軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

185 プロメテウス計画

粗末な山小屋で世界を揺るがす大事業の開始を決定した俺達は、すぐに動き始めた。

魔神戦で瓦礫の山となったルーシ王国は、聖域の魔女の魔法で一日もかからずほぼ全てが復元され、避難民たちが戻りはじめた。

地球は魔法文明と比べて魔力の地層が荒れておらず安定していて、物質を復元したり複製したりが簡単らしい。高等魔法理論領域において重要な意味を持つ四次元重複率の低下を考慮しないのであれば、壊滅した街一つを戻す事など造作もないとか。

正直、半分ぐらい何を言っているのか分からない。

でも破壊されたルーシ王国は元に戻った。ひとまずそこはめでたしめでたしだ。

女王陛下を上書きして降臨した聖域の魔女の扱いについてはだいぶモメているらしい。

魔神討伐戦の人的被害は、コンラッド・ウィリアムズが瀕死(のち、回復)。二代目聖女と死神が死亡(のち、蘇生)。豪腕の魔法使いが死亡(絶対死)。女王陛下を含めれば、取り返しのつかない被害は二名だ。

まずこの二名の死が大問題だし、聖域の魔女が不可抗力に近い失策とはいえ人類史に類を見ない大災厄であるグレムリン災害を起こした事を思えば、モメない方がおかしい。

国連所属のコンラッドや世界保健機関所属の聖女を中心に、世界中の要人を巻き込んであれやこれやとギスっているとか。

技術供与と地球人類への奉仕活動を対価に免罪すべきだとか、ふざけるな即刻死刑にしろだとか、地球人が束になっても勝てないからここは頭を垂れるべきだとか、まあ議論百出喧々囂々。

このへん、俺はヒヨリ越しにチラチラ小耳に挟むだけでノータッチだからよく分からん。

俺は魔法杖職人。法律家でもなければ倫理の教授でもない。

俺は俺の仕事をするのだ。

電気を復活させるための一連の事業は「プロメテウス計画」と名付けられ、ルーシ王国近郊に建設が始まった大規模研究施設を中心に、すぐに大々的な資源と人材の募集が行われた。

空間からグレムリンを除去して電気を使えるようにする試みは、先進魔法文明の中でも極めて優れた魔法に熟達した聖域の魔女でさえも初めて行う未知の領域。

本番製作は俺にしかできず、最終的には全責任が俺の双肩にかかってくるとはいえ、そこまでの道のりも大概だ。

なにをおいても部品素材の生産・輸入が必要だ。

理論検証機や試作機を大人数で同時並行的に試作し、試験を行う必要がある。

無名叙事詩システムを改良するため手を入れるなら、魔法言語に堪能な補助人材がいた方がいい。

部品材料の一つである幽霊グレムリンは魔法文明でも幽霊魔物の養殖を通して確保していたから、それを任せる魔物学者がいる。

地球では製法不明だった磁性反応グレムリン、液体グレムリン、擬態グレムリン、重量グレムリン、不明グレムリンの新規大量生産が必要になるため、生産法を学び実際に生産体制を整え生産を行っていかなければならない。

魔法金属を生産しなければならないから、冶金業の助けもいる(クォデネンツの魔法金属生産機能は壊れてしまった)。

聖域の魔女の設計計算を真似できる魔法学者は地球上に存在しない、しかし検算のやり方を伝授するだけでも微力ながら補佐役になるし、20年がかりである事を考えれば高度四次元学や魔法幾何学の人材育成から始めるのも十分視野に入る。

地球人としてはかなり四次元学を進めている成都租界の禁術研究所から人材が派遣されてきているし、当然ルーシ王国のクォデネンツ研究者も招集。

いわば電気科学と魔法学を融合させる試みであるため、類似分野に先鞭をつけている山上技術研究所所長山上氏は三顧の礼で招かれた。

俺が今まで関わりを持ったり、小耳に挟んだりした分野の人だけでも眩暈がするような数の人材がかき集められている。

全然知らん分野(疑似電気研究、グレムリン繁殖機序研究、人工魔力炉研究、前時代機械考古学など)の専門家たちや専門家を支える食堂や購買の人員まで含めれば、プロメテウス計画の参加者は一万人を超える。一つの街ができてしまう人数だ。

現状、俺を除く一万人がかりで仕事をしても、聖域の魔女一人の仕事量の0.1%にも満たない。

だが聖域の魔女は惜しげもなく知識を開示し、技術を公開し、先進魔法文明視点では原始的だった地球の魔法学と魔法産業は加速度的かつ特異的に進んでいる。

数年後か十数年後には、プロメテウス計画に携わる多くの分野の多くの人々は極めて高度な知識技術に習熟している事だろう。

もちろん、俺もだ。

俺の最初の仕事は聖域の魔女が設計したグレムリン除去空間生成装置の作成。

最終的には広大な空間のグレムリンを全て除去して、その中に何百万台もの精密加工機械を並べなければならない(加工機械を作るためのマザーマシンも俺が作る)。

今はその前段階、基礎の基礎。

ほんの小さな、握りこぶしよりも小さな小空間で電気を使えるようにする実証機の作成に取り掛かっている。

理屈としてはグレムリンの成長機能を停止させ、グレムリンが物質貫通胞子を飛ばして繁殖活動を行うのを防ぎ、空間に満ちている胞子体を殺す装置だ。簡単に言えば既に結晶体のグレムリンはそのままに、成長も増殖もできないようにする空間を作る事ができる。

この試作機の効果持続時間はたったの数秒。付近で魔法が使用されると力場が乱れ壊れてしまう程度の、極めて不安定なシロモノに過ぎない。

それでもこの実証機は極めて重要で、全ての大元になる。

この実証機がダメだったら、聖域の魔女の計算が間違っていた事になる。

プロメテウス計画は暗礁に乗り上げる。

逆にこの実証機さえ上手くいけば、多少つまずく事はあるかも知れないが、必ずこの先の全ても上手くいく。

俺専用に用意された工房で目も手も痛くなるような極限微細加工をしていると、遠慮がちにそっと声をかけられた。

手を止めて振り返ると、ヒヨリ同伴の聖域の魔女が追加の設計図を持ってきていた。目の下のクマがまた濃くなっている。相当根を詰めているらしい。

「ども。そこ置いといてください」

「どうですか、調子は」

「順調ですね」

「何か足りないものだとか、難航している箇所などは?」

「ありましたけど、もう自分で新しい工法開発して解決しました。お気遣いなく」

「そ、そうですか……」

ちょっと引いていらっしゃる。

まだオクタメテオライトだった頃に俺の器用さは散々見てきたはずだが、まだ慣れないらしい。不器用文明出身はこれだから困る。はよ慣れてくれ。

「本当に大利はとんでもない奴だな。前々から思っていたが、超越者よりも余程超越している」

「お。これこれ、こういうの。ヒヨリのヨイショは万病に効く」

「いくらでも褒めてやる。だからちゃんと休め」

そう言ってヒヨリは淹れたてのコーヒーと焼きたてビスケットを乗せた盆を休憩テーブルに置いて手招きした。

うむ、そうだな。そろそろ一休みしようか。

工具を置いてテーブルを囲み、飲み食いしながら雑談する。

「ヒヨリはまーだ聖域の魔女さんの処遇あーだこーだ会議に出席してんの?」

「いや。一昨日から出ていない。政治ごっこにはウンザリだ。もう勝手にすればいい」

そう言って、世界的な影響力を持つ偉大な青の魔女様はクッキーを二枚まとめて口に放り込んだ。

イラついていらっしゃる。政治ごっこというかガチ政治だと思うが、それは言わない方が良さそう。

ヒヨリがイラつくような会議に俺が出席したら、ストレスで100回血反吐吐いて胃が裏返って怪死するな。良かった、技術屋で。

「ああそうだ、聞きたい事あったんだ。聖域せんせー、質問」

「どうぞ」

「ハトバト氏が複製魔法で魔法杖とかコピーしてたんですけど。聖域先生は複製魔法使えないんですか?」

「使えます。複製魔法でプロメテウス計画に必要な同型部品を複製量産できないか、という話ですか?」

「さっすが聖域先生は話が早い。どうなんです?」

尋ねると、聖域の魔女は迷いなく首を横に振った。

「現実的ではありませんね。形而上分解と唯物合成に足を踏み込んだ高等魔法理論領域における物質複製は、幽界結晶抽出物を用いず大元の三次元表出体から四次元重複体を取り出して複製した場合、四次元重複率が低下して時間連続体として見做されなくなり多次元空間魔力積層構造強度の不足が……」

意味不明な呪文を唱え始めた聖域先生は、俺のチンプンカンプン顔を見て苦笑いした。

俺より遥かに魔法学に詳しいヒヨリも口をポカンと開け目を瞬いている。じゃ、誰も分かんないだろ!

「……つまり、高度なアーティファクトになるほど魔法による複製が難しいんですよ。精密加工電子工作機械による大量生産の方が遥かに効率的で、現実的です」

「複製魔法で部品コピーは無理って事ですね。了解。地道にやります」

楽できる作業は楽できないかと思ったのだが、そう簡単にはいかないらしい。

まあ、よし。覚悟はしていた。構わん、このまま続けるだけだ。

「今更だが」

一人頷いていると、今度はヒヨリが俺の顔色を窺いながら気づかわしげに言った。

「大利はプロメテウス計画の意味をちゃんと分かっているのか?」

「え、俺の事バカだと思ってる? 分かってるに決まってるだろ。大目標がタルクェァ復活で、中目標が復活時の犠牲者を減らす。小目標が犠牲者減らすのに必要な精密加工電子工作機械の復活で、今の目標は機械復活のための電気復活」

「違う。そういう意味じゃない」

「違わないだろ」

俺も人間の社会的で抒情的な会話交流というものを随分学んできたつもりだ。

でもヒヨリが何を言っているのかよく分からん。

首を傾げると、ヒヨリは言いにくそうに口をモゴモゴさせた後に言った。

「プロメテウス計画を完遂すれば、お前は普通の人間になる。もう、世界一の魔法杖職人ではなくなるんだぞ」

「あ~……」

「いいのか? もっと他に何か、お前が世界一の職人のままでいられる方法があるんじゃないか」

「いやいいよ、別に。いや良かないけど、他の方法思いつかんし。モタモタしてたら聖域の魔女さんがお前を殺しちまうかも知れないって考えたら、世界一の魔法杖職人の名前ぐらい安い安い」

お前が最優先だ、と言うと、ヒヨリは変な声を上げて抱き着いてきた。

な、なんだよ急に。

言うまでも無い事だと思ってたんだが、もしかしてヒヨリにとってはそうじゃなかった……?

だって、未来視の策にハマって喧嘩まがいの仲違いをしかけた時に約束しただろ? 「どんな時でもヒヨリを一番に考える」ってさあ。俺は喜んで約束を守るぞ。当たり前だろうが。

当たり前の事をしているだけなのに妙に喜んでニャンついてくるヒヨリに困惑していると、いつの間にか聖域の魔女の姿は無かった。

なんか気を遣われてない? 別に真昼間からツバキたちに見せられない「撫でっこ」をしようなんて爛れた考えはないですが。

世界一の魔法杖職人の座から転落するのが平気だと言えば嘘になる。

だが、俺はこの崩壊した世界でずっと世界一の魔法杖職人だった。

その誇りを胸に、他ならぬ俺の手で、崩壊世界を終わらせる。

これは職人として悪くない区切りだ。ヒヨリのためであるし、自分で納得もしている。

だから大丈夫。

プロメテウス計画実証機の完成まであと少し。

気合を入れていこう。