作品タイトル不明
第220話
鵜飼蓮司の動画による 総則(ルール) 説明は、およそ五十分間も続いた。
早い者勝ちな点取り合戦――スイカ割り――。
これが今大会の最終予選として繰り広げられることが発表された。
テンジは必死に聞きとって書いたメモ帳を片手に、彼の言葉を忘れないように脳内で反復し始めた。
「主なルールは七個だけかな」
――――――――――
【一】参加者は他の参加者への攻撃行為を一切禁止とする。当該行為が確認された場合は大会参加資格を永劫剥奪し、探索師ライセンスの取り上げ措置とする。ただし正当防衛の場合はこれに含まれない。
【二】参加者は所持点数から100点を消費することで、統括プロ探索師を介し、特定の参加者に対し『決闘』を申し込むことができる。
【三】点数が合計で100を超えた時点で最終予選からの離脱を宣言することができる。ただし、離脱を宣言した時点で点数は確定されることとする。
【四】終了時間は最大で四八時間までとし、最短で六時間とする。
【五】領域内での器物破損および環境破壊行為等は特定減点行為と見做す。
【六】所持点数の上位十二名に本戦出場の権利が与えられる。
【七】全ての総則に対する判断は、統括プロ探索師である鵜飼蓮司氏に権利が与えられる。
――――――――――
動画尺が長かった割には、総則として指定されたルールは少なかった。
約五十分間、鵜飼蓮司が話していた内容をまとめるとこの七つのルールに絞られることになった。
(余談が割と多めだったのが、なんとも鵜飼さんらしい動画だったね)
そんなことを考えながらも、テンジは静かに見守ってくれていた草津の方へと視線を向けた。今は友達としてではなく、仕事としてそこにいる草津は真剣な表情で友達の瞳を鋭く見つめ返す。
「草津さん、今の動画だけ見ると大体この七個のルールに絞られると思うんだけど……本当にこれだけなの?」
「なんでそう思ったかな?」
「何というかな……あまりにも大雑把すぎると思うんだよね。例年はもっと複雑なイメージがあるんだ」
テンジは思ったことを口にしていた。
本当にふわっとしか予選内容がわからなかったのだ。ただ点数を集めて、探索師としての規範を守り、それで上位十二名が本戦出場――実にシンプルで観戦側から見てもとっつきやすい内容だ。
鵜飼の言う通り、この予選はプロ探索師として必要な素養を試されている。
必要な情報を集め、その僅かなヒントから本質を見抜く観察眼。そしておそらく広大であろう会場の中を縦横無尽に駆け回る体力と機動力。その他、プロにとって必要な素養がこの予選ではくっきりと浮き彫りになるのだろう。
そんなとき、草津はようやく脳内での取捨選択を終えて話し始めた。
「これは鵜飼さんの希望なんだ」
「鵜飼さんの?」
「“みんなが楽しめるシーカーオリンピア”を鵜飼さんは体現したいと常々口にしているらしくてね。じゃあ、シンプルな予選内容にすればいいじゃんって思うんだけど……シンプルすぎると探索師としての素養を見出すのに情報不足になりがちなのも事実なんだよね」
納得できて、それでいてその難しい塩梅を知っていたテンジは頷いていた。
ルールを細かくすれば、スポーツのように一部のファンしか見てくれなくなる。かといってシンプルすぎると、参加者にとっては簡単すぎる大会となって意味がない。
「なるほど、だから最後に投げやりなルールがあるんだ」
「そういうことだね。鵜飼さん曰く『俺が全部その場で決めちゃえばいいんじゃない?』ってオファーしたときに言っていたらしいんだよね。だから、絶対的なルールだけ数個作ってあとは鵜飼さんに任せてみようって話になったんだ」
草津の説明でようやく納得できたテンジは、メモ帳をローテーブルの上に置いた。そのままソファから立ち上がると大きく背伸びをして、固まっていた筋肉を解していく。
そんなテンジの様子を見て、草津も同じように立ち上がって言った。
「じゃあ、俺はそろそろ行こうかな」
「あっ、うん。ありがとう!」
草津は最初に、テンジに対しルール説明は一度しかしないことを伝えていた。
そのため草津は夕食のメニュー表だけを机に置いて、その他の道具を全部バッグに仕舞い込んでいく。
そうして準備を終えたところで、草津は温和に笑って見せた。
「テンジくんに出会った頃、テンジくんがマジョルカに行くって知った頃、俺はまだテンジくんの凄さを知らなかったよ」
「ん? いきなりどうしたの?」
突然、語り出して少し戸惑うテンジ。
それでもお構いなしに草津は言葉を続けた。
「でも、今ではそれを理解しているつもり。まだまだ一年生だったのにダンジョンで堂々とできる心の強さ、それにマジョルカという名門に通っていた実績、そして今ここに立っているという事実――これは本当に凄いことだ」
晴れやかな顔で、草津はその大きな手を前に突き出した。
「一人の友達としてだけじゃなくて、一人のファンとして俺はテンジくんを応援するよ。明日は期待してる、ようやく君が表舞台で羽ばたくんだね」
裏のないその賞賛をテンジは嬉しそうに受け取る。
そしてゆっくりと、力強く、その大きな手を握り返すしていた。
「ありがとう草津さん。ちゃんと見てて、僕は必ず優勝するから」
まるで自分が優勝することを疑っていないその純粋な瞳に、その自信を裏付けるような皮膚が厚く硬くなった小さな手が、嘘をついているとは思えなかった。
目の前の友達は本気でこの大会で優勝しようとしている。
あの黒鵜冬喜を超えて、本気でトロフィーを勝ち取ろうとしている。
もしそうなったら、世界は天城典二という青年を見つけるだろう。
そんな友達を、草津は本気で応援しようと心に決めたのであった。
† † †
「――うな重特盛とヒレカツ丼……これも特盛でお願いします。あとは500グラムステーキ弁当に、ゲンコツハンバーグ弁当も追加で」
容赦ないテンジの注文に、電話越しに引きつったような声が聞こえてきた。
それでも一切遠慮することなく、テンジはフレッシュサラダボウルやデザートを追加で注文していくのであった。その料理たちは三十分もかからずに控室に配達されると、テンジはブラックホールのようにそれを胃袋に爆速で納めていった。
こうして夕食も終えたところでテンジは会場行きのバスに乗り込み、広々とした席で早めの睡眠をとった。そのまま次第に陽が昇り、地平線の色が薄紫色に変わり始めたころテンジは起床したのであった。
イヤホンで好きな音楽を流しながら、バスの心地よい揺れに身を任せてみる。
カーテンを開けて僅かに窓を開けてみれば、体内時間がリセットされるような清々しい風が鼻を通り抜けてきた。
「結構、田舎の方に来てるな。どこに向かってるんだろう」
外に広がる延々と広がる畑の景色を眺めながら、テンジは呟いていた。
もうまもなくでテンジは表舞台に顔を出すことになる。
今までは海童とリオンが全力でテンジという存在を秘匿してきた。
しかし、その恩恵は今日で無くなってしまう。いや、その恩恵に縋る必要がなくなったという表現が最も正しいのかもしれない。
「この偽装青石とももうお別れだね」
あの日、病室で受け取った天職を《剣士》と偽る青い小さな宝石。
それをテンジは肌身から離すようにバッグのポケットの中に仕舞い込んだ。
† † †
予選会場全体に響き渡る、シーカーオリンピアのオープニングテーマ。
それが最終予選開始の合図であった。
「始まったみたいだね。とりあえず――」
テンジはそっと自分の頭を触る。
「うん、角はいつも通りだ」
あの日から生えっぱなしの鬼の角が一本。
それは今では髪の中に隠れてしまうほど萎んでおり、ちょっとしたコブ程度の違和感しか感じなくなっていた。だが力を使いすぎると、稀にこの角が肥大化しあの日みたいな姿に変化してしまう。
「大丈夫、いつも通りやれば何も問題はない」
気合を入れるようにテンジは独り言を呟くと、宙に浮いていた閻魔の書を勢いよく掴み取った。そして念じるように、鬼の表紙を深緑色へと禍々しく輝かせる。
目の前に現れる、苔に塗れた地獄門。
「召喚―― 鬼火(おにび) 【 古籠火(ころうか) 】」