作品タイトル不明
第69話(閑話:地獄クエスト編その2)
テンジは閻魔の書にある地獄クエスト『赤鬼からの挑戦状~Level.1~』の文字に触れた。
その瞬間、ぐにゃりと視界が歪む。
(うっ……改めて感じると、だいぶ船酔いしたような感覚に近いな)
冷静に視界が歪む現象を確認していると、頭にふわりと酔ったような変な感覚が襲ってきた。どこか船酔いをした感覚に近い。
そうしてすぐにテンジの体は閻魔の書の中へと吸い込まれていくのであった。
何度か真っ暗闇の無重力空間をぐるぐると回転する。視界は真っ暗で何も見えず、どこかランダム転移のあの暗闇空間に似たような場所だ。
「うわっ!?」
そして――。
テンジは再びあの、地獄領域へと戻ってきた。
鬱蒼と茂る青い森、真っ赤な空。何度見ても、ここはどこか違和感だらけの世界であった。それでも妙な懐かしさを感じるテンジもいた。
「もう……」
テンジは悪態を吐き、軽くため息を吐く。
それも仕方ないだろう。地獄領域についたと思えば顔面から地面にキスをしていたのだ。そういえば前に来た時も枯れ葉の山に顔を突っ込んだな、と思い出す。
顔や服についた土埃をぱたぱたと叩き落とし、テンジはゆっくりと立ち上がった。
「おっ、前よりも少しだけ開けた場所だな」
以前にここに来たときは、周りを見渡せば手の届く範囲に木々が茂っていた。
しかし、今立っている場所は少し違った。
茶色い土が所々見えており、雑草は生えているものの直径10mほどの小さな広場ができていたのだ。
「できていた」と判断したのは、少し先に見覚えのある木を見つけたからである。
その木とは、休憩時に時間を数えるために「正」の字を10分刻みで刻んでいた木のことである。
おそらく小鬼たちが開拓したのではないかと、テンジは推測する。
「なるほど、少し変わったみたいだな……この地獄領域も。小鬼たちの仕業かな?」
そう考えつつ、もう一度周囲を見渡す。
他の変化はないように思えたが、唯一、今回は真っ赤な空にペンタブラック色の月が浮かんでいた。
「なんか不気味だな」
地球の月は少し黄色みのある白という印象がある。
しかし、この地獄領域の三日月は漆黒の色をしていた。その月は地上を照らすというよりも、逆に地上から光を吸い上げているような、そんな印象を受ける。
と、周囲の観察をしていたその時であった。
テンジの頭の中に、あの機械的な女性のアナウンスが響き渡る。
《地獄クエストが開始されました。制限時間は60分。条件その1:スクワット5000回を実行してください。時間内に条件が達成されない場合、このクエストは破棄されます》
シュポンと目の前の青色の閻魔の書の模造品が現れた。
そこには見慣れた『残り:3600秒』の文字と、『カウント:0』の文字が記載されている。
さすがに心の準備をしていたテンジは迷う素振りを一切見せずに、バッグを近くの地面に投げ捨て、大きく息を吸う。
(制限時間は二倍に増えたな。よし、一秒二回ペースを維持できれば問題なくクリアできるだろう)
「よし、始めよう!」
気合を入れなおして、テンジはスクワットを始めるのであった。
体にグッと力を入れ、天職取得による身体能力向上、いわゆるステータス値の増加の恩恵を授かり、常人とはかけ離れた速度で足腰を鍛えていく。
閻魔の書が「反則だ!」と言ってこないためにも王道なスクワットを心掛ける。両手は後頭部に添え、つま先よりも先に膝が出ないように足を曲げ、お尻の筋肉を意識する。
「ふぅ、今回は恩恵のおかげもあって余裕だな」
テンジには考え事をする余裕があった。
それも前にはなかった恩恵のおかげなのだろう。ふぅふぅ、と腹式呼吸を意識しながらついでに体幹も鍛えていく。
今、おおよそ一秒に三回ペースでスクワットをしているため、30分もしないで終わるペースであった。
(にしても……こんなに簡単でいいのかな?)
テンジがこの地獄クエストの易しさに疑問を持った、その時であった。
再び、あの声が聞こえてくる。
《カウント:100を通過しました。隠し条件その1:5トンのバーベルウェイトの付加、が実行されます》
「5トン!?」
その瞬間、テンジの全身に上から押しつぶされそうなほどの強烈な重力が降りかかってきた。
5トンのバーベルウェイトとは、実物のバーベルが出てくるのではなく、重力で疑似的に再現することであったのだ。
「重っ!? む、無理だって!!」
そこから1レベル上昇による恩恵なんて意味がないと言っているような、高荷重の付加トレーニングが始まった。
テンジのステータスは20前後から1000近くまで上昇しているのだが、そんなのお構いなしな、むしろ死にそうなほどの隠し条件であった。
自然と、テンジは歯を食いしばり、体中の血管が面白いほどに浮き出てくる。
ほんの少しでもステータスの恩恵を授かるための全身の力みを緩めてしまえば、いますぐにでもテンジは重力に押しつぶされてしまうだろう。
それほどの地獄クエストの始まりであった。
「くっそぉぉぉぉぉぉ! いつか覚えてろよぉぉぉぉ!」
いつもは穏やかなテンジなのだが、この時ばかりは我を捨ててこんな地獄のトレーニングを課す何者かへと怒りの咆哮を上げるのであった。
しかし、そんな咆哮など虚しく森の木々に吸収され、どこかへと掻き消えていく。
地獄クエストは、あくまで主に『地獄』を味あわせる試練であり、王と成るための過酷な過程を意識している。
少しでも「あぁ、これ楽だ」と思う達成条件なんてありはしないのだ。
その事実に気が付いたテンジは、こめかみに血管を浮かび上がらせながら、体罰にも近い非道なクエストに腹を立てるのであった。
しかし、もちろんこれしきで足を止めるわけにはいかない。
「しゃらぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
何度も何度も必死に雄たけびを上げながら、テンジはひたすらにスクワットをしていくのであった。
† † †
「らっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
目の前に浮かぶ模造品の閻魔の書。
そこには『残り:360秒』と『カウント:5000』の文字が表示されていた。
そう、残り6分というギリギリのタイミングでテンジはなんとか地獄クエストの一つをクリアしたのである。
カウントが5000になった瞬間、テンジの体から一気に押しつぶすような重力が消え、全ての荷重から解放された。
テンジはそのままびっしょりと掻いた汗を飛び散らせながら、大きくガッツポーズをして、後ろにバタンッと倒れる。
ハァハァと息を荒げながら、真っ赤な空を仰ぎ見た。
「ハァ……ハァ……、これ前にやった時よりも数倍キツかったんだけど」
それもそのはずだ。
以前の地獄クエスト時のテンジの攻撃力は21で、今は1171である。およそ55倍近く強くなったと言えるだろう。
そして、一般人男性は約60kgから70kgのバーベルを持てれば平均だと言われている。そこから逆算すると、今のテンジが一般男性の平均負荷をかけるならば約4トンの荷重が必要だ。
しかし、今回の荷重は5トンであり、一般人男性で換算すると約80kgから90kgのバーベルウェイトを背負いながらスクワットを5000回やったのと同義なのである。
ボディビルダーにでもなるのか? と思わず聞きたくなるようなトレーニング内容だ。
「地獄、地獄って……本当にふざけたクエストだよ」
ぼそりとテンジは真っ赤な空に向かってぼやいた。
そうして三十秒ほどだろうか。テンジが仰向けになりながら息を整えていると、再びあの声が聞こえてきた。
《達成条件その1および隠し達成条件その1の終了を確認しました。お疲れ様です》
「はいはい。もう次?」
《続いて、達成条件その2:シャドーボクシング10時間を実行してください。一度でも手足が止まった場合、カウントが0に戻ります。実行可能回数が3回以上の場合、このクエストは破棄されます》
そのクエスト内容を聞いて、テンジはホッとしたような表情をする。
「うん、時間が違うだけで前と条件は同じだね」
《10秒後にカウントが始まります。10、9、8――》
そこで、ふと嫌な思考が過ぎる。
一つ前のクエストでアナウンスがいきなり言い出した、「隠し条件」という言葉だった。
隠し、ということは事前に教えられずに、突発的に付け加えられる条件ということだろう。それは少し、前のシャドーの出現も似たようなものだと思ったのだ。
《――5、4、3、2、1。カウントが動きます》
その嫌な予感は――当たっていた。
《これよりシャドーが5体出現します。シャドーの攻撃には精神攻撃が含まれていますので、攻撃を受けないことを推奨します》
テンジがシャドーボクシングを始めてすぐに、あのシャドーが現れた。
ほんの少し掠っただけですべてのやる気を削いでいくような真っ黒なシャドーという奇妙な生き物。それがテンジの周りをぐるっと囲むように五体も現れた。
その光景を見て、テンジはごくりと息を飲み込む。
「……だと思ったよ。本当に……この地獄クエストは死に物狂いな条件ばかりだ」
そして――。
テンジの死力を尽くした、シャドー五体とのシャドーボクシングが始まった。
以前のシャドーボクシングである程度のルールや要領は掴んでいる。
逃げるだけはダメ、時にはこちらから拳を解き放たなければならない。攻撃は掠ったらアウト、どれだけ気持ちを繋いでいても足が勝手に止まってしまう。
「来いやぁぁぁぁぁ!」
テンジは自分の穏やかな性格も忘れ、五体のシャドーに威嚇の雄たけびを上げるのであった。
† † †
《達成条件その2の終了を確認しました。お疲れ様です》
《地獄クエスト『赤鬼からの挑戦状~Level.1~』がクリアされました。クリア報酬二つが贈呈されます。『五等級武器“赤鬼ノ短剣”』、『五等級装備品“赤鬼バングル”』は帰還後、オリジナルの閻魔の書に反映されます。30秒後に帰還します》
「よっしゃぁぁぁぁぁ!」
嬉しさのあまりその場に大の字で仰向けになり、テンジは勝利の咆哮を上げた。
その声は地獄領域に木霊し、木々がざわざわと騒ぎ始める。
(な、なんとかやりきった!)
クエストの条件は10時間であったが、体感時間はそれを遥かに超える過酷なものであった。
今すぐにでも倒れたい、足を止めたい、腕を下ろしたい、何度も何度も頭をよぎってくる天使からの甘い言葉。
これを何とか振り切り、テンジはやり切ったのである。
正直、運動神経とか才能とかそういう話ではない。
根性があるかないか、そういう次元のトレーニングクエストであった。
全身から止まらない汗、いい感じに全身の筋肉がはちきれ今にも筋肉痛になりそうな体、クリアの言葉を聞いてから収まらない胸の奥の興奮。
テンジは全身でやりきった感触を握り締めていた。
そして――。
《天城典二を帰還させます。今後の活躍に期待しております、主よ》
――――――――――――――――
『召喚可能な地獄武器』
【赤鬼シリーズ】
・赤鬼刀――五等級――
・赤鬼ノ短剣――五等級――
<パッシブスキル:泥酔>20%の確率で、敵を泥酔状態にする。
――――――――――――――――
――――――――――――――――
『召喚可能な地獄装備品』
【赤鬼シリーズ】
・赤鬼リング――五等級――
・赤鬼バングル――五等級――
<アクティブスキル:力導>使用者の攻撃力を1.75倍にする。
――――――――――――――――
テンジは、新たに二つの武器とアクセサリーを手に入れた。