軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第195話

――転移ゲート噴水前。

「アレク……」

「あぁ、分かっている」

九条たち五名を除いて、第75階層にいた探索師たちが全員がここに集合していた。

イロニカを中心に今後の方針を決めようとここに集い、どう国民が避難するまでの数時間を稼ごうかと頭を悩ませていた――矢先のことだった。

全員の肌に強烈な寒気が襲ってきた。

それは冷気によって感じる寒さではない。

恐怖という名のおどろおどろしい寒気が襲ってきたのだ。

「まさかクジョウたちが死……」

誰かがそう呟いたときだった。

プラービリナに所属する一人の探知能力を有する探索師が、それを否定するように口を開いた。

「いえ、クジョウたちはまだ生きています。なぜかは分かりませんが……モンスターは逃げるようにこちらへ向かってきています。どうしますか? 総隊長」

「そうだな……陣形『ウォッカ』を展開だ。一秒でも時間を稼ぐ」

「「「「「了解ッ!!」」」」」

その指示一つで、プラービリナの探索師たちは少数のチームを結成して、ある一定間隔の距離を空けて陣形を展開していく。これは正面から迎え撃つ陣形ではなく、あくまで被害を最小限に抑えながら、時間を稼ぐためのヒット&アウェイを中心とした弱気な作戦であった。

だけど、それも仕方がない。

彼らにあのモンスターを抑えるだけの手段はもうないのだ。

総隊長であるアレクの攻撃すら通用しなかったことをすでに全員が聞いている。リィメイ学長は多少互角に戦っていたと聞いているが、あくまで多少という言葉が前についてしまう。

彼女で無理ならば、ここにいる全員の力を合わせても到底無理な話だった。

だから、消極的な作戦を実行するほかなかった。

準備もまともにできないこの緊急事態だからこそ、今まで何度か訓練してきたこの陣形を展開するしかなかった。これが最も死者数を抑えられるのだから。

アレクの指示はこれ以上ないほどに正しい判断だと、全員が分かっていた。

不意に、アレクは後ろにいるイロニカへと視線を向けた。

イロニカの傍には担架に乗せられた、重症で意識のない老いぼれの姿がある。

「お前たちは邪魔だ。とにかく婆をなんとかしろ」

「……わかりました。ここはお任せします、アレク」

「さっさと行け、邪魔だ」

アレクは突き放すようにイロニカへと言い放った。

それでも誰よりも他人を思いやる性格だということは、イロニカ自身も十分理解していたため、その不愛想な指示に僅かに微笑んでいた。そして小さな声でありがとうございますと呟く。

それからイロニカ含め数人の探索師たちが重症のリィメイを抱えて、第三階層にあるマジョルカ屈指の医療機関へと向かい始めたのであった。そんな後ろ姿を見ながら、ここに残った探索師たちはリィメイの回復を祈る。

彼女が早く復活しなければ、必ずこの前線は崩壊する。

ここが崩壊すれば、次の標的は一般人にまで及んでしまうかもしれない。

早く復活してくれ、そう全員の願いが一致していた。

そうしてこの第75階層の転移ゲート前には、世界屈指の五つのギルドが残った。

日本からは九条率いる【チャリオット】のメンバー。ロシアからはアレク率いる【プラービリナ】のメンバー。中国からウォン=ギリード率いる【四川炎帝】のメンバー。その他、オーストリア、カナダから二つのギルドが参加している。一部、マジョルカ所属の探索師もここに残っていた。

この五つのギルドの力関係で言えば、圧倒的にプラービリナと四川炎帝が強いと言われている。人数然り、探索師の質然り、団長や総隊長の実績然り、それに文句を言える者は少なかった。

だからこの場でのリーダーは必然と、アレクとウォンの二人に代わっていた。

リィメイもイロニカもこの場にいないのならば、それは必然の流れであった。

ここには総勢で100名以上にもなる世界屈指の探索師たちが残った。

しかし、実際に前線に立って戦うことのできるメンバーに絞ると、僅か30人程度まで減ってしまう。その他の探索師たちはあくまでサポートメンバーとして帯同しているのだ。

それでも多少の時間を稼ぐには十分な数だと、アレクは判断していた。

念のためにと、アレクは近くにいた四川炎帝のウォンへと視線を向ける。相変わらず起きているのか、寝ているのか、判断がつかないほどに細い目だと思っていた。

「細目、お前たちは?」

「んーにゃ、私たちも同じ作戦でいくかなー。それ以外に最善の方法があるならば私が聞きたいくらいだねー。てことで、四川のみんな頑張ろっか。気楽に死なない程度にがんばろー」

その指示一つで、四川炎帝の探索師たちはプラービリナに引けを取らないほどの洗練された動きで陣形を展開していく。それに続くように、他の探索師たちも彼らと同じく、着かず離れずの陣形を展開していく。

一つに固まらずに、適度に間隔が空いている陣形が瞬く間に出来上がった。

今の彼らは、この陣形で奴を止めるしか方法は無くなった。

「相変わらずやる気あんのか、ないのか。よく分からんギルドだな」

「ん-どうなんだろうね。私、結構テキトー人間だから、なんでこんなにも規律の仕上がったギルドになってるのか理解不能だよ」

「自分でそれ言うかよ」

お互いの真剣な空気を感じつつも、二人は他愛もない会話をした。

何と言うこともない、本当にどうでもいい会話だと近くにいた探索師たちは思っていた。

もう、奴は目の前まで来ているというのに。

「で、どうすんだよ。あれ」

「んーにゃ、『代償』でも使う? あー、私は嫌だけど」

「互いにな」

傍から見ればこいつらやる気あるのかと疑いたくなるような空気感。

それでも二人の会話には割り込めないほどに、殺気のような気を身に纏っていた。

これが世界を代表するギルドのリーダー。敵を目の前にすると、話しかける隙すら見つからない。否応にも、探索師たちからの期待も増していく。

そんな探索師たちが、ようやく武器を引き抜いた。

アレクが体躯ほどの大きさもある極太の棍棒を、ウォンが二本の流麗な曲刀をそれぞれ構える。明らかに他の探索師の武器とは一線を画す、業物。

「んにゃー、私たちが左ね」

「じゃあ、俺は右からだ」

ニヤリと二人は獰猛な笑みを浮かべる。

「死ぬなよ」

「んにゃ」

それと同時に、二人は地面を強く蹴り出した。

迫りくる気味の悪いモンスターへと正面から戦おうと心の炎を焚きつける。

「傾注ッ! 私とアレクの生死は気にするなッ! 私たちが成し遂げるべきは――後ろにいる誰かを守ることだ。それだけは忘れるなよ、みんな。ただし、君たちは絶対に死ぬなッ!! ここで死んでもいいのは私とアレクの二人だけだ」

先ほどとの緩さは一体どこへ行ったのか。

ウォンは細い目をキリッと開き、ここにいる全員の心に届くように声を張り上げた。

死を覚悟の上、アレクとウォンはモンスターに立ち向かう。

――はずだった。

突然何かが、モンスターの頭上に現れた。

鬼面のそれは勢いよくモンスターの背中に降り立つと、強烈な衝撃波と共に地面を蜂の巣状に割ったのだ。まるで子供と戯れているかのように、その鬼は笑っていた。

気が付けばここにいた全員が足を止め、武器を手から溢し、地面に跪いていた。

圧倒的恐怖の感情という精神的な圧力に屈し、物理的に地面に伏せてしまう。

白いモンスターよりもさらにおぞましい何かが、突然やってきた。

モンスターの発する恐怖とは格が違った。

鳥肌なんかで収まる訳もなく、本能が「跪け」と行動を強制してくる。

「クヒッ……どこへ行く 小童(こわっぱ) 」