軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第221話

最終予選会場――静岡県富士宮市。

富士山の麓に位置するこの都市は五年前、あるプロ探索師が起こした大事件に巻き込まれ街の半分以上が機能を停止させていた。徐々に復興は進んでいるものの、まだその半分近くが廃都市化したまま放置されていた。

そんな奇妙な街が、今回の最終予選会場になっていた。

「いやぁ、楽しみだね。勇次郎」

富士山のどこかにある牧場の麦稈ロールの上で、清々しい空を仰ぎながら寝そべっていた最終予選の統括プロ探索師――鵜飼蓮司はわくわくした少年のような声音で言った。

ちょうどおつかいでコーヒーを買いに行っていた協会員の水橋勇次郎は、彼のそんな“らしくない”言葉を聞いて苦笑いする。

「鵜飼さん、今は二人きりなんで普段の喋り方でも大丈夫ですよ。安心してください誰も監視していないことは確認済みですから。あっ、頼まれてた無糖コーヒーです」

「おう」

鵜飼は突然人が変わったように親しみやすい笑顔を止めると、不愛想な表情へと変わった。そっちの方があなたらしいですよと言いたげに、水橋はにっこりと笑う。

協会内やとある一部の上位探索師の中で、彼の二重人格は有名だった。

表に出るときは老若男女に慕われるみんなの鵜飼蓮司を演じ、身内の中では彼の素であるぶっきらぼうな鵜飼蓮司が現れる。水橋にとっては後者のぶっきらぼうな鵜飼蓮司の方が馴染み深くて話しやすかった。

「にしても何でここをゴールにしたんですか? 自販機すら遠くて困りましたよ」

水橋は地面に座りながら話しかける。

だが、鵜飼は面倒くさそうに視線も合わせず端的に言葉を返した。

「困るのはお前だけだろ」

「いやぁ、そうですけどぉ」

その会話を最後に、二人の間には牧場らしい風切り音のみが鳴り響く。水橋は呑気に目を細めながらぼーっと景色を眺めていた。そんな水橋に対し、珍しく鵜飼から言葉を投げかける。

「あいつは?」

「あいつ? ……あぁ、マジョルカの選抜で私が言っていた彼のことですか?」

「そうだ」

珍しく鵜飼が新人に興味を示している。

そりゃあマジョルカで学んでいた学生ともなれば、将来は有望に違いないからだ。それだけじゃない、あの零等級探索師の百瀬リオンがその学生に目を付けていた。日本でもトップに立つ鵜飼が気にならない理由もなかった。

「ちゃんと参加してますよ、【暇人】のお墨付きで」

「……所属は【暇人】か?」

「【なし】です。私も草津くんから聞いた話ですが、まだ所属するギルドは決めかねているようですね。いやぁ、私も楽しみですよ。噂でしか彼の存在は聞いたことがなかったので、一体どんな青年に変わっているのか。実は私、彼のライセンス発行時に立ち会ってるんですよ」

「等級は?」

「五等級の《剣士》でしたね」

その言葉を聞いて鵜飼は驚くように目を瞠った。

そうして心当たりがあったのか、納得するように手を顎にあてる。

「あぁ、リオンが絡んでいるんだったな」

「そういうことです。たぶん『偽装青石』を使っていたのでしょう、本当にしてやられましたよ。もしあのとき百瀬さんが介入していなかったら、私が協会にスカウトしたかったくらいですね。あっ、今回はうちもスカウトに参加しますからね? 鵜飼の【CLASS】もするでしょ?」

「実力次第だな」

「またぁ、百瀬さんのお墨付きですよ?」

「本当にそうなら必然と上に出てくるだろ」

そう言い放つと鵜飼はゆっくりと立ち上がった。

そしてわざとらしく自分の口角を上に持ち上げると、再び人格が変わったように爽やかな鵜飼蓮司が表に出てきた。

「さぁ、やろうか。最終予選はここからだ! 面白くしていこう!」

† † †

「召喚―― 鬼火(おにび) 【 古籠火(ころうか) 】」

テンジの言葉に呼応するように、地面から苔塗れの深緑色の地獄門が現れた。

いや、赤鬼や青鬼の地獄門とは様相が少し異なるようだ。地獄と現世の世界を繋ぐゲートであることには変わりないが、その形が門ではなく灯篭の形を成していた。そうしてその灯篭に緑色の炎がボォと燃え上がった。

(よぉ、何用だぁ? うちは弱ぇんだからあんま呼ぶなって言っただろぉ)

そこから現れたのは実体を持たない、鬼火。

妖怪や霊の類の怨念が火の形を持ったもの、通常はただの球状であることが多い鬼火だが、テンジが呼び出した古籠火には形があった。

猿のような、デビルのような、鬼のような、なんと表すのが正解なのか分からない。だけれども目の前に現れた古籠火には自我と、はっきりと炎で形作られた姿があった。

(今日は何とも戦わないから大丈夫だよ。コロちゃんが戦い嫌いなのは僕も知ってるからさ)

(ならええけぇ。でぇ? 何用だぁ?)

炎ゆえに、コロちゃんこと古籠火はテンジの目の前をふわふわと漂っている。炎ゆえに、古籠火は発声することができないが念話のような要領で意志を疎通することはできた。そんな愛らしい新たな相棒にテンジは指示を出す。

(コロちゃんって僕以外に見えないじゃん?)

(当たり前ぇだぁ。うちは地獄の妖怪でぇ、そんじょそこらの奴らに見えるわけがなかぁ)

(さすがコロちゃん)

(ただなぁ、たまぁにいるんでぇ。人間にも霊感強ぇ奴がなぁ。そいつには見えるかもしれんって話だぁ)

古籠火はテンジの頭に頬杖つくようにリラックスしながら面白そうに答えた。しかし、テンジはそんな話初めて聞くよと言いたげに眉を八の字に曲げて言う。

(えぇ……そういうのはもっと前もって教えて欲しかったよ)

(すまんなぁ。だがぁ、そうそう見える奴はおらんてぇ。霊感にも強弱があるけぇなぁ、相応の霊感がなきゃぁ何かいるくらいにしかわからんけぇのぉ)

うちを誰だと思ってんのと言いたげに、古籠火はクシシシッと可愛らしく笑って見せた。そして何かに耽るように、不意に青い空を見上げて言った。

(んにゃぁ、ここはぁ現世かぁ。いつぶりだかなぁ)

(そっか、ずっとダンジョンの中でしか召喚してなかったもんね。久しぶりってことは前にも来たことあるの?)

(当たり前ぇだぁ。元人間つう妖怪も割と多いけぇのぉ。うちは元々ただの灯篭だぁが、いくつもの鬼火が混ざってぇ……まぁ付喪神に近い存在だけぇ)

(へぇ…………って、今日は話し相手に呼んだわけじゃないよ!)

テンジは慌てて頭をぶんぶんと振るうと、頭上でリラックスしていた古籠火を振り落とした。「なんだぁ」と言いながら、古籠火も再び空中に浮かび上がる。

テンジが古籠火を呼ぶときは大体話し相手として呼んでいた節もあったので、古籠火は今回も話し相手として呼ばれたと勘違いしていたらしい。よくテンジはダンジョンで孤独を紛らわせるために、炎鬼や雪鬼よりも親しく話してくれる古籠火を呼び出していたのだ。

(でぇ、なんだぁ?)

(現世ならモンスターもいないし、コロちゃんも単独行動できるでしょ?)

(あの厄介者ぉがいなければなぁ、うちは自由に動けるなぁ)

(だよね! じゃあさ、これくらいの大きさのスイカ……って言ってわかる?)

(すいかぁ? そんなのぉ聞いたことないけぇ)

こてんと首を傾げる古籠火。

古籠火は炎鬼や雪鬼とは少し違い、今の現世に対する知識が希薄な節があった。だからこそ、テンジはスイカを知っているかどうか尋ねたのだ。

案の定、古籠火はスイカなるものを聞き耳したことがないようだった。そこでテンジは地面に落ちていた小さな木の枝を手に取り、地面の土にスイカの簡単な絵を描いてみせた。

(ここが緑色で、このギザギザが黒い色の丸い奴なんだけど)

(大きさはぁ、どれくらいだぁ?)

(だいたいこんなもんかな?)

両手で大体の大きさを教えると、古籠火はうんうんと頷いて見せた。

(まぁ、探してみるけぇ。見つけたら呼ぶだぁ)

(お願いね、コロちゃん!)

テンジが両手を合わせてお願いすると、仕方ないと言いたげに古籠火は自分の腰辺りをぽんぽんと叩く仕草をする。そうしてふわふわぁっと当てもなく彷徨い始めるのであった。

その後すぐにコロちゃんとは別の古籠火をもう一体呼び出したテンジは、古籠火二体体制でのスイカ捜索を開始したのであった。

「ふぅ……さて、僕も探し始めようかな」

探索する、これはとても簡単に聞こえる技術かもしれないがとても難しいと言われている。

プロ探索師によっても、この「探索する」という行動には色が出てくる。元々何かを探知するような能力を持っているか、持っていないかでその行動パターンも変わってくる。

テンジはどちらかというと、探知能力を持っていないタイプの探索師だ。

「とは言っても、僕は機動力を使って探すしかないんだけどね」

持っていない者は、その足で稼ぐのが最も王道。

ただし、リオンなんかは「あ゛? 勘で探せるだろ、阿呆が」とテンジに探索の極意を教えていた。稀にそういう第六感のような才能を持っている人もいるのだ、この業界には。

そんな時であった。

不意にテンジは地面にしゃがむと、雑草をその手で避けていく。

そこには誰かの靴の痕跡が薄っすらと残っているのが見えた。普通なら見逃してしまうほどの薄い足跡だ。だが、その痕は紛れもなく探索師の靴の痕であった。

「あぁ、そういうこと」

こういう小さなヒントを見つけて、スイカを探すという方法もある。たぶんこの足跡は運営側によって意図的に作られたものだ。

この土地には呪いがかけられている。

一端な探索師やそれなりに鍛えている者ならば、まったく影響のない小さな呪いだ。だが、一般人には大きな影響を与えてしまう。極度の吐き気を催す者、視界が定まらず地面に突っ伏してしまう者、発熱を起こす者、その症状は人によって様々だ。

だからこそ、この土地には頻繁に人が出入りすることはない。ダンジョンも周囲に存在しないので、プロ探索師も頻繁に訪れる場所ではない。そんな場所に最近の探索師の靴痕があるということは、これは予選のヒントとして残された可能性が高いのだ。

(僕は痕跡を追ってスイカを探そう。コロちゃん二体でヒント外のスイカを探して、ポイントを荒稼ぎだ。この二本の矢でポイントを着実に稼いでいく)

テンジの方針が決まった、その時であった。

ガサガサ、と。

茂みが揺れたのと同時に人型の影がひょっこりと起き上がってくる。

「なるほど……これが今年の最終予選ってことか」