作品タイトル不明
第八話 謝ってきたではないか
前の夜、ヴァランシュタイン家から、書状が、届いた。
リーゼが、銀の盆に、それを乗せて持ってきたとき、すでに、灯火を、ひとつ、落としかけていた。
「奥様」
「ええ」
「いまの時刻に、お運びすべきか、迷いまして」
「迷うときは、なさるのがいいわ」
「差出人は、ヴァランシュタイン家のお当主」
「……」
「夜更けの便でございました」
夜更けに便が動く、というのは、礼法上は、ほぼ、ない。
ない、ということは、急を要する、ということ。
急を要する、というのを、ご当主は、けっして、声には、なさらない方だ。
そういう方が、急を要する、という判断をなさったときは、書状の形式と、便の刻限だけで、それを、示す。
便箋は、家紋透かしの、正規のもの。
封蝋は、深い、緑。
押し方は、いつもの、ご当主の指の角度。
『明日のお話し合い、私は隣家のお応接間で、お待たせていただきます』
『お返事は、不要にございます』
『万一、ご退路が、ご必要になられました際は、お声がけくださいませ』
それだけだった。
明日のお話し合い、と、文面に、書いていた。
明日、ということは、当家の屋敷に、明朝、アルヴィス様が来られる、という事実を、ヴァランシュタイン家のお当主は、すでに、知っていた。
当家には、本日の夕方、クラーケンハイト家から、面会の申し入れの便が、届いていた。
受け取ってからまだ、ほんの数時間しか、経っていない。
それを、こちらが社交界のどこへも、話した覚えはなかった。
それを、知っていた。
知っていた経路は、おそらく、私には、当面、わからない。
ただ、知るだけの力を、ヴァランシュタイン家は、持っているのだ、という事実だけが、書状から、伝わってきた。
「隣家のお応接間」と、文面に、書いていた。
当家の屋敷の隣は、もう、長く、留守になっている屋敷だった。
ご当主が王都を離れていて、雇いの管理人だけが、屋敷に、住んでいた。
屋敷の建物は、立派なものだったが、家門の社交には、いまは使わない、と、噂で、なんとなく、聞いていた。
その屋敷を、本日、ヴァランシュタイン家のお当主が、すでに、借り上げていた、ということだった。
借り上げを、いつ、手配したのか。
たぶん、夕方、クラーケンハイト家の面会の便が、社交界に知れた、その夜のうちに。
「お返事は不要」と、書いていた。
「お声がけください」と、書いていた。
その二つは、矛盾しているように、聞こえるかもしれない。
矛盾は、しなかった。
ご当主は、こうして、当家に返事の義理を、負わせなかった。
負わせない代わりに、もし、明日、私のほうが、助けが、必要になったときは、こちらから、一声、声を上げさえすれば、助けに、入ってくださる、ということだった。
ただし、一声、こちらから、声を上げない限り、入っては、こない。
その境目を、こんなに、はっきり、引く方を、私は、これまで、見たことが、ない。
「リーゼ」
「はい」
「返事は、書かないわ」
「……かしこまりました」
「明日、お見舞いに、伺うつもりも、本日は、ないわ」
「ええ」
「明日のことが終わってから、改めて、ご挨拶の便りを、別の便で、出すから」
「明日のことが、終わってから」
「ええ。明日が、終わるかどうかも、まだ、わからないけれど」
リーゼは、銀の盆を、机に置いた。
それから、深く、お辞儀をして、扉を、閉めて、下がった。
私は、その夜、長く、書状の封蝋を、見ていた。
深い、緑。
深い緑の蝋に、紋章が、まっすぐ、押されていた。
明日、声を、上げる、ということが、必要だろうか。
必要にならない、ように、明日を、話の場で、終わらせたい、と、私は、思っていた。
声を、上げないことが、返事になる、と、思いたかった。
朝、お父様は、書斎に、籠もられた。
朝食の時刻に、お母様だけが、降りてきた。
お母様は、本日、加減はよろしいご様子だったが、言葉数は、少なかった。
昨夕、クラーケンハイト家からの面会の便が届いたことを、お母様は、すでに、知っていた。
知ったうえで、何も、尋ねない、というのが、お母様らしい、おもいやりだった。
「アデライド」
「はい、お母様」
「部屋の窓に、白を、一輪、切っておきましたよ」
「……ありがとう存じます」
「話を、なさるのに、役に立つかは、わかりませんけれど」
「お母様のお花は、役に立ちます」
お母様は、それだけ笑って、朝食の卓から、先に、下がられた。
朝食のあと、ハーシュが、玄関で、私を待っていた。
ハーシュは、お父様の代から、屋敷に仕えている、最古参の家令だった。
私の礼法の師でもあった。
背丈は、私より少し高く、もう髪も、八割方、白かった。
「お嬢様」
「ハーシュ」
「本日の席に、私が立ち会いますこと、お差し支えはございませんでしょうか」
「お父様は」
「旦那様は、本日は、書斎にて、お仕事の御様子で」
「……」
「旦那様の代理として、家令の身が、席に列なることは、慣例のうちでございます」
「……ええ。お願いいたします」
「かしこまりました」
ハーシュは、深く、一礼した。
礼の角度が、いつもより、わずかに、深かった。
深かったのは、ハーシュの側に、本日、自分の覚悟が、あった、ということだった。
ノエルが、玄関の脇から、顔を、見せた。
「お姉さま、私も、ご一緒します」
「あら、ノエル」
「アルヴィス様が、お越しになるのでしょう?」
「ええ」
「私、席に、おそばに、いたいの」
私は、それに、すぐには、答えなかった。
答えなかったのは、答えに、迷ったからではなかった。
ノエルがいることの、いまの意味を、ノエルが、まだ、わかっていない、ということを、考えていた。
わかっていないからこそ、ノエルが、自分でその場に、立ち会うことは、ノエル自身にとって、たぶん、避けたほうがよい時間に、なる。
それを、止める義理が、私の側にあるかどうかは、もう、わからなかった。
「お入りなさい」
私は、それだけ、言った。
応接間は、屋敷の一階の、庭に面した、いちばん広い部屋。
私の席は、部屋の入り口を、正面に見る席。
ハーシュは、私の左の、すこし下がった位置に、控えた。
ノエルは、私の右に、座った。
アルヴィス様は、定刻、五分ほど、早めに、見えた。
一人で、来られた。
従の者は、玄関ホールに、控えた。
「アデライド嬢」
「アルヴィス様」
「お時間を、頂戴いたしますこと、まずは、お礼を」
「ええ」
応接間のお茶は、運ばせなかった。
運ばせなかったのは、本日の席が、お茶の席ではなく、話の席だ、と、私の側で、はっきり、示したかったからだった。
お茶のない応接は、礼法上は、話の重さを、示す形だった。
アルヴィス様は、それを、見て、顔の表情を、わずかに、変えられた。
変えられたが、何も、言われなかった。
何も言われなかったのは、アルヴィス様が、それでも、本日、話をしようと決めていらしたからだった。
「アデライド嬢」
「はい」
「私は、何度も、謝った」
「ええ」
「二十四通も、お詫びを書きました」
私は、紅茶のカップを、持っていない手のひらを、膝の上に、置いた。
置いて、しばらく、何も、言わなかった。
紅茶のカップが、ない、というのは、こういうときに、手元の拠り所が、ない、ということだった。
拠り所が、ない、というのを、私は、本日、はじめて、選んでいた。
「ええ。たしかに、二十四通、頂戴いたしました」
私は、答えをした。
答えの声に、特別な、意気込みは、込めなかった。
込めなくとも、それは、応接間の、四方の壁に、ちゃんと、行き渡った。
「ならば!」
アルヴィス様の声に、自分の気持ちが、乗り始めた。
「ならば、お受けになって、よろしいではないか」
「アルヴィス様」
「ええ」
「数えるほど、積み重なるのが、誠意でございましょうか」
私は、それだけ、返した。
返した私の声に、力は、込めなかった。
込めようとも、思わなかった。
込めなくても、その問いは、応接間の、庭に面した窓の、すこし上のほうの、明り取りの部分まで、届いた。
アルヴィス様は、しばらく、言葉を、続けられなかった。
ノエルが、私の右で、ふっと、息を、吸った。
「お姉さま」
「なあに、ノエル」
「アルヴィス様だって、お忙しいのよ」
「ええ」
「お姉さまは、こういうとき、お優しかったじゃない」
私は、その言葉を、聞いたあと、紅茶のカップが、なかったことが、よかった、と、ふと、思った。
カップが、手元にあったら、置く音が、いつもよりも、固く、応接間の床に、落ちていただろう。
固い音を、立てないでよかった、と、思った。
「ノエル」
「なに?」
私は、返事を、返す前に、いったん、息を、整えた。
整えたあと、声に、息を、半分、まじえながら、言った。
「『こういうとき』が、何度あったか、ノエル、あなたは、数えていて?」
ノエルは、顔の表情を、止めた。
止めた、というよりも、何の顔を作ればよいか、わからなくなった様子だった。
わからなくなった顔、というのは、ノエルにとっては、生まれて、はじめての、顔かもしれなかった。
ノエルは、これまで、いつでも、顔を、ちゃんと、作ってきた。
ご機嫌に、悲しげに、困りそうに。
本日、そのいずれの、いつもの顔も、作らなかった。
それを、しばらく、私は、ノエルのほうに、向けていた。
責めるためではなかった。
ただ、ノエルの顔が、困りそうにすら、作れなかった、ということを、私の目で、はっきり、見届けたかった。
「お姉さま、私……、私は……」
「ええ」
「私は、お姉さまに、何か、悪いことを、いたしました?」
「……」
「ご機嫌、損ねるようなことを、いたしましたかしら」
私は、返事を、しなかった。
しなかったのは、いま、ノエルに、答えを返すと、ノエルの中で、すべてが、また、自分の気持ちの話に、戻ってしまう、と、わかっていたからだった。
ハーシュが、私の左の少し下がった位置で、わずかに、首を、動かした。
動かした方向に、目を、向けはしなかった。
ただ、私には、ハーシュが、本日の席に、自分の仕事として、立ち会っていることが、いま、確かに、見届けてくれている、と、わかった。
「お嬢様」
ハーシュが、低く、声を、挟んだ。
「ハーシュ」
「アルヴィス様」
「家令、何か」
「ご質問の話を、お続けくださいまし。よろしければ」
ハーシュの声は、慣例どおりに、低く、丁寧だった。
ご質問。
ハーシュは、ご質問、と、言った。
ご非難、ではない。
応答の催促、でもない。
ご質問。
それは、ハーシュが、本日の席の意味を、質問と応答の席として、整え直してくれた、ということだった。
アルヴィス様は、顔を、紅茶のないテーブルに、向けられた。
向けたまま、しばらく、何も、言われなかった。
やがて、顔を上げられた。
「アデライド嬢」
「ええ」
「君は……」
「ええ」
「君は、変わったな」
その言葉は、声の調子が、いつもの、年配めいた、叱りの口ぶりだった。
叱りで、話を、終わりにしようとなさる、いつもの、口ぶり。
叱りで、話を、終わりにできた頃を、アルヴィス様は、覚えていらした。
覚えたままで、いまも、それで、話が、終わるはずだ、と、信じていらした。
私は、返事を、しないでおこう、と、ふと、思った。
思ったが、口が、勝手に、動いた。
「いえ……」
「変わったではないか」
「変わらないでいるのを、やめただけ、です」
そう、言ってから、私は、自分の声が、揃いきっていなかったことに、気がついた。
うまく、言いきれなかった。
うまく、言いきれなかったのが、本日の、私の、いちばん、自分らしいところだった、と、後で、思った。
アルヴィス様は、しばらく、黙った。
それから、立ち上がられた。
立ち上がった気配で、ハーシュが、すこし、肩を、引いた。
引いたのは、応接間の、出入口の方向を、確認するためだった。
確認する動きは、ほんの、わずか。
わずかでも、その動きは、応接間の、すべての方の、目の隅に、入った。
アルヴィス様は、ハーシュの動きを、見られた。
見て、一度、わずかに、深い、息を、吐かれた。
「失礼を、いたした」
「いいえ」
「私は……、また、考えなおして、まいる」
「ええ」
「アデライド嬢、本日は、ありがとうございました」
「お送りいたします」
「いえ。お送りには、及ばぬ」
アルヴィス様は、応接間を、一人で、出られた。
ノエルが、立ち上がりかけて、足を、ふと、止めた。
「お姉さま、私……」
「ノエル」
「はい」
「部屋に、戻りなさい」
「……」
「話を、別の日に、改めて、聞きますわ」
ノエルは、何か、言いたげな顔を、した。
何か、言いたげな顔、というのも、本日のうちに、何度目だっただろうか、と、私は、ふと、思った。
思ってから、思った自分が、すこし、可笑しかった。
ノエルは、応接間を、出た。
出る途中で、振り返りそうに、なった。
振り返らなかった。
振り返らなかったのが、ノエルにとって、本日、自分でなした、はじめての、まともな作法だった。
応接間に、ハーシュと、私が、残った。
私は、ようやく、膝の上の、手のひらを、解いた。
解いた手のひらの、指のうしろが、湿っていた。
湿っているのが、自分でも、わからないほどの、わずかな汗だった。
「お嬢様」
「ハーシュ」
「私、本日、旦那様の書斎へ、お話を、申し上げてまいります」
「……」
「お差し支えは、ございませんでしょうか」
「ええ」
「では、失礼いたします」
「ハーシュ」
「はい」
「ハーシュ、一つ、伺ってもよろしくて?」
「一つ、と、一つでなければ、その後、また、お伺いいたします」
「お父様には、本日、私の席のことを、まだ、話に、なっていらして?」
「……話には、なっておりません」
「では、話を、先に、なさるのね」
「慣例にて、家令は、本日の席の報告を、その日のうちに、ご主人さまへ、申し上げます」
「ええ」
「報告のうちに、私の身が、添えることが、二、三、ございます」
「……」
「お嬢様」
「ええ」
「失礼ながら、本日、お差し支えなければ、私の身の、添えの言葉を、止めにはなさらないでくださいまし」
ハーシュは、深く、お辞儀をした。
お辞儀を、返すのに、私は、慣例どおりの角度を、思い出すのに、一拍、要した。
「お父様にお仕えするあなたが、お父様に、話を、申し上げるおり、私が、止めをいたす道理は、ございません」
「ご明察、痛み入ります」
「ハーシュ」
「はい」
「ありがとう。本日、席に、いてくれて」
ハーシュは、答えに、それ以上、言葉を、加えなかった。
ただ、もう一度、深く、お辞儀をして、応接間を、出た。
応接間に、私、一人になった。
一人になった応接間の、庭に面した窓の外で、庭師が、薔薇の蔓を、留めなおしていた。
留めなおす手が、いつもより、ほんの少し、ゆっくり、動いていた。
ふと、視線を、庭の門の方向に、送った。
門の前を、ヴァランシュタイン家の馬車が、一度、ゆっくり、通り過ぎるのが、見えた。
馬車は、当家の門の前で、止まらなかった。
止まらず、ただ、ゆっくり、通り過ぎて、隣家の屋敷の方向へ、続けに、去った。
それで、よかった。
それで、十分だった。
私の側から、声を、上げる必要は、結局、なかった。
なかった、ということを、こうして、馬車の通り過ぎる速さで、向こうから、確かめてくれていた。
私は、庭の窓の前で、しばらく、立っていた。
立っていたあいだ、部屋の中の、何の音も、なくなった。
そのあと、私は椅子に戻った。
戻って、膝の上に、両手を、並べた。
並べた、両手は、もう、湿っていなかった。
ハーシュが、書斎に入った時刻から、お父様の書斎の扉が、開かれることは、夕食の時刻まで、一度も、なかった。
夕食の時刻、お父様は、お母様と、一緒に、席に降りてきた。
お母様は、お父様の腕に、軽く手を添えていた。
お父様は、席に着く前に、私の顔を、一度、見た。
「アデライド」
「お父様」
「夕食の後で、部屋に、行ってよいか」
「ええ。お待ち申し上げます」
それだけ、言った。
お母様が、何も、言わずに、私の手元を、ふと、握った。
握る前に、手のひらを、湯気で、温めてくれていた、様子だった。
その夜、お父様は、本当に、部屋に、来られた。
お父様が、自分から、私の部屋に来るのは、私が、社交デビューの仕度の前にいただいた、家伝の指輪の話を、お父様から、伺ったとき以来、はじめてだった。
「アデライド」
「お父様」
「ハーシュから、本日の話を、伺った」
「ええ」
「……お前の文面を、本日、はじめて、家令に読ませてもらった」
「文面?」
「差し戻しのおりの、お返事の写しだ」
「……」
「『家門ぐるみで、ありがたくお受け申し上げます。お品につきましては、慣例に従い、差し戻しを』」
「お父様」
「それで、よかった」
お父様は、もう一度、それで、よかった、と、言った。
言った声は、声の温度が、いつもの、お父様のものよりも、半分ほど、低かった。
低かったのは、お父様が、本日、自分の中で、何かを、整えなおしていたから、だった。
「明日、王宮へ、行ってこよう」
「お父様」
「王宮の社交統括夫人に、ご挨拶を、申し上げてくる」
「お父様、お差し支えなく、いらっしゃいませ」
「……いままで、行くべきだったのを、行かないでいた」
「お父様」
「いままでのことを、お母様には、もう話し済みだ」
「……」
「お休み」
お父様は、扉のところで、一度だけ、振り返った。
顔の表情は、いつもの、お父様の、無口な顔だった。
ただ、その無口な顔の中で、目が、わずかに、湿っていた。
「ハーシュには、礼を申し上げておきなさい」
「ええ」
「あれは、お前の礼法の師だ」
「ええ」
「私の家令で、お前の師を、してくださった方だ」
「お父様」
「私が、師としても、家令としても、頼りすべき方を、頼り損ねていた」
お父様は、それだけ言って、扉を、閉めて、下がった。
灯火を、一つ、落とした。
机のうえに、ヴァランシュタイン家の、深い、緑の封蝋の書状が、まだ、開いたまま、置いてあった。
私は、それを、畳んで、引き出しに、戻した。
戻した引き出しの、一段上に、王宮便箋の、紺色の封蝋の書状が、すでに、しまわれてあった。
緑と、紺。
紺は、私を、席のうえで、引き上げてくれた色。
緑は、席の外で、声を上げる必要を、私から、減らしてくれた色。
二つの色が、引き出しの中で、重なった瞬間、ふと、互いを、よりはっきり、引き立てた。
明日、お父様は、王宮へ、行く。
お父様の歩幅と、私の歩幅は、これまでずっと、揃ったことが、なかった。
明日も、揃わないだろう、と、思った。
揃わないことを、私は、もう、寂しいとは、思わなくなっていた。
寂しいとは、思わない、と、自分のなかで、声に出さずに、言った。
そして、灯火を、一つだけ、残して、布団に、入った。
枕元の、お母様の白い薔薇は、すでに、満開、と、言ってもよいほど、開ききっていた。
開ききって、それでも、首を、垂れて、はいなかった。