作品タイトル不明
第十一話 つまり君が売れっ子作家ってわけ!
見黒様がお触れを出されたのは、露台のお披露目から半年ほど経った頃のことだった。
「どんなことでもよいので、あなたの知っているお話を聞かせてほしい」
短い一文だった。
見黒様のお名前で、城下から近隣の村々にまで届けられた。
大臣たちは困惑した。
「お話、とは……」
「見黒様が民からお話を集められるとは、どういうご意図で……」
わたくしも最初は驚いた。しかし、見黒様に伺うと、あっさりと仰った。
「だって、書庫の本だけでは物足りないもの。書かれた物語の外にも、面白い話はたくさんあるでしょう? 市場の話とか、旅の話とか、おばあちゃんから聞いた話とか」
見黒様はお話が好きだ。それは本当のことだ。わたくしはこの二年間、見黒様の傍で毎日本をお持ちしてきた。見黒様が物語を求めておられるのは、紛れもない事実だった。
しかし、見黒様のことだ。ただ面白い話を集めるだけで終わるはずがない。一つの計で幾重にも益を生み出す——それが見黒様という方だ。杞憂の聴取がそうだった。花木の神託がそうだった。見黒様がなさることは、常に常人の想像を超えた事態を引き起こす。
わたくしは、お触れの先に何が待っているのか、楽しみですらあった。
「見黒様は、民の声を直接お聞きになろうとしておられる」
「書物には記されない、生きた民の言葉の中にこそ、神託の種がある——そうお考えなのだ」
「これは……前例のない民情聴取だ」
お触れが届いた翌週から、手紙が届き始めた。
*
最初は数通だった。恐る恐る、という感じの手紙だった。
城下の商人が、先代の頃から伝わる市場の言い伝えを書いてきた。農村の老婆が、幼い頃に祖母から聞いた龍の話を孫に代筆させて送ってきた。旅の行商人が、東方で見た不思議な祭りの話を書いてきた。
見黒様は全て読まれた。
一通一通、文机に向かって読まれた。目が輝いておられた。
「エル、これ面白い。この龍の話、結末が三通りあるんですって。地方によって違うらしいわ」
「左様でございますか」
「こういうの、書庫の本には載ってないのよ。口伝でしか残っていない話。生きた物語だわ」
見黒様は口伝の話を送ってきた民に短い返事を書いた。
一ヶ月が経つ頃には、手紙の数が爆発的に増えた。
噂が広まったのだ。「見黒様が、本当にお読みくださる」と。
週に数十通が届くようになり、やがて百通を超えた。
*
問題が出てきた。
話だけではなく、不満や陳情も混じるようになったのだ。
「うちの村の井戸が枯れた。何とかしてほしい」
「隣の家の男が夜中に騒ぐので眠れない」
「税が重すぎる。見黒様から陛下に言ってほしい」
グレン殿が見黒様のもとに報告に来た。
「見黒様。お触れにお応えいただいた手紙の中に、物語ではなく、不満や陳情が混じっております。中にはかなり辛辣なものもございまして……このまま続けてよいものか、ご判断を仰ぎたく」
見黒様は少し首を傾げられた。
「そういった声を丸ごと受け止めるのも、国の度量よ」
グレン殿が目を見開いた。
見黒様はそれから、ちらりと陛下の方を見られた。たまたま陛下がお茶を飲みにいらしていたのだ。
「陛下はそれくらいのこと、へっちゃらでしょう?」
陛下が笑われた。いつもの、あの自然な笑い方だった。
「ああ。へっちゃらだ」
グレン殿は深く頭を下げた。
見黒様のお言葉を受けて、グレン殿が選別の仕組みを整えた。物語や言い伝えはそのまま見黒様にお届けする。不満や陳情は文官たちが記録し、然るべき部署に回す。危険な内容や中傷はここで止める。
結果として、見黒様のもとには面白い話だけが届くようになった。
そして、文官たちの手元には——民が何に困っているかの一覧が、毎週、勝手に集まるようになった。
グレン殿がある日、感嘆して言った。
「……見黒様は、お話を集めるふりをして、民情を集めておられたのか」
わたくしは心の中で頷いた。やはり、と思った。見黒様はお好きなことをなさりながら、有効な策を打ってこられた。それをわたくしはこの目で何度も見てきた。今回もそうなのだ。
*
手紙の中に、一通、変わったものがあった。
子供が書いた手紙だった。字が拙かった。ところどころ書き損じがあり、紙も上等なものではなかった。
内容は物語だった。
森に住む小さな獣が、友達を探して旅をする話だった。文章は短く、筋も単純だった。しかし、不思議な軽さがあった。獣が出会う相手との会話が飛び跳ねるようで、読んでいて息が弾んだ。
見黒様はその手紙を二度読まれた。
二度読まれるのは珍しいことだった。
それから、返事を書かれた。見黒様が手紙に返事をお書きになること自体は珍しかった。何通もの手紙が届く中で、返事を書かれたのは、わたくしの知る限り数えるほどだった。
返事の内容を、わたくしは後ろから拝見した。
「あなたのお話は蝶のようにかろやか。ぜひ続きを書いて、あなたのご両親にお見せして。きっとおおくのひとに愛されるお話になるとおもうわ」
見黒様の字で、そう書かれていた。
*
その返事が、子供のもとに届いた。
子供の両親が読んだ。近所の人が読んだ。村中が読んだ。
見黒様の直筆のお返事。しかも「おおくのひとに愛されるお話になる」というお言葉。
子供は続きを書いた。両親が紙を買い、インクを買い、子供は毎晩書いた。やがて、その子供に紙とインクを届ける人々が押し寄せた。
その物語は写本されて城下に広まった。見黒様がお褒めになった物語だ、というだけで、人々は競うように読んだ。読んでみると、本当に面白かった。軽やかで、温かくて、読み終わると少しだけ元気が出る話だった。
一年後、その物語はこの国で最も読まれている本の一つになっており、印刷という技術も発展した。
作者の子供は、十二歳だった。
わたくしは日誌に書いた。
「見黒様のお触れから一年。民から届く物語の中から、見黒様は一人の書き手を見出された。あの子供の物語がこれほど広まったのは、見黒様のお言葉があったからだ。しかし、物語そのものの力がなければ、お言葉だけでは広まらなかった。そしてその物語がなければ、技術も発展しなかった。見黒様は物語の力を信じておられる。それは書庫で過ごされた日々と同じまなざしだ」
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書庫の本は面白い。でも有限だ。
いつか読み尽くすかもしれないという杞憂は冗談半分だったけど、もう一つ気になっていたことがあった。書庫に並んでいるのは、学者や宮廷の人間が書いた本ばかりだ。つまり「書ける人が書いたもの」しかない。
(世の中にはもっとたくさんの話があるはずなのよね。おばあちゃんが孫に語る話とか、酒場で旅人がする話とか、子供が作った話とか。そういうのは本にならない。でも面白いのは知ってる。前世のネットがそうだった。プロじゃない人が書いたものの中に、とんでもない良作がある)
だからお触れを出した。
「どんなことでもよいので、あなたの知っているお話を聞かせてほしい」
(前世でいうところの「あなたの体験談を募集します」ってやつ。ネットの掲示板とか投稿サイトみたいなもの。わたしが読みたいから集めるだけ)
*
手紙が届き始めた。やっぱり面白かった。
書庫の本とは全然違う面白さだった。文章が下手な人もいる。字が汚い人もいる。でも、話の核が生きている。本物の体験から来ている話は、ディテールが違う。
龍の話を送ってきた老婆がいた。結末が三通りあるらしい。地方によって違うのだ。
(これ、前世の民俗学の本で読んだやつだ。口伝の物語は地方ごとに変異する。変異のパターンを比較すると、その地域の価値観が見える。面白い〜〜)
旅の行商人が東方の祭りの話を書いてきた。市場の商人が先代からの言い伝えを書いてきた。
全部読んだ。マジで全部面白かった。
*
一ヶ月くらい経ったら、手紙の量がすごいことになった。
グレン殿が来て、「不満や陳情が混じっている、どうしましょう」と聞いてきた。
(あー、まあそうなるよね。「なんでもいいから送って」って言ったら、そりゃ愚痴も来るわ。前世のネットでもそうだった。感想欄にクレームが来るやつ。いやでも別にいいんじゃない?不満があるなら言える場所があった方がいい。前世だって、レビュー欄に低評価がつくのは健全なことだった。全部星五のサイトは逆に信用できないってもんよ)
「そういった声を丸ごと受け止めるのも、国の度量よ」
(ただの感想だし。不満も立派な感想だし)
陛下がたまたまお茶しに来てたので、振ってみた。
「陛下はそれくらいのこと、へっちゃらでしょう?」
(この人は動じない人だってもう知ってるし)
陛下が笑った。「ああ。へっちゃらだ」と言った。
(ね。やっぱりこの人は器が大きい)
グレン殿がいつの間にか「事前に目を通す」仕組みを作っていた。
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ある日、子供の手紙が来た。
字が下手だった。紙もあまり良くなかった。
森に住む小さな獣が、友達を探して旅をする話だった。
(……お)
はちゃめちゃに面白かった。
文章は短い。筋も単純。でも、会話の流れがすごくいい。飛び跳ねている。獣が出会う相手との掛け合いが、ぽんぽん弾む。テンポがいい。読んでいて気持ちがいい。
(この子、うまいな)
前世のネットで、たまにこういう人がいた。技術は荒いのに、テンポだけで読ませる書き手。未加工の原石みたいな人。そういう人を見つけると、ブックマークして追いかけた。
(この話、もっと読みたい。続きがほしい〜!)
返事を書いた。
「あなたのお話は蝶のようにかろやか。ぜひ続きを書いて、あなたのご両親にお見せして。きっとおおくのひとに愛されるお話になるとおもうわ」
(子供だから読みやすいように、短く、簡単に。前世の投稿サイトで、新人さんに感想を送るときのコツがこんなところで生きるなんてね!褒めるところを具体的に。「良かったです」じゃなくて「ここが良かった」。そして「続きを書いて」。これよ。これが一番大事。書き手が一番嬉しいのは「続きが読みたい」という言葉だ)
封をして、エルに渡した。
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数ヶ月後、あの子の話が城下で流行っているとエルが教えてくれた。
「見黒様がお褒めになった物語として広まっているそうです」
「へぇ。読まれてるんだ」
「はい。写本が出回っていると」
(写本!前世でいう自費出版みたいなものかな。口コミで広まるやつ。なろう系の書籍化みたいな流れだわ)
「あの子、続き書いてるのかしら」
「書いているそうです。三巻目に入ったと」
(三巻!速い!速筆だな。前世だったら毎日更新タイプの書き手だ)
「楽しみだわ。届いたら読ませてね」
「はい。見黒様への本は一巻から三巻までをまとめ、個別献上するとのことです」
(オリジナル特装版ってコト?!?!豪華すぎる!)
「そう、心待ちにしているわ」
(面白い話が増えるのは、いいことだ。この世界にも投稿文化が根づいたら、書庫の本を読み尽くす心配もなくなる。杞憂の解消としては最高の結果じゃない?)
本を開いた。
今日の三冊のうち一冊は、あの子の話の二巻目だった。待ちきれなくて結局指定しちゃった。
エルも読んでいたので、二人でその話題で盛り上がった。