作品タイトル不明
冒険者100 権能全書
『⋯⋯有り得ない』
ソアの名前を出した刹那、内部の彼女の様子が変わった。
声の調子が落ち、衝撃が駆け巡ったのを彼女は感じている。ソアの存在は彼女にとって非常に大きく、その転生先であろう俺もこれまで大事な存在だった。
同一視していると見るのが正しい認識だろう。俺の前世がソアであるからこそ、彼女はこちらに過剰に構っていた。
だがもし、そのソアと俺が認識の上では別人だとしたらどうだろう。
確かに魂は一緒でも、俺もソアも相手を自分自身だとは断言しない。寧ろ逆に、互いが互いに別人だと言い合う筈だ。
「ああ、俺も予想外だった。 奴はお前とは別の場所にこれまで居たらしい。 今回、俺の意識が深い場所まで落ちたことを利用して奴自身の記憶を追体験させてきた」
『じゃあ、見たの? 僕等の関係を』
「いいや、それは見ていない。 かなり最初の場面で本人が不手際を起こしてな。 結局、お前達との出会いが訪れる前に追体験は中止になった」
あの時、ソアは忠実に現実を再現しようとした。
遊びの要素を排除して真実のみを映し出そうとして、変なものの再現までしてしまったのだ。
その力が一体何処まで及ぶのか定かではないが、仮想空間を崩壊させる規模ともなればきっと並の力ではない。
最低でも全能力の中で最上位には位置するだろう。敵であるあの男が最後に放った言葉の全てを俺は認識出来なかったが、本能が知るべきではないと今は告げていたように思う。
兎も角、ソアは未だ霊体状態で俺の内部に居るのは確定だ。加えてソアは俺に対して神の眼を使いこなすことを頼んできた。
それがマリーザの魔の手に捕まらない唯一の手段だと信じて。故に、俺も彼女に捕まらない為に神の眼を正しく見ようと今は思っている。
それが何の作用を起こしたのかは不明でも、技能の欄の文字化けが改善された。
あるいは、真実を見る意思こそが大事なのかもしれない。
諦めや拒絶に成長の余地はない。どんなに愚直であっても前に進むことで未来は続き、成功にせよ失敗にせよエンディングを迎える。
このダンジョンのシステムはゲーム的だ。なればきっと、途中でレベル上げを投げ出すような人間をダンジョンを作った側は嫌悪する。
嫌な気分になるが、創作の理論がきっとこのダンジョンで生きる上での正解だ。
現実的であればある程に常識に縛られ、出来ないことを出来ないままにさせられる。
「ナラ。 俺は奴と手を結んだ。 俺が死ねば奴は死ぬし、奴も何らかの手段で死ねば俺も死ぬ。 互いに同じ魂を持っている以上、信頼や信用以前に協力しなければならない。 ――――俺は、神の眼の意味を理解しなきゃいけないんだ」
『⋯⋯ソアに会うことは出来る?』
「解らない。 そもそもどうやって奴が自身の場所まで引っ張ってこれたのかが解ってないんだ。 俺と奴が同じ魂を持っていたから出来たのか、神の眼を持っている身体を共有していたから出来ることなのか」
『そ、っか』
「だが、俺はまた会うつもりだ。 今度は俺の意思で自分の足で接触してみせる。 お前とも話が出来るようにするって言ったしな」
『――っ』
あの時の話を思い返して自分の意思を伝える。
ナラを動かすには、ただ正直であるだけでは足りない。俺が拒絶し続けてきたからというのもあるが、今の両者の関係が決して良いものだとは言えないのだ。
悪化する一歩手前くらいだろうか。何か切っ掛けがあれば無限に穴に落ちていくような状態では信用を引っ張り出せる筈もなく、俺は敢えて彼女を掬い上げる言葉を放った。
これまでを知っているからこそ、彼女には解るだろう。俺が向き合うつもりだと。
逃げ出すなんて最初からしない。そも、逃げ切れるとも思っちゃいない。俺はこの場で、この瞬間に、最高最善のルートを選択してみせる。
だからお前も選択しろ。俺のように拒絶するか、ソアとの再会を目指して全てを語るか。
森の中を歩きながら彼女の言葉を待つ。
道中で新たに現れるモンスターを片手間に殺し、一時間や二時間が経過しようともその瞬間まで何も言いはしなかった。
『――――はぁ。 ごめん、待たせた』
「いや、待っちゃいないさ」
ただ業務を熟しながら、ついに彼女の方が口を開ける。
溜息をしながらも語る声は覇気があり、同時に柔らかさもある。
『いいよ、君の意思に僕は同調する。 あの愚姉は滅ぼさねばならないと思っていたし、もう二度と会えないと考えてた彼に会えるならどんな対価だって払う』
「それなら、まだあの時の提案は有効だな?」
『調子の良い奴め。 だが最初に言ったのは僕だ。 その言葉を撤回しては、我が存在に瑕疵がつく。 最早価値も感じぬ国だが、一王族として自身の発言には責任を背負うさ』
姿は見えずとも、彼女は今二本の足で堂々と立っているのだろう。
これこそが、きっと彼女の本来の姿。嘗てとはいえ己の肩書に自信を持ち、その上で大切な人を守らんと奮起する姿勢は正に前に立つ者だ。
そんな彼女の声を聞いていると、少し考えることがある。
マリーザは黄金国家の姫。長女であったことから継承権はナラよりも高い可能性がある。
男子の影が欠片も伺えない様子から王を継承するのは彼女の筈で、しかし本当にそんな身分であれば妹を殺すような真似はしない。
ナラは随分マリーザを恨んでいるが、現在の材料だけで判断すると精々が喧嘩くらいで終わる話だと思っている。
見た目の印象としても悪い部分は見当たらない。騎士はマリーザに従っていたようだし、周囲から馬鹿にされる王族ということも恐らくはないだろう。
やはり鍵はソアか。彼の存在が二人が争う理由になっている。
その過去を知ってこそ、俺は敵の狙いを真に知ることが出来るのではないだろうか。
「それなら早速だけど、お前が知る限りの神の眼を教えてくれ」
『勿論。 先ず大前提としてだけど、僕等の世界には神や神に近しい生物が居る』
「ああ」
業務終了まではまだ時間はある。敵の狙いを推測する為にも、今は情報を集める時間を手に入れる。
異世界に神が居ることは然程驚くような話ではない。創作に触れたことのある人間ならその手の作品は腐る程見てきた。
神は世界を愛し、そこから生まれた己に近しい見た目の人間に祝福を与えたらしい。
それが能力であり技能だ。異世界の人間は大なり小なり何かしらの力を獲得して、己の人生を駆け抜けては死んでいく。
そこに貴族と平民の差は無く、血筋によって継承されるものもない。
全てが神の決定だ。神が与え、神は見て、神はただ彼等の歴史を愛でるのみ。
故に人の中で神に対する認識が千差万別になるのは避けられない。ある者は神に感謝し、またある者は神を憎悪する。
『ある日、双方の意見の相違が対立を生んだ。 神から与えられる力を呪いと呼んだ者と祝福と呼んだ者同士が剣を交え、人の進むべき道を決めようとした。 その勝敗に神は関与しなかったと歴史書には書かれていたが⋯⋯』
「実際はそうじゃないと」
『王家の禁書庫にとある本があったんだ。 その本の最初の表紙には、権能全書と書かれていた』
神は祝福と呼んだ者と呪いと呼んだ者の前に現れた。
争いを己の力で抑え込み、なおも抵抗しようと暴れる者達に張本人が罰を下したのだ。
その時の光景を見ていた貴族の誰かが本に纏め、そして自身が眠るベッドの下に隠蔽。後の子孫が屋敷を売り払う際に発見し、金や銀で装飾された本を当時の王族へ献上したそうだ。
最初は面白い読み物程度の認識だったその本も、各地でその神と同じ現象を起こす人間が現れたことで評価は一変。
誰にも読ませてはならないと禁書庫に押し込められ、読める人間は王族の一員のみとなった。
「⋯⋯つまり、その現象を起こせる人間が」
『神の権能を力として振るえる存在ってことだね。 君風に言うなら、技能として出現したってことさ』