作品タイトル不明
第二十話 あなた、こっち側の人でしょう
亡国の王子が城に来たのは、挙兵の報せから二ヶ月後のことだった。
フェリクスと名乗るその人物は、十数名の供回りを連れて、正式な外交使節として到着した。レヴァン王国の再建を宣言し、各国に同盟と承認を求めている——その一環として、この国を訪れたのだと。
城は朝から緊張していた。滅んだはずの国の王族が二十年ぶりに現れ、しかも挙兵までしている。同盟を求められれば、東方との関係にも影響が出る。大臣たちの議論は連日深夜に及んでいた。
わたくしは見黒様のお傍に控えながら、謁見の間の準備を見守っていた。
「エル。今日来る方はどんな人かしら」
「東方の情報では、二十代の青年とのことです。幼くして落ち延び、辺境で身分を隠して育ったと」
「ふぅん」
見黒様は鏡を見ておられた。いつもより念入りに髪を整えておられるように見えた。
*
フェリクスが謁見の間に入ってきたとき、空気が変わった。
背が高かった。灰がかった金髪で、目が鋭かった。顔立ちは整っていた。しかし、それだけではなかった。
歩き方が、違った。
二十年を辺境で過ごした人間の歩き方ではなかった。堂々としていた。しかし、王族の威厳とも違った。もっと——効率的だった。無駄がなかった。周囲を見る目の動き方が、訓練された人間のそれだった。
陛下の前に進み出て、一礼した。所作は完璧だった。
「レヴァン王国が嫡子、フェリクスと申します。このたびは拝謁の栄に浴し、感謝の念に堪えません」
声も落ち着いていた。二十代の青年にしては、妙に場慣れしていた。
陛下が頷かれた。
「遠路ご苦労だった。話は聞いている。まずは旅の疲れを癒していただきたい」
「ありがたきお言葉。しかし、時間が惜しいのです。単刀直入に申し上げてもよろしいでしょうか」
大臣たちが眉を上げた。初対面の外交の場で「単刀直入に」とは、礼を欠いている——そう受け取る者もいた。
しかし、フェリクスの目には、礼を欠いているのではなく、礼を知った上で省略しているような色があった。
フェリクスは、レヴァン再建の構想を語った。
驚くべき内容だった。
辺境に拠点を築き、周辺の小領主と同盟を結び、交易路を確保し、農地を整備し、鍛冶の技術を導入して武器と農具を同時に生産している。資金は交易で賄っている。軍備は最小限に抑え、外交で安全を確保する方針だという。
これを、わずか数年で成し遂げたのだと。
大臣たちの顔色が変わった。
この青年は、只者ではない。
*
陛下が見黒様に目を向けられた。
「アカリ殿。何かお思いになることは」
見黒様は、フェリクスをじっと見ておられた。
いつもの、何かを見透かすような目——ではなかった。わたくしは見黒様のお傍に四年いる。あの目は知っている。あれは、見透かす目ではなく、品定めの目だった。
品定め。何の品定めかは、わたくしにはわからなかった。
見黒様がゆっくりと口を開かれた。
「あなたは、とても手際がいいわね」
フェリクスが少し目を見開いた。
「辺境で一から国を作り直す。それも二十年で。農地と交易と鍛冶と外交を同時に進める。普通の人間には、思いつかないわ」
「……恐れ入ります。先人の知恵をお借りしただけです」
「先人の知恵、ね」
見黒様が、ふっと笑われた。
「あなたの先人は、ずいぶん遠いところにいらっしゃるのね」
フェリクスの目が、一瞬だけ、揺れた。
一瞬だった。すぐに戻った。しかし、わたくしは見逃さなかった。
あの動揺は、何だったのか。
見黒様はそれ以上何も仰らなかった。微笑んだまま、陛下に視線を戻された。
「陛下。この方のお話、もう少し詳しく聞いてもよいかしら。お茶でもご一緒しながら」
陛下が頷かれた。
フェリクスは、見黒様を見ていた。表情は穏やかだったが、目の奥に、何か——警戒とも敬意ともつかないものがあった。
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亡国の王子が来た。
フェリクスという名前だった。あの晩餐で「祝福されたものになるわ」と言ったら、本当にフェリクス(祝福された者)だった件。偶然って本当に怖い。
さて、どんな人だろう。前世の漫画やなろう小説だと、亡国の王子キャラには二つのパターンがある。一つは「影のあるイケメン」。もう一つは「有能すぎる策士」。だいたいどっちかだ。
謁見の間でフェリクスを見た。
(あ。イケメンだ。よかった〜テンプレどおりって感じね)
第一印象はそこだった。背が高い。灰がかった金髪。目が鋭い。顔立ちが整っている。前世の漫画で見たことあるタイプの顔だ。影のあるイケメン。素晴らしい拍手。
でも、それよりも気になったことがあった。
歩き方。
(……この歩き方、変じゃない?)
堂々としているのはいい。でも、堂々とし方が違う。王族の威厳で堂々としているのではなく、もっと実務的に堂々としていた。周囲を見る目の動き方が速い。部屋に入った瞬間に全体を把握している。
(前世のFPSで見たことある動き方だ。入室した瞬間にクリアリングしてる。この人、場数を踏んでる)
そして、フェリクスが語った内容。
辺境に拠点を築く。周辺領主と同盟。交易路の確保。農地整備。鍛冶技術の導入。武器と農具の同時生産。資金は交易で。軍備は最小限。外交で安全確保。
(……これ、なろう小説で読んだことある。『滅びた国に転生したので内政チートで再建します』みたいなやつ。あのジャンル、前世で何作も読んだ。農地改革と交易路確保を同時にやるのは定番中の定番。鍛冶技術を武器と農具に分けるのもテンプレ。外交で軍備を最小限にするのも「内政特化主人公」の常套手段)
引っかかった。
前世の知識なしに、こんなに効率的な国家再建ができるだろうか。この世界の常識では、滅んだ国の王子が辺境から復活するのに二十年は短すぎる。普通なら三世代はかかる。
でもこの人は、やった。二十年で。
(……まさか)
陛下がわたしに意見を求めた。
フェリクスを見た。じっと見た。
あの目。あの歩き方。あの効率。あの「場慣れ」感。
(この人、こっち側だ)
確信はなかった。でも、オタクのセンサーがびんびん反応していた。この人は、なろう小説で言うところの「転生者」の匂いがする。前世の知識で内政チートをやっている匂いがする。
(試してみよう)
「あなたは、とても手際がいいわね」
「……恐れ入ります。先人の知恵をお借りしただけです」
「先人の知恵、ね」
(先人の知恵。ああ、そうきたか。「先人」って便利な言葉よね。前世の知識のことを「先人の知恵」って言い換える。わたしもやる。漫画のセリフを「古い詩集にあった言い回し」って言い換えるのと同じ)
「あなたの先人は、ずいぶん遠いところにいらっしゃるのね」
フェリクスの目が、揺れた。
一瞬だった。でも見えた。
(やっぱり)
確定ではない。でも、あの反応は普通ではなかった。「先人が遠い」——この言葉が刺さるのは、先人が本当に遠い場所にいる人間だけだ。別の時代とか。別の世界とか。
(……ふふ。面白い人が来たわね)
「陛下。この方のお話、もう少し詳しく聞いてもよいかしら。お茶でもご一緒しながら」
(お茶しながら、もう少し探ってみたい。この人が本当にこっち側なら、話が合うかもしれない)
*
お茶の席に移った。陛下と、フェリクスと、わたしと、エルが控えていた。
フェリクスは青い実の焼き菓子を一つ食べて、一瞬だけ手を止めた。
「……これは」
「おいしいでしょう?南方の実を甘く漬けたもの。わたしのお気に入りよ」
「ええ。……ブルーベリーに似ていますね」
フェリクスが言ったのは、そこまでだった。すぐに「失礼、こちらの呼び名は存じませんが」と付け足した。
でも、わたしは聞き逃さなかった。
(ブルーベリー。この世界にブルーベリーという言葉はない。この実の名前はまだ調べ中で、エルが図鑑を探してくれているけど、正式名称はまだわかっていない。少なくとも「ブルーベリー」ではない)
目が合った。
フェリクスがわたしを見ていた。わたしもフェリクスを見ていた。
二、三秒の間だった。
わたしは微笑んだ。
「……その名前、素敵ね。青い実だから、ブルーベリー?いい呼び方だわ」
フェリクスの目が、かすかに見開かれた。
それから、ゆっくりと、笑った。
「……見黒様は、不思議な方だ」
「よく言われるわ」
(こっち側確定。やっぱりこの人、転生者だ。前世でブルーベリーを知ってる。たぶん日本人か、それに近い文化圏の人。なろう系の主人公そのものじゃない?いやー最高。最高に面白い。この世界に同類がいた)
でも、言わなかった。言う必要がない。お互いにわかっている。わかっているけど言わない。それが、こっち側の暗黙のルールだ。前世の漫画でも、転生者同士はだいたい「気づいているけど明言しない」パターンが一番かっこいい。
フェリクスも、何も言わなかった。
代わりに、もう一つ菓子を食べて、「美味しい」と言った。
陛下が「気に入ったなら、いくらでも」と笑った。
*
フェリクスが去ったあと、部屋に戻った。
エルが聞いた。
「見黒様。フェリクス殿を、どう思われましたか」
「面白い人ね。手際が良くて、話が通じる」
「……信用できると、お思いですか」
「信用、というのとは少し違うわね。でも、あの人の考え方はわかる気がするわ」
(だってこっち側だもの。やりたいこともやり方もわかる。前世で何作も読んだやつだもの)
エルが日誌を取り出した。
「見黒様がフェリクス殿を『話が通じる』と仰った。見黒様がそう仰る方は、陛下とラルフ将軍を除けば、初めてだ」
(そりゃそうでしょ。前世の知識で会話できる相手なんて、この世界にはいなかったんだから)
窓の外を見た。
(フェリクス、か。亡国の王子で転生者。なろう系の主人公が目の前に来た。この世界、まだまだ面白くなりそうね)
流れ星が一つ、窓から見えた。