやかな表情に灰色の作業着姿の男は一見すると人当たりの良さそうな人間に見えるが、業務終了からの話は全て榊原としか話していない。
その後ろではへとへとになっている作業員がゆっくりとゲートを潜って帰っていき、恐らくそのまま事務所か家に戻っていくのだろう。
現場作業故に作業員が疲れること自体はよくあるが、眼前の責任者に疲労の色はない。何かあった時の為に派遣された人間だから作業に参加する必要はないと思うも、責任者には責任者なりの業務がある筈だ。
多少なり苦労している雰囲気があってもいいのに、微塵もそんな素振りを見せないのは逆に不信感を抱かせる。
相手が他企業故に質問をする気も起きないが、甘い蜜を吸うのが彼の仕事なら俺達側の対応も厳しくなっていくだろう。
というより、既に榊原の方が真顔だ。
愛想笑いの一つも無しに事務的に挨拶を行い、世間話の一つでも始めそうな責任者を無視して俺達の方に歩き出す。
無礼な対応だ。相手にとって良い気はしないだろう。
一瞬だけ責任者の顔が歪み、それをなんとか元の笑顔に戻してみせた。
彼は責任者として不審な点があるが、唯一解っていることがある。それは今のギルドと対立することがどれほどの不利益を与えるのかについてだ。
社会人として非常識な振る舞いは慎むべき。それは正しいが、現実は力関係によって簡単に歪む。
見下すのも見下されるのも日常茶飯事だ。馬鹿の一つ覚えのように常に丁寧でいたって、相手がそれで同じ返しをしてくれる訳でもない。
榊原は今回、敢えて失礼なままで進んだ。
お前のことなど眼中にもないと態度で示し、同時に争いを起こせばどうなるか解っているなと釘を刺す。
これで責任者は足を止めざるを得なくなった。嘗てであれば考えられないような対応を彼女はしてみせ、しかもそれで後悔した表情を僅かも見せない。
「お待たせしました。 我々の業務もこれで終了です。 帰還次第報告書を作成し、私に提出してください。 立花さんにはテンプレートをお渡ししますので、そちらを参考に記載をお願いします」
「解りました。 ご迷惑をおかけします」
「いえ、これも隊長としての務めですので」
にっこりと笑顔を向ける彼女に望都達は頬を赤く染めている。
身内には甘くしているのは榊原らしいか。彼女は元来優しい性格の持ち主だし、特に彼女を除いた面々は色々と訳有りな面子である。
苦境が隣に居るような俺達に彼女は同情もしているのだろう。その気持ちは解らないでもないが、自己中な彼等を心配しても変な気苦労を覚えるだけだ。
仕事は終わった。最後の作業員と責任者がゲートを潜ったのを確認して、俺達も揃って外部に出る。
この二年でダンジョン内は変わっていないが、外の設備は充実していて最初は驚かされた。
急拵えだった金属製の階段と飛び降り台だけだった周りがコンクリートの壁で囲まれ、幾つかの冒険者専用施設が完成されている。
医療室や武器貸し屋に一時的な牢屋。不足分の回復薬や解毒薬も此処で補充が可能で、使った分が請求されることはない。
流石にドーム状にするのはまだ無理だったようだが、それも時間が経てば自然と始まるだろう。
ダンジョンが外部に露出している状況にはそろそろ皆慣れてくる頃だと思ってはいる。しかし、やはり見えているのは精神的によろしくはない。
警備する上でも目立つ穴があるのは好ましくない筈だ。それは他の国でも一緒の筈で、きっと世界的に最優先でダンジョンの隔離は行われていくだろう。
未来通りになってくれれば御の字だ。ダンジョン産の素材がもっと普及していけば、この壁も堅牢な物に置き換わっていくに違いない。
外は既に夜になっていた。
ダンジョンの周囲に人影は少なく、二年の歳月を経て人払いを済ませてしまっている。
本当は街として機能させたかったのだが、どんどんと住民が去っていけば街としての機能は死んでいく。
嘗ての住宅地は空き家や放置アパート等が目立ち、そこを多くの不動産会社が冒険者向けの寮として活用しようとしている。
少しでも損失を防ぎたいのだろう。ギルドとしても福利厚生の点で寮を用意出来るのは人を集める上で有効だ。
地方から出てきた稀有な人材に直ぐに生活拠点を与えておけば、短期間で育成に入ることが出来る。
諸々の準備を本人にやらせた方がギルドとしては楽に違いはないものの、やはり面倒な部分を担ってやった方が集まる確率は非常に高くなる。
面倒なのは誰だって嫌って訳だ。税金の計算をしろと言われて喜んでする人間は居ないだろう。
この近辺で稼働しているのはコンビニと警察、後はチャレンジ精神の強い個人店だけだ。
人通りが殆どない場所でどう経営しているのか定かではないが、彼等は此処に改めて来た時でも営業していた。
その個人店も今は営業を終了させて完全に真っ暗だ。
俺達も用意されていた送迎用の車に乗り込み、ギルドへと一目散に進んでいく。
車内では主に宗像を中心に四人が話をしていた。過度に騒がしくしない為に声は普通だが、隠す気も無しに仕事の話を送迎の人間の前でするのは肝を冷やされる。
「今日の仕事、思ったよりも単調だったな」
「まぁ最初のダンジョンだしな。 ゲームとしてもチュートリアルみたいなもんだし、難しくしてたら作業員を入れるなんて真似は出来ないだろ」
「あいつら全員バイトなんだよなー。 結構俺と同年代の奴もいたし、なんで冒険者にならなかったんだろ」
「そりゃあれよ――臆病だったからってやつ」
望都は適度に相槌をする方が多く、他の三人は上司の前だというのに気楽な態度だ。
特に宗像。彼は言わなくても良いことをいきなり口にした。
話していた田代や片梨も薄々解っていただろうに、バイトの人間を臆病者だと言い切った。
「ダンジョンは死の危険が付き纏うってのは有名な話だけどさ、そこにはとんでもないスリルとロマンがある。 失敗すれば人生終了でも、成功すれば大量の金と名声が貰える。 しかもまだこの業界は始まったばかりで参入障壁も高くはない。 博打をするには分が良い方だ。 ……でも、安定を望む奴にはこっちの言っていることがまるで解らない」
宗像の言っていることはつまり、冒険者になって金を稼げる確率は高いのに、それをしない奴は臆病者だということだ。
挑戦は人生を生きる上で必ず姿を現す。受験も就職も結婚も、挑戦しないことには結果を得られない。
冒険者としての活動だって同じだ。生死を賭けることになりはするものの、現在のこの業界には無数の可能性の芽が残されている。
金のなる木を見つけるか、或いは実力で自分がその木になるか。
優秀であればある程、入り込む金銭の量も一桁二桁違ってくる。しかもこの業界は宗像が語ったようにまだレッドオーシャンになってはいない。
必要な物は多くある。それらは足りず、今でも求められてまったく足りていない。
業界全体が活発になればなるほどに多くの冒険者に恵みが齎され、彼等の自由が加速するだろう。
だが、それは文字通り賭けに勝った時だけだ。
失敗すれば負け犬になるどころか路傍に打ち捨てられる肉塊となる。
誰にも見てもらえないまま無様に死んでいき、その死後もきっと碌なものじゃないだろう。
宗像は今、まさしくこの敗北に落ちようとしている。本人はまったく気付いてはいないが、助手席に座る榊原の全身から漂う冷気は決して錯覚ではない。
激怒しているのだろう。作業員にだって人生があり、少しでも生活を豊かにする為に足掻いているのだから。
彼等は臆病者ではない。そも、本当に臆病な性格の持ち主だったのならダンジョンになんて来る筈もない。
「――宗像さん、少し静かに」
意識して榊原は冷ややかに告げた。会話を完全にシャットダウンさせる目的で放たれた一撃は、宗像の表情を引き攣らせる。
漸く解ったのだろう。彼女が不快を覚えていることを。
車内の雰囲気は一気に最悪になった。俺はその空気から逃れるように、メールに文章を打ち込んでいくのだった。