作品タイトル不明
85.後悔
「ヨハンくん、どうしたのじゃ?」
電話を切ったヨハンにじいじが尋ねる。
普段、冷静なヨハンが明らかに狼狽えた様子で答える。
「た、大変です! 爺さんが……うちの爺さんが……倒れたみたいで……」
(……! ヴィンターシュタイン家のおじいさんが……!? それは一大事だ……!)
「な、なんじゃと!? そ、それじゃあ、急いで……きこ…………帰国せねば……」
「…………」
じいじの言葉に、ヨハンは何かを考えるように、今度は急に静かになる。
そして、
「白神のじいじさん……ちょっとお話が……」
「ぬ……?」
「ちょっとあちらで……」
「……わかった」
「……リーゼもおいで」
「あ、うん、わかった」
そうして、ヨハンとじいじ、そしてリーゼは少し離れたところで、三人で何やら会話していた。
界は、不安な気持ちで三人の様子を見ていた。
隣りで鏡美も静かに、しかし、じーっと様子を見ていた。
ヨハンが何かを言い、じいじは少し驚いたような顔をしている。
しかし、ヨハンは首を振る。
じいじが今度はリーゼの方に手の平を向け、ヨハンに何かを訴えている。
だが、リーゼがそのじいじの手の平を包み込むように取る。
じいじは驚いたように、リーゼの方に視線を向ける。
リーゼはじいじを見つめている。
じいじは観念したように頭を垂らす。
だが、最後に自分自身を指差し、険しい表情でヨハンに言う。
ヨハンは頭を下げる。
そこで会話は終わったようだ。
三人が戻ってくる。
そして、じいじが界に告げる。
「界、ちょっと想定外だったが、ヨハンくんとリーゼちゃんとは、ここで一旦、お別れだ」
「……うん」
(そりゃそうだよな……)
「じいじは二人を連れて行かなくてはならない。ヨハンくん、リーゼちゃん、それじゃあ、行こうか……」
「「はい」」
「鏡美先生、お世話になりました。直接お伝え出来ないのが忍びないですが、 真弓(おばさま) にもお伝えください」
「確かに承りました」
「そして、界くん、ありがとうな。君と出会えたことは僕にとって誇りだ」
ヨハンは笑顔で、そう言った。
「こちらこそです、ヨハンさん」
「…………」
リーゼは言葉が出ないようであった。
だから、界の方から、
「リーゼさん、お世話になりました。またね」
そんな言葉をかける。
「っっ……」
しかし、リーゼは返事ができないようであった。
「それじゃあ、白神のじいじさん、すみませんが、よろしくお願いします」
「あぁ」
そうして、三人は、車に乗って発つのであった。
(日本からドイツの飛行機ってどれくらい時間掛かるんだろうな……。ヴィンターシュタイン家のおじいさん……ご無事だといいのだけど……)
界はなんとなくそんなことを思いつつ……。
しばらく共同生活をしていたヨハンとリーゼとのあっさりとした別れ。
界にとっては、やっぱり少し寂しい別れであった。
◇
車が停止する。
「ありがとうございます、白神のじいじさん」
ヨハンは運転して、ここまで連れてきてくれたじいじに礼を告げる。
「……あぁ」
そうして、じいじ、ヨハン、リーゼの三人は車から降りる。
辺りを見渡せば、山だ。
だが、その一帯は平地となっている。
山の一部を切り崩したものの、開発が中断し、放置されたようであった。
要するに、そこは人里離れた場所であった。
「白神のじいじさん、ご迷惑をおかけします。ここなら、無駄な被害を出さずに済みます」
ヨハンはそう言うと、革のアタッシュケースを取り出し、地面に置く。
「僕は愚か者だ……。嬉々として、こんなものをあろうことか、日本に持ってきてしまうなんて……」