作品タイトル不明
第210話
テンジは戦場のど真ん中で座り込んでいた。
傍には常に雪鬼が控えていたので、懐いた子猫のようにぐったりと寄り掛かっている。そんなテンジの元に召喚から五分と経たずに炎鬼が舞い戻ってくる。
「最後の一体を残して殲滅いたしました」
あまりに早い殲滅報告にテンジは目をまん丸と見開いていた。
「最後の個体は王のために投獄いたしました。どういたしましょうか?」
「えっ……まだ五分も経ってないけど」
「し、失礼いたしました! 全てを任せていただいたのに五分も掛かってしまって……全ての地獄獣にもっと精進するよう言い聞かせておきます」
「あっうん。そういうことじゃないけど、まぁいいや。とりあえずありがとう」
「は!」
何か勘違いしてそうな炎鬼ではあったが、間違いを正すのも億劫に感じるほど疲れていたテンジはスルーしすることにした。そのままぐったりと雪鬼にもたれかかりながら、炎鬼に伝える。
「怪我人はいた?」
「あの~……おりません」
「そっか。じゃあこの戦いを始めたのは学長だから、そいつのトドメはリィメイ学長に――」
テンジがそこまで言いかけた時であった。
ぴかっと眩い光が目の前に降りてくると、そこからリィメイ学長が現れる。
「何を馬鹿言ってるのかしら。横取りはマナー違反だって学校で習わなかった? この戦いで最も功労を挙げた者が最後を締めるべきよ」
びっくりした様子でテンジは顔を上げると、そこには車いすに座ったさらに痛々しいリィメイ学長の姿があった。戦闘中に足が麻痺していると言っていたので、その光景にはすぐに納得できた。
テンジは最初、その言葉を否定しようと思った。
だけど、リィメイ学長の力強い瞳を見て、その意志はたかが学生の自分では到底曲げられそうにないと感じた。だから渋々その言葉を受け入れることにしたのだ。
「わかりました。炎鬼、最後の一体を連れてきて」
「あの~……承知しました」
テンジの指示を聞き、炎鬼は素早くこの場を離れていく。
最後の一体がここに来るまでの間、リィメイ学長はボロボロなテンジを見下ろしながらゆっくりとした口調で話しかけ始めた。
「この戦いが始まる前に私があなたに聞いたこと覚えてる?」
「えっと……『あなたの役割は?』ってやつですか? それとも――」
「そう、それよ。それであなたはこの戦いを通して何かを掴めたかしら?」
いまいち、リィメイ学長の言葉の意図はわからなかった。
それでもテンジはこの大きな戦いで数え切れないほどのヒントや答えを知ることができた。今の自分がどんな立ち位置に立っているのか、今後自分がどう振舞うべきなのか、自分にとっての探索とは何なのか。
それがようやくわかったような気がしていたのだ。
質問の意図はわからなくても、その問いへの答えは持っていた。
「はい、たくさんのことを」
「そう、それは良かったわ。そうね……一方的に聞くのもあれだし、あなたにだけは私のことを教えてあげるわ」
運が良いことに、テンジとリィメイの周囲には誰もいなかった。
地獄獣は別に構わないと判断したのか、リィメイは真剣な眼差しでテンジへと語り始める。
「世間は私を光の魔女と呼ぶことが多いけど、それは大きな間違いなのよ。私の天職の正式名称は――『光闇伝道師』というのよ。珍しいでしょ?」
「光闇伝道師……魔術師じゃなくて、伝道師ですか? てっきり魔術師か、魔導師系の名称かと思っていました」
「そう、私は魔法や魔術を操る類の人間ではないの。伝え、導く者、これが私なのよ――私の人生はずっと私が主人公ではなかったの」
† † †
ウルスラ=リィメイが天職に目覚めたのは、ダンジョンが世界に発現して間もなくのことだった。
齢41歳の女性が運命に導かれるままに天職に覚醒すると、みるみると台頭していき気がつけば彼女は『光の魔女』と呼ばれる零級探索師に成り上がっていた。
最初は友達や親戚からの反対も多かった。
子供のいる41歳の女性が、いきなり死が付きまとう職業に就くと言い出したのだから、それも仕方のない反応だったのだろう。しかし、夫と娘はリィメイを全力で応援してくれる家族だった。だからリィメイは探索師になった、家族のためにも、この混沌とし始めた世界のためにも自分の役割があるのならば全力で挑みたかった。
それから――彼女が世界でも群を抜いた探索師になるまではそう時間はかからなかった。
最初は世界の全てを知りたいという知識欲に身を任せ、世界中のダンジョンを駆け巡り、第一期ダンジョン時代の基礎を作り上げていく一人として活動し続けた。
しかし、すぐに体の限界がやってきた。
そもそも41歳で危険な仕事を始めた彼女の職業寿命はそう長くなく、たったの10年で彼女はプロ探索師としての人生に幕を下ろした。
そのあとすぐにマジョルカの学長という席に座ってくれないかとオファーを貰うことがきっかけ手で、リィメイは自分の天職に対しようやく向き合うことに決めたのだ。
最初からおかしいとは思っていた。
魔法に優れた天職ならば、その多くは「~魔術師」という正式名称がつく。同じ零級探索師の百瀬リオンの天職名は『螺旋魔術師』であり、零級だからこの法則が当てはまらないという言い分けはできない。
ウルスラ=リィメイの天職は――『光闇伝道師』。
彼女にとっては、とても嫌なことだった。
神から自分の人生を否定されたような気がしていたからだ。
天職とは人生の役割のようなものだ。
サッカー選手がプロになれたら、その人物はサッカーという職業が天職だと言うだろう。服好きな人がブランドを立ち上げてヒットすれば、のちにこれが天職だったと言うのだろう。それと同じように、ダンジョンによって与えられた天職はその人物にとって人生の天職としてよく語られる。
彼女にとって、自分の人生は自分が主役なのが当たり前だった。
小さい頃からスポーツが得意で一位を取るのは当たり前だった。勉強も不得意な訳ではなく、やれば普通にできる子供だった。大人になってからも順調に大学まで進学し、医者である夫と結婚することになった。本当に順調な人生だった。
しかし、彼女が与えられた役割は「伝え、導く」ことだけ。
まるでお前はこの世界にとって、自分を主人公としてはいけないと言われているような感覚だった。だから現役時代はこの事実に向き合うことはなかった。
だけれども引退し、未来の探索師を育てる学校の学長になってからはその考え方が百八十度変わるようになっていた。
『そもそも自分は誰に、何を、どのように伝えればいいのか』
この問いに対する答えはもちろん誰からも得られるわけがなかったのだ。
でも、学長を続けていくうちに彼女は何人もの有能な探索師の卵たちと出会ってきた。本当に優秀な生徒ばかりで、今となっては世界で活躍する探索師ばかりだった。
でも違った。
彼らではないと直感がそう言っていた。
そうして――転機は唐突にやってきた。
最初に違和感を覚えたのは、黒鵜冬喜という日本人の少年が入学してきたときだった。他の生徒とはあきらかに違い、近しいものを感じていた。薄っすら光の能力が反応したような気がした。
だけど、確証が得られるわけでもなく、他の生徒よりも少しだけ気を配りながら見守ることにした。それから一年半後、自分の役割に確証を持つことになる。
ある日のこと。
お気に入りのパスタ屋で出会った、天城典二という少年。
光と闇の魔法を操るリィメイの――闇の部分が強烈な反応を示したのだ。
でも嫌な感じはしなかった、そしてそれと同時に自分の伝道師という役割に答えを見つけたような気がした。
ウルスラ=リィメイは残りの短い人生を掛けることにした。
まだ性格すら知らない天城典二という少年に、全てを掛けることに決めたのだ。
これが正しいことなのか、間違いなのか、それはわからない。
たとえ間違いだったとしても、これがウルスラ=リィメイの人生なのだ。