作品タイトル不明
第211話
「さぁ、私のつまらない話はこれくらいにしましょうか。えっと……炎鬼さんだったかしら? 邪魔してごめんなさいね」
「いえいえ、興味深いお話でしたよ」
二人の会話を邪魔しないように姿を隠していた炎鬼が、すぅっと二人の目の前に現れる。その手元には雪鬼の半透明な盾に四方八方を塞いだ箱状の何かがあり、中には暴れ逃げようとする小さな白いモンスターが捕まっていた。
雪鬼の盾に牢獄のような使い方があるのかと感心していたテンジは、ゆっくりと炎鬼の顔を見上げる。
「それが最後の個体?」
「あの~……そうです」
途端にいつも通りの口調に戻った炎鬼に、テンジは思わずくすっと笑う。
リィメイすら途端に雰囲気が変わって緩くなった炎鬼に少しばかり驚いてた。
「そうか、それを倒せばこの戦いは完全に終わるんだね」
「あの~はい。では王、最後はあなたの手で」
「うん、やろうか。雪鬼ちょっと肩貸してくれる? もうふらふらで」
「もちろん」
雪鬼に寄り掛かっていたテンジは、その雪鬼に肩を借りつつ立ち上がる。そのついでに目の前に置いていた酒吞童子の獄王刀を手に取ると、炎鬼の前までゆっくりと歩み寄っていく。そうして炎鬼は最後の一体が閉じ込められたそれを地面に置くと、最後の個体を確保した一体の雪鬼へと視線を向ける。
「獄雪経、解除」
雪鬼がそう唱えると、モンスターを囲っていた小さな牢獄が掻き消える。
それを好機とみてモンスターは逃げようと走り出した。しかし炎鬼に掴まるよりもさきに、リィメイ学長の光の縄によってあっという間に拘束されるのであった。最後の抵抗も虚しく、モンスターは地面に転がった。
「ありがとうございます、リィメイ学長」
「さぁ、お終いにしましょう。この厄災に」
「はい」
テンジは少しでも気を抜いてしまえば飛びそうな意識をなんとか保つ。
妙に重たく感じる獄王刀を持ち上げ、刃を逆手に握った。そうして拘束された最後のモンスターへと狙いを定める。
「ル゛ィィ……」
「これで終わり、僕 た(・) ち(・) の勝ちだ」
刀の切っ先が頭部目掛けて落ちていく。
白く歪なそのモンスターは最後の最後、一切の抵抗をすることなくゆっくりと瞼を閉じるのであった。
白が地獄の業火で燃え上がる。
モンスターは最後、魔鉱石になることを拒んだ。
そうして為すがままの未来に従って、地獄の業火であの世へと火葬されていくのであった。
こうして現世から、一体の王が姿を消したのであった。
† † †
「おい、あいつらどこ行った」
ジャオ・ハオはすでに終わりの見え始めた戦場の真ん中で、大きな岩の上にどてんと座り込みながら煙草をふかしていた。ジャオ・ハオにとって戦い後のメンソールの爽やかさが、戦いの余韻に浸らせてくれるのだ。
そんなチームの隊長の傍には探知役の探索師が疲れた様子で地面に仰向けに転がっていた。二人とも心身ともに疲れ果てた様子で、ぐったりとしている。いや、他のチームメンバーも全員がぐったりとその場に転がっていた。
「白いモンスターなら化け物があっという間に倒したじゃないですか。というか何ですかあれ、どっから来たんですか」
「知るかよ、俺が聞きてぇ。つーか今、どっちの話してる?」
「…………どちらかというと両方ですかね」
仲間の上手い返しに、ジャオ・ハオは僅かに言葉に詰まる。
しかし言い得て妙だと言いたげに、なんとも言えぬ笑顔を浮かべた。
「なるほどな、気持ちは分からなくもねぇ」
はぁ、と同じタイミングで二人はため息をつく。
「カルチャル、ちなみに化け物の数は見えたか?」
「はい、なんとなくですが」
いつもははっきりと数を言い切るカルチャルが、言葉を濁したことに少しばかりジャオ・ハオは驚く。彼は中国でも選りすぐりの探知系天職を有しているため、今まで言葉を濁す方が少なかった。
むくりと体を起こしつつ、煙草の煙をカルチャルに向けて吹き出す。それを嫌そうにぱたぱたと手で仰ぎつつ、カルチャルは言葉に詰まっていた。
「なんだ相性悪かったのか? お前ほどの探索師が珍しいことだな」
「いえ、そういうわけでは」
「じゃあなんだ? 濁すなよ」
「その……」
少し言いづらそうに視線を迷わせつつ、隊長の視線からは逃れないと悟ったカルチャルは煙草の煙をパタパタと扇ぎながら言った。
「俺が戦場全体の色を見てるのはこの前説明しましたよね?」
「あぁ聞いたな、白い画用紙に水性絵の具を垂らした感じって言ってたな。仲間と認定した奴は名前付きで見られるんだよな? あの魔法映画のいたずらマップみたいな感じって」
「その通りです。どれだけその一滴が多くてもたかが知れてるのですが……あの悪魔みたいな化け物が現れてからは画用紙全部が真っ白に染まったんです。数が多すぎたのか、一体一体の一滴が大きいのか、それともその両方なのか」
「ほぅ……じゃあどっちもだな」
いつもは強気の隊長がそう言い切ったことに、少しばかり目を瞠る。
それでも言い切る理由を聞きたくて、カルチャルは怖いもの見たさで訊ねた。
「その根拠はなんですか?」
「あの赤い髪をした悪魔、普通に俺よりも強いぞ」
カルチャルは何となく想像していた回答に、思わず唾を飲み込む。
ジャオ・ハオは中国だけにはとどまらないほどに有名な探索師だ。それこそダンジョン大国である日本の稲垣炎と双璧を成す炎系統の探索師として知られている。仲間でもあり部下でもあるカルチャルは、その隊長の凄さを嫌というほどに知っていた。
そんなジャオ・ハオ隊長が、はっきりとあの悪魔の方が格上だと言ったのだ。
あの悪魔たちは一体どこからやってきたのか。
もしかしたら人類は踏んではならない地雷を踏んでしまったのではないだろうか。特にあの最初に現れたひと際強かった悪魔は、正直次元が違いすぎて自分がミジンコ以下だと言われたような気分だった。
「どこから来たんでしょうね」
「…………探知系の探索師の癖に鈍いな、お前。たぶんあいつだ」
「あいつ? 誰です?」
「リィメイが連れてきた小せぇ方のガキだ」
ジャオ・ハオがそう言った――次の瞬間の出来事だった。
空から粉雪のように光の粒子が降り注いでくる。
突然の幻想的な光景に、カルチャルは思わずほわぁと声を出しながら空を見上げていた。それと同時にここにいた探索師全員が上を見上げていた。
「な、なんですかこれ」
「そういえばお前はまだプロになってから日が浅かったな」
「もう四年目ですよ」
「まだまだ若造だ。これは魔女の祝杯だよ、リィメイが勝利を収めた後に降らす癒しの光だ。教科書に載ってないのか?」
「あっ……聞いた覚えはあります」
その光雪は怪我人を感知しているのか、ボロボロな姿のジャオ・ハオとカルチャルの体に群がり始めた。そうして間もなく、傷口がみるみると癒え始める。痛みはそうそう消えないものの、数分後には傷口が完全に塞がったのであった。
「さて、みんな帰るぞ~」
全員の傷口が塞がったことを確認したジャオ・ハオは重い腰を上げながら、地面に疲れ果てた様子で転がっている仲間たちへと声を掛けた。そして新しい煙草を胸元から取り出すとカプセルを割って、指先から火を灯す。
「ふぅ……勝利の煙草は格別だな」
その言葉を溢した瞬間――、
ジャオ・ハオの目の前に 空(・) の(・) 欠(・) 片(・) が降り落ちてきた。