軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第223話

最終予選が始まって、およそ一時間半が経過していた。

午前十時に予選は開始されたので、あと三十分もすればお昼どきとなる頃合いだ。テンジは少しお腹がすいたと思いながらも、郊外にあった小さな廃墟ビルの階段を上っていた。

「んー、足跡的にこの部屋っぽいな」

埃の積もった床にくっきりと残っている探索師の靴跡を目で追っていくと、三階にあった一室の前までそれが続いていた。耳を澄ませばその部屋の中からはすでにカラッカラッと音が鳴っているのがわかる。目を凝らせば、すりガラス越しに今まさに起き上がろうとする人形の影がちらついていた。

(ここも守り人形付き、か。今まで見つけてきたスイカ六個のうち、三か所で人形がスイカを守っていた……およそ五十パーセントか。守り人形付きの方がポイントもらえるから、僕としてはありがたいんだけどなぁ)

部屋へと歩み寄っていく間に、テンジは素早く武器ケースの中から鉄の剣を取り出すと、躊躇なく部屋の扉を引き開いた。やはり、そこにはあの 人形(マネキン) がいた。マネキンは人の姿を確認するや否や、みぞおちに向かって鋭い蹴りをお見舞いしようと飛びあがる。

しかし、テンジは表情一つ変えずにそれを半身になって交わしていた。

ほとんど予備動作なく、テンジは剣の柄を掌底で斜め上に押し出す。

気が付くと、その切っ先は的確にMP鉱石のみを貫いていたのだった。頭部に深々と剣が突き刺さったマネキンは虚しく床に倒れていく。

攻撃の予備モーションは最小限に、雑魚に無駄な体力を奪われるな――そんなリオンの教えを体現するように、テンジは暗殺者のごとくあっという間にマネキンを倒してしまうのであった。

「これで29ポイント目、そしてスイカで34ポイント目だ。順調、順調」

これまでで、マネキン四体とスイカ六個からポイントを獲得していた。

それぞれ、マネキンの指紋認証では一ポイント、スイカの指紋認証では五ポイントずつが加算されていった。一時間半の探索で34ポイントが多いのか少ないのかは、今のテンジには判断できなかった。

水江と邂逅して以降、他の参加者と出くわすようなタイミングは一度もなかった。

だから、自分のポイント数が参加者の中で今何位なのかもわからない状況なのだ。

他の参加者に一度も出くわさないのは、よっぽど今回の予選会場が広大に設定されているのか、もっと他の場所でスイカの争奪戦が繰り広げられているのか――そこまでは分からない。

コロちゃんからもあれから一度も念話が送られてきていないので、本当にこの予選がどのように転がっているのかわかならいのだ。

だが、ときどき定点カメラやドローンなどの機材を見るので、独りぼっちではないと安心感をもってテンジは最終予選に集中することができていた。

「もしかしたら想像以上にポイントは集めづらい予選なのかもしれない」

予選の時間設定が六時間から四十八時間と振れ幅があるのは、こういう場面を想定して設定されているからだろうか。それか――設定の時間にふり幅を設け、他の参加者と容易に出くわさないフィールドを用意して、参加側の選手の不安をあえて煽りたいのかもしれない。

不安を煽り、いつものように体が動かない――そんな緊張感を選手に与えて、その選手の対応力を確認したいのかもしれない。

あまりほかの選手のことは考え込まずにポイントを集めよう。

それだけにタスクを集中したほうがよさそうだとテンジは考えることにした。

「さて、次のヒントを探さないと。本選出場の最低ライン100ポイントまでは残り66ポイント、スイカだと13個近く必要だ」

つぶやきながら小さな廃墟から一歩外へと踏み出した、まさにそのときだった。

古籠火こと、コロちゃんと念話をつなぐための思念の糸がぴんと張ったのがわかった。テンジはすぐに足を止めると、空を仰ぎ見ながら念話に集中する。

(コロちゃん見つけた?)

(見つけたでぇ。ぞっとするほど探しづれぇだぁ)

その言葉を聞いた瞬間、コロちゃんから今見えている視界を共有された。これもコロちゃんの能力の一つだ。視界を共有するだけなので正確な位置を一瞬で知れるわけではないが、太陽の位置や、周囲の建物の状況からテンジはおおよその位置をつかんでいた。

(こっから三、四キロってところかな。さすがコロちゃん、ありがとう! 頼んで良かったよ、今すぐ僕も向かう)

(うちは次探すだぁ~)

それからすぐにテンジは発見したスイカに向かって走り出す。

ついでに、コロちゃんと少し話をすることにした。

(でも、やっぱりこれめちゃくちゃ数少ないよね? 僕もまだ六個しか見つけられてないんだ。部屋に隠されていたり、木の根元に埋められていたり……かなり性格悪いと思う)

(さすが三代目だぁ~、うちなんかなぁ。だがぁ、うちも匂いを覚えたでぇ)

(匂い? なんの?)

(三代目が良く口にしてるえむぴーだっけぇかぁ? このすいかぁってやつはぁその匂いがえげつなく濃くて、独特だけぇのぉ。うちは弱いからなぁ、邪気だけにゃぁ敏感だぁ)

(えっ、どこにあるかわかるってこと?)

(そうだけぇ、一里の半分程度の距離にあればすぐわからぁ)

(さすがコロちゃん。見つけたらどんどん報告して)

(わかっただぁ~)

そこでコロちゃんとの念話の糸がぷつりと切れたのがわかった。

そうしてテンジは再び100ポイント目指して走り出すのであった。

† † †

「…………スイカがすでに割れてる」

テンジは茫然と立ち尽くしていた。

コロちゃんから発見報告をもらってからまだ十分も経っていないというのに、例のスイカが何者かによって割られていたのだ。このスイカは演出でポイント獲得後には、ぱかっと割れる演出が添えられている。つまり、この十分程度の間で誰かがこれを発見したのだ。

「なんてタイミングだ……まぁ仕方ないよね。スイカは早いもの勝ちなんだから。近くに別の選手がいるってわかっただけでも、良しとしよう」

気持ちを切り替えるようにふぅと吐息を吐くテンジ。

ゆっくりと空を仰ぎ見て、ふと遠くにあった電気の通っていない信号を見た。

まさにその瞬間であった。

ちょうど見ていた信号の交差点を、誰かが転びそうになりながら急カーブしてこっちにむかって走ってきたのだ。テンジは久しぶりに人を見たことで、少しばかり目をきらきらと輝かせる。

「なんか他の人を見ると安心するなぁ。今は戦う相手といえどもやっぱり嬉しい。ちょうどいいや、情報交換とかできないかな。優しい人だったらいいなぁ」

そう思ったのも束の間だった。

走ってくるその選手がぼーっとこっちを見てくるテンジを発見するや否や、ばたばたと何かを伝えるように手を振ってきたのだ。今回は選手同士の戦闘は禁止されてるので、テンジは特に勘繰ることもなく、にこっと笑いながら手を振り返す。

「ばかやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

「えっ?」

必死の形相で怒鳴り散らかしてきた選手に、テンジは素っ頓狂な顔を向ける。

そうして間もなくのことだった――テンジはなぜその選手に怒られたのかようやく理解したのだった。彼のすぐ背後で奇妙な影がちらついた。

「逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉおっっっ!!」

大声で叫ぶ彼が曲がってきた交差点から人形が一体、膝を胸あたりまで上げ、腕を直角に曲げる変な走り方で飛び出てきたのだ。

そう、そこまではよかった――その人形に続き、また一体、また一体と、次々に変な走り方をするマネキンが交差点から曲がって飛び出てきたのだ。

その数、ざっと数えただけでも十五体近くいるように見えた。

あまりの景色に、テンジは思わずぽかんと口を開けて驚いていた。

道中ではまだ一回しか見つけられていない一ポイント人形が、何の間違いか、十五体近くもまとまって現れたのだ。観客を楽しませるためのちょっとしたイベントを鵜飼が用意したのではないかと、テンジは思いつく。

「おい、ぼーっとするな! 逃げるぞ!!」

ちょうどそのタイミングで彼が、テンジの目の前までたどり着いていた。

そんな彼は無理やりテンジの腕を引っ張り上げると、一緒に逃げるような形になって走り出す。少し遅いと思いつつ、テンジは彼の速度に合わせて一緒に走り出した。

(ちょっと怖い話し方する人だけど、優しそうな人だ。わざわざ僕の手を引っ張ってくれるなんて……少し彼と話がしてみたい。今何ポイント取った人かな)

背丈はテンジよりも少し高く、170半ばくらいはありそうだった。

顔はどちらかというと面長なタイプで、髪の毛は紫色のニット帽子をかぶっているので少ししか見えないがかなり長髪の予感がする。彼の手元にはグローブ型の武器が装着されており、インナースーツは四等級の青色を着ていたので、体術面で優れたアマチュアの探索師なのではないかと推測する。

探索師高校の制服は着用していないので、おそらく大学生か一般からの参加者だろうことはすぐにわかった。それでもこの最終予選に参加しているということから、それなりに彼は探索師としての才能があるのだろう。もしかしたら、その手に付けられた等級の高そうな武器はどこかのプロ探索師のギルドから借りているものかもしれない。

だけど今、彼はマネキンから逃げるように走っていた。

「あれ、どうしたの? どこで見つけたの?」

テンジは不意に隣を見ると、目を合わせるように質問を投げた。

しかし、彼は目を合わせずに大声で答えた。

「知るかぁぁぁぁぁ!! 急に廃れたスーパーの中から現れたんだよ!」

「あと、あそこの一軒家のポストの中にあったスイカ割ったのってあなたですか? 僕が狙っていたんですが誰かに取られちゃったみたいで……あっ、犯人捜ししたいわけじゃないんです。少し気になることがありまして」

「……お前冷静だな!? もっと焦れよっ! あいつら超怖ぇ、なんだよあの気味悪い走り方。まじ怖えぇぇ夢に出そうだわ。てか、数多すぎだろっ!! あんなのどうしろってんだよ、最終予選なんて出るんじゃなかったぁぁぁぁあ」

その言葉を聞いて、テンジは心の中で「よし」と叫んでいた。

彼はこれを対処できないと遠回りで言ったのだ。

つまり、これらはテンジが引き受けても問題ないということになるだろう。

もし彼が何かを策をもって人形たちをポイントにする気だったのなら、テンジは手を出さないと決めていた。正式な大会で人が見つけたポイントを横取りするなんて、そんな不誠実な行為はしたくなかったのだ。

正々堂々とテンジは本選に出たいから、正々堂々と自分で見つけたポイントだけを獲得する。甘いとなんと言われようとも、最初からそうするつもりだった。

テンジは肩に掛けていた鉄の剣を手に取ると、彼に向って微笑んでいた。

「じゃあ、あのポイントは僕がもらいますね」