軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第222話

テンジの視界に入ってきた影の正体、それは一体の人形であった。

子供が好む玩具のような小さな人形ではなく、どちらかというと服屋で衣服を着飾ったマネキンのような大きい人形が、数十メートル先の藪の中からのっそりと這い上がってきたのだ。

サイズはテンジよりも少し大きく、上背で言えば180近くはありそうだ。

そのマネキンが関節をぽきぽきと鳴らし藪の中から起き上がると、のっぺりとしたその顔をテンジへと向け、不意に目を合わせてくる。無いはずの目があったような気がした。

「僕に反応したよね……マネキン君。参加者側からの攻撃行為はそもそも禁止だし、逆に僕から参加者へ攻撃することも総則で禁止されている。とうことは――君は参加者側からの刺客じゃないってことでいいんだよね?」

答えが返ってこないと知りつつも、テンジはそれに問いかけ不敵に笑って見せる。

マネキンは天から糸で操られているかのように奇妙な仕草で起き上がると、まるで意思を宿したように敵意のスイッチを入れる。ちくりと、テンジへ敵意が降り注いだ。

それを素早く察知したテンジは、すかさず腰をわずかに落として臨戦態勢をとる。

右肩に引っ掛けていた武器ケースに入っている武器の柄に、右手を添えすぐにでも抜けるよう準備を終えていた。

(マネキンの胸にあるあれは、指紋認証のくぼみと似ているね。というか同じだよね?)

そのマネキンの胸の中央部分には、説明動画で見た指紋認証システムと全く同じデザインのくぼみが彫られていたのだ。見間違いではないことに、テンジはすぐに確信を得る。

思えば、事前の説明動画で鵜飼蓮司は一度も機械スイカからしかポイントは獲得できないとは言っていなかった。ポイントを獲得する方法は何も一つじゃない、やり方は選手側にゆだねるという意味なのだろう。

そして――このマネキンもまた、ポイントを稼ぐ一つの手段だ。

(スイカだけじゃなくて、この障害物もちゃんとポイントになる仕組みなのか。案外親切な設計なのかな……いや、どちらかというと戦いなれていない選手を振り落とす障害物ってところかな。まぁ僕には関係ないことだ)

テンジが予選の意図に気が付き始めていた、ちょうどそのときだった。

マネキンが突如テンジに向かって、姿勢を低くして高速で走り出す。

その走る動作は想像以上に本物の人間とそっくりで、そこらのスポーツ選手並みの速度が出ているように感じた。木の根はパルクールのように軽く超えて見せ、木の枝を本物の人間のように避けながら身軽にこの自然の森をかけ始めた。

「おぉ、すごい」

テンジは素直に驚いていた。

はじめて地獄のクエストをしたときには、自分はあんなに身軽に森の中を駆け回ることができなかった。だけど、それを軽々とこなしてしまう目の前のマネキンに嫉妬する。

それでもすぐに、テンジは真剣な表情へと切り替える。

そのまま慣れた動作でゆっくりと自分の瞳に力を注ぎこんでいく。気が付けば、テンジの瞳の色はマネキンのすべてを見透かすような赤い瞳へと変化していた。

(頭部に埋め込まれたMP鉱石を核として、全身へと血管のようにMP原子がかなり緻密に流れている。すごいな、部分的に毛細血管みたいに繊細にMP原子が配置されている。あれでマネキンを操作しているのか? 本当にすごい技術力と天職だな……学生の中でもここまでMP原子を繊細に扱える人を僕は冬樹くんしか知らない。まず間違いなく、プロ探索師の仕業だろう)

そんな思考をしている間にも、マネキンは勢いよく接近してくる。

でも、なぜかテンジは態勢を維持したまま慌てる様子を見せなかった。むしろ落ち着いてその場の分析に脳の思考を費やしているように思えた。

これも一年間の訓練の成果だろうか。

(頭部を胴体から切り離せば行動を停止すると思う。あとはMP鉱石を的確に破壊するか、捕縛して大人しくさせるか……まぁ物は試しだよね。出会うたびに捕縛するのは時間の無駄だし、今回は実験的に破壊で試してみよう。今回ダメだったら、次から捕縛の方向で行けばいいだけだ)

すぐに決断したテンジは肩にかけていた武器ケースのジッパーをゆっくりと下げていくと、ケースの中から一本の武器を取り出す。

それは地獄の武器ではなかった。

ただの五等級武器―― 鉄の剣(アイアンソード) 。

そう、テンジが初めて自分で買った最初の武器だったのだ。なぜかテンジは自らの愛刀ではなくそれを抜き取ると、逆手で持ち直し、軽く肩の上へと振りかぶる。

姿勢をほんの一瞬下げる反動を利用し、それを鋭く投げ飛ばす。

次の瞬間――鉄の剣はマネキンの頭部に深々と突き刺さっていた。カキッとMP鉱石が割れる音が微かに聞こえてくると、テンジはゆっくりとマネキンの傍へと歩み寄っていく。

まさに一瞬の出来事で、マネキンはなすすべもなく背中から地面へと倒れていく。

カランッ、と乾いた人形の打撃音が森の中に響き渡った。

「うん、動作は完全に停止しているね。さて、核を壊してもポイントは獲得できるのかな」

なんの迷いもなく、テンジはマネキンの胸にあった指紋認証のくぼみに人差し指をかざす。

すぐにピッと機械音がそこから鳴ると、マネキンの肌色だった胸のあたりに「天城典二 1P」と青色の文字が投影されたのを確認した。

「よしっ! 想像通りマネキンを操るMP回路と、指紋認証の電子回路は別で作られているんだね。これなら時間もかからなくて助かるよ」

幸先よく点数を稼ぐことができたテンジは、嬉しそうに声を出していた。

そのまま何事もなく頭部から鉄の剣を引き抜くと、再び武器ケースの中になれた動作で開けていく。ケースのジッパー下げてそれを収納していた――その時だった。

「さすがだな、天城」

不意に、誰かがテンジへと声をかけてきたのだ。

すでに誰かが近づいてくる足音に気が付いていたテンジは、慌てることなくゆっくりと声のした前方の林の方へと視線を向ける。敵意なくゆっくりとした足取りで近づいてくる影があった。

「久しぶりだね水江くん」

テンジは優しい口調で答えた。

そう、そこにいたのは――水江勝成。

チャリオットの入団試験でともに戦った友人の一人で、一つ年上の青年だった。

すでに年齢は19を超え、あの時よりも二回りほど体が大きくなったように感じた。

身長はそこまで伸びていないようだが、筋肉がちゃんとついてきたようでがっしりとした体へと立派に成長していた。それもそのはずだ、水江勝成はあのチャリオットに入団し一年以上も日本のトップギルドで鍛錬してきたのだ。

そんな水江が少し不満そうに、ぶすっとした表情を見せる。

「もっと驚くかと思った」

悪意なく、水江はテンジへと歩み寄っていく。

彼もまた表情に余裕を残しているように見えたので、テンジは何気なく言葉を返すことにした。

「僕もちゃんと成長してるからね。水江くんももう あ(・) れ(・) は見えてるんでしょ?」

「あぁ、団長ほどではないが見えている。だから天城の存在にも気が付けた」

「あははっ、やっぱりかぁ~。でも本当に久しぶりだね、水江くんの活躍はマジョルカでもずっとニュースで見てたよ! あ~友達がどんどん遠くに行っちゃう~って。今度あったら『水江先輩』って呼んだほうがいいのかな~って思ってた」

テンジはどこか自分のことのように嬉しそうに、その言葉を口にしていた。

水江はチャリオットに入団後、すぐに天職へ自らの力で覚醒し、驚くスピードでこの業界を出世していった。最近では若手の中でもかなりの注目株として、25歳以下の期待度ランキングではトップ30入りを果たしたのだ。正真正銘の人気者へとなっていたのだ。

水江は少し恥ずかしそうに俯きながらも、不器用ながら少し微笑んだ。

「まさか、お前が俺なんかのことを見てくれていたとはな。ありがとう」

「はっ!? 水江くんが笑った!? あの水江くんがっ!? ……というか相変わらず褒められなれてはいないんだね」

「おい、悪意駄々洩れだぞ」

「ごめん、ごめん。でも本当にうれしくって」

二人はこの再開を祝うように、ジョークを言いあいながらハイタッチを交わす。

たくましく成長した二人の大きな掌が、この自然の中に乾いた音を響かせる。

「逆にお前のニュースは一つも聞かなかったな。さすがに報道一つ流れてこないとは思ってなかったぞ。連絡もこの一年はほとんどつかなかったしな。だから、ずっと天城が何をしているのか気になっていたが……そんな心配はなかったようだな、今日お前と会えて安心した」

「たぶん僕なんかよりも、世間は冬樹くんに首ったけなんだよ。断じて僕の影が薄いわけじゃないよ、冬樹くんという太陽が大きすぎるだけなんだ」

「その中身のない軽い言葉も懐かしいよ。とまぁ、今日はそんな話をわざわざしにきたんじゃない」

「僕に用?」

水江は不意に、腰に携えていた一対の刀の一つに手を伸ばした。

そのまま引き抜くことはせずに、柄に手を添えたまま口を開く。

「すでにプロとしてチャリオットと契約している俺が、学生しか出ないシーカーオリンピアに参加している理由がわかるか?」

「まぁ別にプロ契約している人の出場が禁止されている訳じゃないからね。今回の年齢制限緩和でプロは出てくるだろうって思ってたよ。まぁプロが出場する目的ってギルドの知名度向上か、現存戦力のアピールってのが多いんじゃないかな? あとは、よりレベルの高いギルドに所属したい人が参加するとか?」

「あぁ、その通りだ。俺は九条団長より正式な指示を受けて出場している。圧倒的な実力をもって本選へと駒を進め、本選で必ず上位入賞して来いと言われている。あわよくば黒鵜冬樹を倒して来いとまで言われた。だが、それだけじゃない――」

水江はふぅと一息つくと、真剣な瞳をテンジへと向ける。

そして腰に携えていた見たこともない二振りの刀の一つを引き抜くと、その切っ先をテンジに向けて宣言した。

「俺は本気のお前と戦うために、俺から九条団長に出場の志願した」

「……水江くんが僕と?」

「そうだ、あの日から俺はずっとお前に負け続けている。どれだけプロの世界で実績を積み上げても、どれだけ必死で努力を続けてきても、どれだけ今の環境に恵まれていようとも……必ずお前の鬼の幻影が頭の片隅にあった。ずっとお前にはまだまだ敵わないという潜在意識があった。だから――」

鋭い敵意が、テンジに向かう。

水江のその瞳は熱く燃え揺らいでいた。

彼のこの言葉は嘘でも謙遜でもなく、本気なんだとテンジは気が付いた。

「俺はお前に勝つ。そのために俺はここに来た、それだけを言いに来た」

宣言を終えた水江は刀を手慣れた動作で鞘へ納めると、テンジへ背を向けた。

そのまま最後に、こう言葉を投げた。

「俺はこの大会中に必ずお前に戦いを挑む。断る理由がなければ引き受けてくれ」

「うん、その勝負楽しみにしているよ」

テンジは彼の決意を否定することはしたくなかった。

若くして実績を上げてきた水江が、まさかまだまだ無名の自分に劣等感の抱いてたなんて知らなかったから少し驚いていた。でも、テンジは彼の勝負を引き受けることにした。

友人の決意は、無駄にはしたくなかった。

「でも、僕は優勝するつもりだから」

「あぁ、俺もだ」

その会話を最後に、二人は別々の方角へと歩き始めるのであった。