軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第70話(閑話:第26グループの慰労会)

――マジョルカ出発一週間前の夕方。

神奈川県横浜市にて。

「はい、ということでみなさんお疲れさまでした! また第26グループの四人で集まることができて、私ちょっと嬉しいです」

立華が、取り仕切るようにビールの入ったジョッキを持ちながら話を始める。

その様子を、他の三人は微笑ましく見つめる。

ここは横浜にある、とある海鮮居酒屋店だ。

少しお高めの海鮮料理や、ちょっと良いお酒がメニューには並んでおり、今日のお祝い的な雰囲気が感じる。

その居酒屋の個室には、チャリオット入団試験で共に試験を乗り越えてきた第26グループの四人、水江勝成、草津郷太、立華加恋、天城典二が集まっていた。

成人している立華と草津は片手に黄金色のビールを持ち、未成年の学生二人はジュースを握り締めていた。ちなみに水江はブドウジュースで、テンジはオレンジジュースである。

「それと、水江くん! 改めてチャリオットへの正式入団おめでとうございます!」

「おめでとう! 水江くん!」

「おめでとう!」

「あ、あぁ……ありがとう」

水江は少し恥ずかしそうに俯いた。

ダンジョンの時から兆候は見えていたが、どうやら水江はあまりストレートに褒められることには慣れていないらしい。

そんな年相応な反応に、成人組は思わず頬を緩める。

「それとテンジくんも! 正式にマジョルカ・エスクエーラへの留学が決まったと聞きましたよ! 本当にすごいです! おめでとう!」

「おめでとう! 天城くん!」

「おう、めでたいな」

次に、テンジが盛大に褒められる。

テンジも年相応に口をむにむにと動かし、嬉しそうに笑った。

「ありがとう!」

彼らは試験のあと、連絡先を交換し合っていた。

水江と立華はすぐにテンジと繋がれたのだが、草津はすぐに繋がることはなかった。その後、水江がチャリオットに連絡先を聞いたことで、晴れてこの『祝いの会兼お疲れ会』が実現したのだ。

彼らはそれぞれの進路について、チャット上でやり取りをしており、なんとなくだがみんなの行く先を知ってこの会に参加している。

「ではでは! 二人の門出を祝福すると同時に……お疲れさまでしたぁぁぁぁ!! 乾杯っ!!」

「「「お疲れ!」」」

立華の合図で、全員がグラスを交わした。

すぐに成人組はビールをグイッと飲み始め、ぷはぁと盛大に息を吐いた。未成年組は酒の会のしきたりなどは知らず、普通にごくごくとジュースを飲んでいた。

そうして、各々美味しそうな海鮮料理に手を出し始めた。

刺身の船盛、海鮮揚げ物、てんぷら、などなど。

テンジは目の前の美味しそうなご飯たちに、目をきらきらと輝かせていた。

(ふふふんっ♪ 今日は福山さんの奢りだって言うし、たくさん食べちゃおう!)

心の中で鼻歌を歌いながら、テンジは早速エビの天ぷらへと箸を伸ばした。

残念ながら福山は忙しいのか、今日の会には参加できなかった。一応誘いはしたのだが、どうやらかなり切羽詰まった状態らしく、水江は「これでたくさん食べてきなよ!」と代金だけ渡されたらしい。

それでもかなり額を渡されたらしく、ちょっとだけお高い店でこの会を開くことに決まったのだ。

「それにしても連絡が来たときは驚いたよ。水江くんは凄いと思ってたけど、本当にチャリオットに入団できちゃうなんてね。同じグループに合格者がいるだけで、なんだか誇らしいな」

「止めろ、褒めても何も出ないぞ」

草津は連絡を貰うまでは、ニュースで見た「合格者三人」ということしか知らず、誰が実際に合格して、不合格になったのか知らなかったらしい。

そこで水江から連絡があり、第26グループでチャットを作った時に、水江が合格者三人のうちの一人だと知ったのだ。

「謙遜だよ。僕はそれでも嬉しいんだ」

「じゃあ、ありがたく受け取っておこう」

「はいはい! 草津さんはこれからどうするんですか?」

立華は、恥ずかしそうにそっぽを向いた水江を助けるために、元気よく手を挙げて質問をする。

「僕? そうだね……まだはっきりとは決まってないんだけど、ダンジョンに関わる仕事はしたいなと思ってるよ。今回の試験を通じて、その気持ちが強くなったかな。本当にいい経験ができたと思ってるよ」

「そういえば大学でダンジョンに関する研究をしていたと言ってましたね」

「うん、黒繭についてのアルゴリズム研究をしていたんだ」

「黒繭ですか? ……あれ? ということはもしかして……東大生? 確か黒繭についての研究って日本だと東大だけでしたよね?」

「ん? 言ってなかったっけ? そうだよ。僕は 若木(おさなぎ) 教授の元で研究しているんだ」

はじめて聞いた草津の事情に、彼らは驚いたように目を見開く。

若木(おさなぎ) 賢三(けんぞう) 教授。

この名前を世界で知らない者はいないだろう。それほどまでに有名な研究者であり、世界でもたったの十二人しかいない協会からの認定を受けた偉人でもある。

彼の特徴すべき研究は『黒繭発生に関する論文』の数々だ。

黒繭とは、世界中の地上で突如出現する巨大な黒い繭のことである。それはモンスターの卵とも呼ばれており、一定成長期が終了するとそこから凶悪なモンスターが出現するのだ。

この黒繭だけはダンジョンゲート関係なく、どこにでも現れる非常に厄介な自然災害として知られている。発生場所は様々で、海の上、山の中、市街地などその特定は不能とされてきた。

しかし、若木教授はそのアルゴリズムの解明を果たしたのだ。

その情報は残念ながら一般には公開されておらず、協会や国の上層部だけが知りえる情報となっている。

そんな有名な教授の元で、草津は研究をしていると言ったのだ。

三人が驚くのも無理はないだろう。

「それは驚いたな」

「うん、びっくりしたよ」

「ほ、本当ですか!? なんだかこの場の私だけが普通過ぎてショックですよぉ~。草津さんは私とお友達だと思ってたのにぃ~」

立華は凄い人たちしか周りにいなかったことに、ぷくっと頬を膨らませて拗ね始めた。

しかし、水江がすぐに反論する。

「いや、あの試験の場にいた時点でそもそも全員が普通ではないと思うぞ? チャリオットが普通の人間を選ぶわけがない。違うか?」

ぐぅの音も出ない正論に、立華はさらにぷくっと頬を膨らませた。

「知ってますけど~。やっぱり私だけ少し物足りないんですよ! 有名な若木教授の元で研究している草津さんと、チャリオットに入団の決まった水江くん、そしてあの有名なマジョルカ・エスクエーラへの留学が決まったテンジくんですよ?」

「あぁ、確かにテンジは普通でもないし、俺たちとも格が違うな」

「ちょっ!?」

「ほんとだよね~。僕、正直天城くんの進路を聞いた時の方が驚いちゃったよ。マジョルカ・エスクエーラかぁ……一度でいいから僕も自分の目であの異世界を見てみたいなぁ」

「……みんな、本当にやめてよ」

「「「やめない」」」

クスクスと三人がからかうように笑った。

その様子を見て、テンジは肩を竦めながらやれやれと反応する。

「いや、でもやっぱり羨ましいなんてレベルの話じゃないぞ」

「そうですよ! マジョルカ・エスクエーラなんて行こうと思っても行けないので有名なんですよ!? それこそ、一生の運でも使い果たさない限り絶対に無理です」

「確か、『枠』がなきゃ行けないんだよね?」

草津はあまりマジョルカ・エスクエーラについて詳しくはないようで、みんなに質問するように口を開いた。

その質問には、水江が答える。

「そうだな。ダンジョン産業の活発な国にある探索師高校にそれぞれ一つずつ枠を与えているとは聞いたことがあるな。日本の探索師高校にも確か一つはあったはずだが……テンジはその枠を使えなかったのか?」

「もう使われちゃってるからね」

「なるほど、すでに誰か行っているのか。あとは……個人で枠を持っている人物から枠を受け取るしかないな。今回のテンジのようにな」

「枠って……入学権利みたいなもの?」

草津が再び質問を投げかける。

「そうだ。マジョルカ・エスクエーラの学年ごとに在籍枠が決まっていて、それに応じてあそこの学長が分配しているらしい。マジョルカダンジョンは、住める人数に限りがあるからな、仕方のない配慮だろう」

「その人数って公表されてるの?」

「確か……一学年45人だったはずだな。16歳から20歳までの五年制学校だな。そうだよな? テンジ」

「うん、そうだよ。それで今回僕が入れてもらった枠は一年生の枠だね。海外では夏からが新学期の始まりだから、少し遅れての一年生として入学するって形だよ。まぁ、形式上は留学って形に留まるけどね」

「そうか、海外だとちょうど今頃が新学期の始まりだったな」

完全にみんなの話題はマジョルカ・エスクエーラただ一つであった。

会話に参加していない立華はもぐもぐとリスのように海鮮を頬張りながら、耳を傾けていた。

「へぇ~、ニュースでは何度か聞いたことあったけど、やっぱり凄いところなんだね。僕はダンジョンの中に街があって、街の外には普通にモンスターが歩いているってくらいの認識だったんだよね」

「まぁ、一般から見ればそれくらいの認識だろうな。だけど、テンジがあそこに行きたい理由はあれだろ? 学生がダンジョンに出入り自由になる、という特権」

「うん、ダンジョン全階層への自由出入り権、これがずっと欲しかったんだ」

「まぁ、日本では一々協会に申請を通さなければ入場できないし、学生だと碌にダンジョンの経験を積むことができないからな」

「えっ? マジョルカでは学生が自由にダンジョンを出入りできるの?」

草津が素っ頓狂な声を上げた。

日本では「学生はまだ守られる存在」として学びを深める時期という認識が常識となっている。だから、テンジがダンジョンで遭難にあったときも協会は必要以上に心配してきたのだ。

だけど、マジョルカではまるで違う。

あそこの国は独特で、学生でも一人前の探索師として扱う風習があるのだ。

それもあそこに通えるのはみんなが普通ではなく、全世界から才能を認められた鬼才たちだけしかいない。だからこそ、という理由もある。

そういった理由から、マジョルカ・エスクエーラでは学生に対しても自由にダンジョンを出入りできる権利を与えている。

というか、そもそも学園はダンジョンの中にあるので許可も何もないのだが。

「そうだぞ、だからこそ世界中から移住希望者が殺到する。だがダンジョンの壁や物は基本的には壊せないからな。中に元々あった『街』も増築はできても、一から作り替えることはできない。故に、住める人数には限りが存在する」

「なるほど、それは魅力的だね。学生でもダンジョンに自由出入りができて、異世界のような景観が広がっているんだよね? ちょっとそのワードだけは気になるよね。天城くん、良かったらたくさん写真撮ってきてよ!」

「はい、暇があれば撮っておきますね」

テンジは笑って答えた。

こうしてお疲れ会は色々な話題に触れつつ、盛り上がっていく。

† † †

お疲れ会もお開きが近づいてきていた。

水江はしっぽりとぶどうジュースを飲んでおり、草津は食い過ぎたのかお腹を擦りながら背もたれに腰を預けている。

テンジは未だにぼりぼりと残った海鮮たちを食べていた。

そんなテンジを、立華は面白そうに横からじっと眺めていた。その細身でどこからそんな食欲が湧いてくるのか不思議でならなかったのだ。

「そういえば立華。お前はどうするか決めたのか? また入団試験を受けるんだろ?」

「はい! 一応、私はまだ大学二年なので卒業までは何度でも挑戦してみようと思います! って、あと二回しかありませんね。水江くんに師匠を紹介してもらえたので、少しは未来に抗って見せますよ」

「そうか、またいつか隣で戦える日を待ってるよ」

「はい! 今度は絶対に受かって見せます!」

立華はやる気を瞳に灯らせ、先輩になるかもしれない水江へと言葉を返した。

水江もその心意気に、嬉しそうな表情を垣間見せた。

第26グループの面々はこうして進路が決まっていくのであった。

水江は半年後の四月から正式にチャリオットに入団する。

立華は残り二年の大学生活で、探索師になるためにできるだけの努力を惜しまないつもりらしい。新たな師匠の元で励むと意気込んでいた。

草津は探索師だけには囚われず、ダンジョンに関する仕事という幅広い分野から仕事を探してくらしい。とはいっても、まだ内定のない大学四年生だ。どうなるかが一番不透明なのは、草津だろう。それでも若木教授の元で研究を行っていた学生というだけで、正直引っ張りだこになることは間違いないだろう。

そしてテンジはマジョルカ・エスクエーラへの留学が数日前に正式に決まり、マジョルカから正式な入学許可証が送られてきたばかりである。

最初は険悪なムードでスタートしたこのグループであったが、最後はこうして連絡を取り合うまで仲が良くなった。

それぞれは別の道を歩むことになったが、いずれ再び道を共にする日が来るかもしれない。

その日を密かに期待する彼らであった。