作品タイトル不明
第60話
頭部の半分ほどを赤鬼刀に削り取られたグフゥは完全にこと切れており、ドシンと後方に倒れていく。
どうやら魔鉱石化はせずに、死骸として残る様子であった。それを少し残念に思うテンジがいた。
「……福山さんがレクチャーしてくれてて良かった。尻尾攻撃の回避方法を知らなかったら、攻撃を食らっていたかもしれない」
なんとかグフゥを倒すことに成功したテンジは、壁に突き刺さった赤鬼刀を閻魔の書で回収しながらそんなことを呟いた。
日本探索師高校では、ボス種の戦闘方法は二年次に習う範囲なのだ。だからこそ、テンジがグフゥとの戦い方を知らないのも無理はなかった。
一応、動画などで事前に予習をすることはできるのだが、貧乏なテンジにそんな暇はなかった。暇さえあれば内職のアルバイトをしていたのだから。
「お疲れ」
「お疲れ様です!」
そんなテンジの元に、水江と立華が駆け足で近づいてきていた。
声のした方向へと振り返ったテンジは、「なんとか勝てたよ」と笑って答えるのであった。
「それにしても凄い刀だな、あれ」
水江は赤鬼刀の威力を見て、正直に驚いていた。
テンジが強いと言えども、三等級ボスの頭部を削り取った事実は、武器の性能を如実に表していたのだ。
「ね、僕も驚いた」
「は?」
「まだ僕も自分の天職のことをほとんど知らないし、手探り状態なんだよね。それにまだ僕って一年生だし、補助探索師としてもダンジョンにあまり入れないんだ。学校側があんまり良しとしていないんだよね」
テンジのその言葉に、二人は思わず口をぽかんと開いた。
何かの聞き間違いだと思いたいその言葉は、二人にとっては今までの中でも最高級の驚きであったのだ。
その表情を見て、テンジは首をこてんと傾げた。
「ん?」
「お前……まだ一年だったのか?」
「あぁ、うん。僕はまだ一年生だよ、16歳だもん」
「だもんって……。な、なぜこの試験に参加している? というか、どうやって参加した?」
「えっと……成り行きで?」
この試験に参加していることから、二人はテンジのことを当たり前に日本探索師高校の二年生か三年生だと思っていたのだ。
日本探索師高校の二年生からは、ぽつぽつと天職を取得する者が増えるので、テンジが天職を持っているという事実も彼らに大いな勘違いをさせていた。
まだ入学して半年ほどしか経っていない一年生が、これほどの天職を取得している。自分なんかよりも圧倒的に強くて、天職も発現したばかりな未発達者である。
その事実が、二人の思考を一瞬停止させてしまったのだ。
「本当に……お前はバカげた男だよ」
「本当ですよ。なんですか? 才能ですか? これが才能の差だとでも言いたいのですか?」
なぜか呆れた表情をされたテンジは、困ったように少し前までの自分の才能の無さを思い出す。
むしろ少し前ならば、テンジは彼らよりも才能がない青年であった。しかしたった一つの天職が発現しただけで、才能を認められてしまうのだ。
一体、才能とはなんなのだろう。
そう考えずにはいられなかった元才能無しの青年であった。
† † †
彼らはその場で三十分ほど長めの休憩を取ることにしていた。
ボスがいなくなったあとのボスエリアでは、半日以上モンスターたちが立ち入り禁止になるセーフティーエリアになることが知られている。
だからこそ、ボス戦後のエリア内がダンジョンにおいては一番安全な休憩場所になるのだ。
「ふぅ、あとどれくらいでエンドゲートが出てきますかね?」
エリアの端にある壁際にぐったりと腰を落としていた立華が、気の抜けるような声で疑問を投げかけた。
「多くても第四ボスエリアまでがサブダンジョンの構造だからな。この出口を出ればすぐに終わるかもしれないし、まだ半分にしか到達していないかもしれない」
「そんなのわかってますよぉ~。私が知りたいのは……って、不毛な質問ですよね」
「あぁ、不毛だな」
ここまで一緒に死地で過ごしてきた彼らの間には、すでに遠慮という言葉はすっかりとなくなっていた。
元々水江の遠慮なさが招いたチームワークなのだが、それが今はいい方向へと変わっていた。
時々不毛な会話をして、ぽけーっと体力の回復を図って三十分が経過した。
「そろそろ行こうか。もう休息は十分だろ?」
「はい!」
「うん」
彼らはボロボロになりながらも立ち上がった。
特に水江はニードルマウスにやられた傷口が痛々しく残っている。気力で我慢しているようだが、肉が少し抉られている箇所もあって痛くないわけがなかった。
立華も、テンジが参戦するまでずっと戦い続けていたため、すでに全身は汗だくで体力の消耗は無視できないものとなっていた。
その点、テンジは碌に怪我などは負っておらず体力の消耗もあまりしていなかった。制服もほとんど切り傷やひどい汚れなどは見えず、ほんの少しだけ返り血が付着しているくらいであった。
「水江くん……応急処置くらい……」
「いや、大丈夫だ。深い傷だけ布できつく縛っておけば問題ない」
テンジが心配するように水江に話しかけたが、水江は一向に小さな傷跡を応急処置せずにいた。その理由はわからないが、そこには水江の覚悟のようなものが感じられる。
ただ、立華もテンジも感染症だけが怖いと思っていた。
「さて、行くぞ」
水江はあくまで平常を振舞う。
休憩から立ち上がった三人はいつの間にか出現していたボスエリアの出口の前に立ち、その扉を見上げた。
そして、水江が手形の窪みに片手を押し付ける。ガチャリと鍵が開くような音が聞こえると、三人はその場から一歩後ずさり、それぞれの武器を構えた。
「いきなりモンスターと出くわしたら、すべてテンジに任せる。事前の打ち合わせ通りに動くぞ」
「はい!」
「任せて!」
水江の最終確認に、二人は力強く頷く。
ゴゴゴゴゴッ、と扉が押し開いていく。
この先に待っているのは終わりのエンドゲートか。
それともまだまだ続くダンジョンの迷宮区域なのか。
全員がそんな考えを巡らせながら、目の前に開かれる運命を見つめていた。
そうして扉の隙間から道の先を見通せるほどに開いたそのとき、三人の瞳は驚きのあまり見開かれることになった。
驚きすぎて頭の中がごちゃごちゃになってしまい、扉が開ききるまで三人は思わず呆然と立ち尽くしていた。
その手にはすでに力んでいた力は無くなっており、どこか安堵した感情も芽生えていた。
第二ボスエリアの先に現れた、それは――。
「やあ、お疲れ。みんなよく頑張ったね」
福山与人。
彼らの審査員をしていて、はぐれたはずの探索師の姿であった。
福山は心の底から「お疲れ」と言い、イケメンな爽やかスマイルを彼らに向けていた。