軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第59話

薄紫色のボスエリア扉には奇怪な図形が描かれている。

研究者から見ればその図形には意味があり、この先に出現するボスの特徴を表しているらしい。しかし、その違いを見分けるのはかなり難しく、正直ほとんどの探索師が図形についての知識を持ってはいなかった。

あくまでダンジョンの等級さえわかれば問題ない、というスタンスの探索師が多いのだ。

しかし、ここには一人だけ日本探索師高校の生徒ではないにも関わらず、本気で上位ギルドに入団するべく参加していた男がいた。

「なるほどな。獣型、針のような毛、灰色の体毛、弱点は頭部…………グフゥだな」

水江は扉の手形窪みに触れないように、図形に指を這わせながらそう呟いた。

どうやら水江には図形から特徴を読み取れる知識があるようで、立華とテンジは驚いたような表情を浮かべていた。

「すごいね……」

「はい、解読できるなんて知りませんでした」

「上位探索師ともなれば、新種のモンスターと戦うのは日常茶飯事の出来事だ。そのレベルの探索師を目指す者として、当然の知識を覚えたまでだ。まぁ……解読にはそれなりの時間はかかるがな」

さらりと凄いことを言ってのけてしまう水江に、二人はさらに感心する結果となった。

彼は本気で言っているのだから、ここには水江を笑う者はいなかった。それを不思議に思った水江が困ったように二人へと振り返った。

「……笑わないのか?」

「へ?」

「ん?」

「い、いや……何でもない。忘れてくれ」

何を言いたかったのかわからなかった水江に対し、二人は同時に首を傾げた。

水江もここで有耶無耶にする意味はないと考え、恥ずかしそうにそっぽを向きながら語り始めた。

「俺の周囲には、俺が探索師になりたいという夢を笑う奴が多かった。無駄な剣術だの、無駄な知識を身に着けるなだの、真面目に大学に行けだの、碌なやつらがいなかった。クラスメイトや先生、そして両親もだ。唯一、幼馴染だけが俺の夢を笑わずに応援してくれていた。ただそれだけの話だ」

やはり身の上を話すのは恥ずかしかったのか、鼻と耳をほんのりと朱色に染めた水江であった。そんな感情を振り切るためにも、水江は連撃剣を鞘から引き抜いた。

そんな時だった。

立華がうるうると涙を溜めはじめた。

「うぅ……そんな環境でよく頑張りましたね。私、ちょっと感激です」

「僕も同じ意見だなぁ。水江くんは絶対に立派な探索師になれるよ、ここまでずっと見てきた僕が保証する。まぁ、僕の保証なんてちっぽけな応援だけどね」

「や、やめろ……別に応援されたくて話したわけじゃない。この後の戦いで気になって集中が途切れた方が嫌だと思っただけだ。だから……泣かれても困る」

水江は、年相応な恥ずかしがり方をしながら立華の頭をこてんと叩いた。

これも彼なりの御礼だったのだろう。不器用ではあるが、その顔は少し嬉しそうに笑っていた。

「痛いですぅ。お姉さんを叩いたらダメなんですよ!」

「姉なら姉らしい力を見せるんだな」

「やっぱり水江くんはモテない子です」

「別にモテたいと思ったことは一度もない。ほらっ、さっさと行くぞ」

もうこの空気感に堪え切れなかったのか、水江は素早く振り返ってボス扉の窪みに右手をそっと触れさせた。

ガチャリと鍵が開いたような音が聞こえると、三人はすぐに一歩後ろへと後ずさった。

ゴゴゴゴッ、と扉がひとりでに押し開いていく。

扉の隙間からはボスエリアの光景が徐々に見え始めていた。

全員が少しだけ武器を握る力を強めて、ボス戦へと真剣に臨む。

「テンジ、あとは頼んだぞ。お前だけが頼りだ」

「うん、任せて」

「おそらくグフゥだ。福山さんの教えを実行できればテンジなら余裕のはずだ」

水江とテンジは、お互いに視線を合わせずに短いやり取りをする。

三人は周囲を慎重に警戒しながら、ボスエリア中央にある魔法陣へと歩みを進める。

このボスエリアも、他の空間と同じような装飾が施されていた。

古びた神殿の柱が周囲をぐるりと囲んでおり、金と青の豪華な装飾がちらほらと見える。それでも経年劣化なのか、どころどころで剥げているのが異様な雰囲気を醸し出していた。

奥には古びた玉座も鎮座している。

「やるぞ」

「うん」

「わかった」

水江はその掛け声を最後に、口を閉ざし、魔法陣の中に足を一歩踏み入れた。

ちろちろと黒い十字架が集まり始め、古びた玉座の上にボスを作り上げていく。その光景はすでに三度目なので、三人はもうすぐ始まるのだとさらに集中力を高める。

そうして数秒もすると、ボスの姿かたちがはっきりと彼らの目に映っていた。

「やっぱりグフゥだね」

「あとは任せる、テンジ」

「うん、とりあえずやってみるよ」

テンジは軽く返事をすると、赤鬼刀を中段に構える。

そこに二体の小鬼を無言で召喚し、体にグッと力を籠めていく。

そうして、ボスが姿をはっきりと現した。

「――グフゥゥゥゥゥゥウッ!」

グフゥの作成段階が終了し、誕生を喜ぶ雄たけびを高らかに響き渡らせた。

そのタイミングを見計らって、テンジは一切の隙を与えんと先制攻撃を仕掛けた。

地面を強く蹴り上げグフゥへと瞬間的に接近する。ドンッと地面が少し陥没する音が鳴ると、テンジの体はすでにグフゥの懐の近くにあった。

両隣には、少し遅れて小鬼たちが追いかけてきている。

それを視界の端で捉えながらも、テンジは赤鬼刀の柄を敵に向けるように肩の後ろで構えた。

(まずは……頭っ!)

柄をぶつけるように、赤鬼刀を全力で投擲した。

「グフゥッ!?」

何とか視線では捉えていたグフゥであったが、テンジの攻撃速度には対応できなかった。

いとも簡単に赤鬼刀の柄が、ドカンッと頭部に直撃していた。

グフゥは頭部が弱点だ。強烈な衝撃で目を回したグフゥは、ふらふらと千鳥足を踏みながら後方へと倒れていく。

(思ったよりも頭部は柔らかかったな。……トドメだ!)

テンジは役目を終えて宙をくるくると回る赤鬼刀をすかさず閻魔の書へと戻す。そして慣れた手つきで再び自分の手元に召喚するのであった。

そこから間を置くことなく、仰向けに倒れたグフゥへと駆けだした。

と、先にグフゥに攻撃を仕掛けたのは小鬼たちであった。

「おん」

「おんっ」

能面スタイルは相変わらずだが、強烈な踵落としをグフゥのぶっくりと膨れたお腹にお見舞いしたのだ。

しかし、小鬼の攻撃力では致命傷にはならなかったのか、グフゥのお腹がぽよんと水面のように揺れるだけで、あまり効果が無いように思えた。

(小鬼たちでは三等級のボス相手に通用しないのか?)

四等級のニードルマウスはあっさりと倒していた小鬼たちだが、ニードルマウスは四等級モンスターの中で比較的弱いことで知られている。

だから比較対象としては不十分かもしれないが、小鬼たちの限界は三等級以下での戦闘ということになりそうだとテンジは考える。

「じゃあ、赤鬼刀はどうだ!?」

検証も兼ねて、テンジはどてんと倒れたグフゥの横腹へと赤鬼刀を突き刺した。

「グフゥゥゥゥゥウッ!?」

赤鬼刀はすぅっと横腹に突き刺さる。

痛みに思わずじたばたと巨体を暴れさせたグフゥであったが、テンジは容赦なく突き刺した赤鬼刀をそのまま握りながら横腹を引き裂いていった。

さすがにニードルマウスよりは抵抗感を強く感じていたが、力任せに切り裂くことでテンジはグフゥに致命傷を与えたのであった。

「グフゥ!!」

そこでグフゥは怒ったようにくるりと体を器用に回転させ、近くにいたテンジへと尻尾の振り回し攻撃を仕掛けてきた。

ニヤリ、とテンジの口角が上がった。

(斜め後方へのバックステップっ!)

テンジは福山から教えられた尻尾攻撃の回避方法を駆使して、尻尾攻撃からの地割れ攻撃を難なく回避したのであった。

そして尻尾攻撃の後には、ほんの僅かな隙が生まれる。

「ここだ!」

今度は赤鬼刀の切っ先をグフゥに向けるように構えた。腕に全力の力を籠め、再び力任せで雑な投擲攻撃を仕掛けた。

ステータス任せな投擲は、鋭い風切り音を鳴らしながらグフゥの頭部へと運よく突き刺さる。と、それだけでは止まらずに、そのまま頭部に巨大な穴を開けながら貫通し、遠くの壁へと突き刺さったのであった。

(うわぁぁ……なかなかえげつない威力だなぁ)

その様子を見て、テンジは思わずそんなことを思うのであった。