軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

184 たった一つの冴えた方法

俺はヒヨリほど魔法に詳しくない。

教授ほど言語学に堪能ではないし、マモノくんほど魔物に詳しくない。

蜘蛛さんほどの社交性はなく、地獄の魔女ほどの信念もない。

俺は器用なだけだ。

だから、聖域の魔女が抱える問題を俺がどうにかできるとすれば、器用さを絡めたアプローチしかない。

ではどうすればよいのか?

まさか指先でコチョコチョしてタルクェァを蘇らせられるわけもなし。

話はそんなに単純ではない、でも方向性としてはそんな感じなんだよな。

考えながら手を隣のヒヨリの膝に置くと、ヒヨリは困り顔で囁いてきた。

「大利、手を」

「いや離さん。お前、刺し違えてでも殺すつもりだろ」

ヒヨリの膝は凍り付きそうなぐらいに冷たくなっていた。

身じろぎ一つしないまま密かに魔力を高め、攻撃準備をしていたのだ。

絶対やると思ったぜ。長い付き合いだ。これぐらいは分かる。

なんといっても青の魔女は即断即決ぶっ殺しガール。

そのおかげで救われる事もあれば、そのせいでヤバい時もある。今回は後者だ。

図星だったらしいヒヨリは不気味なほど静かに俺達をじっと見ている聖域の魔女を睨みながら、苦々しげに言った。

「私には分かる。この女は必要なら地球人を皆殺しにしてでも夫を取り戻す」

「それ、ヒヨリも必要なら俺のためにそうするって事じゃん」

「…………だからこの女はここで止めないと」

「まあまあまあ、落ち着けって。俺の彼女がすみませんね、聖域の魔女さん」

「いえ。気持ちは分かります」

聖域の魔女はもう微笑みを浮かべていなかったが、堅い表情で頷いた。

勘弁してくれよ。

相手は魔神とクォデネンツを作って操って、詠唱システムを構築して、星系間航行ができて、入間の大元の傀儡の魔法使いを倒して、魔石だけの状態で入間をボコった魔女だぞ。

戦っても絶対勝てないだろ。ヨレヨレヒヨリではもちろん無理だし、万全ヒヨリでも、なんなら地球の全戦力を集めてもきっと無理だ。

オクタメテオライトが入間に使った詠唱封じ魔法をやられるだけで完封ですよ。分かったら牙を剥き出しにするんじゃありません。

たとえ勝てなくてもここでどうにかやらなきゃ殺されるって判断を下したから奇襲かけようとしたんだろうけどね、そんなん聖域の魔女も分かってるだろうし。

「聖域の魔女さんは全部黙って超越者皆殺しもできたんだ。こうやって何もかも正直に話してくれてる時点で誠意あるだろ」

「誠意以外の全てが無いだろ」

「それは確かに。いや違うな、運もない。乾坤一擲の流星群がよりにもよって電気文明の星にブチ当たるのマジでアンラッキー」

「茶化すな」

ヒヨリはイライラして喧嘩腰だ。

でも俺はちょっと聖域の魔女に同情してしまう。

論理的に考えて、聖域の魔女と青の魔女の行動原理は同じだ。

実際に80年かけて蘇生のために奔走してもらった経験がある身として、似たような事をしている聖域の魔女を否定できない。

いや聖域の魔女を否定するのは別にいいんだけど、それをやると青の魔女の献身まで否定する事になるんだよな。それは断じてできない。

ヒヨリは間違ってなんかいない、だから聖域の魔女も間違っていないのだ。

間違っていないだけで全ッ然正しくないから、どーにかして止めないといけないんですがね。

蜘蛛の魔女さん連れてきたらいい感じに説得してくれないかな? 流石に無理か。

「私は」

と、黙っていた聖域の魔女はゆっくり言った。

「ルーシの女王の挺身を尊重します。彼女はただ祖国の安寧を願っていた。彼女がなければ私もない。今ルーシに住む人々が自力で平和と名誉を堅守できるようになるまでは、私が護り支えます。10年か、20年か。それぐらいなら。

しかしそれ以上は待ちません。待てません。彼のいない時間に耐えられない」

「激重~」

聖域の魔女はタルクェァに会いたくて会いたくて仕方ないらしい。

提示されたタイムリミットは最大20年ってところか。

聖域の魔女の考えを変えられなければ、それはそのままヒヨリの寿命にもなってしまう。

長いようで短い。

自画自賛だが、俺は今まで一人で魔法技術をかなり加速させてきた。

が、それは魔王グレムリンやクォデネンツというお手本を利用した側面が大きい。

そりゃあ教科書があるなら勉強も捗る。

しかし聖域の魔女の、魔法文明の問題を打ち破り新しい解決策を提示するためには、教科書に載っていない事をしなければならない。

後追い研究ではダメなのだ。

魔法文明の技術をなぞり再現するだけでは、魔法文明ができなかった事はできない。

何か新しい切り口を考えなければ。

バーサーカーヒヨリの膝に手を置いて「待て」をしながら考える。

いくつもの案が頭に浮かんでは消えていく。

聖域の魔女の様子を窺う。

クォデネンツのあの魔法セキュリティを組み上げたって事は、無茶苦茶頭良いんだよな、この人。今思えばあの執拗なガードはたぶん対入間枠の解析対策だ。

聖域の魔女が思いつかなかった、これ以上誰も死なせずに事を収める手段を思いつくのは無理ゲーでは?

とはいえ。

俺は魔法文明の限界を知っている。

魔法文明が知らない事を知っている。

かなり長い時間ウンウン唸って頭の中からかき集めた朧げなイメージを寄せ集め、薄ぼんやりとした青写真を描く。

ふむ…………?

いったん聞いてみるか。

教えて、聖域先生!

「聖域の魔女さん。質問いいですか? 魔法技術の」

「大丈夫ですよ。なんでも答えましょう。それで大利が納得するなら」

「あ、いいんだ。ハトバト氏には拒否られたんですけど」

「ああ……彼ならそうでしょうね。大方、地球独自の独創的な人形が生まれなくなってしまうだとか、そんな事を言ったのではないですか」

「そんな感じだった気がする。で、質問なんですけど。魔王グレムリンとかクォデネンツの部品ってやたらサイズが大きかったじゃないですか。アレはなんか理由あるんですか?」

「アレが限界だからですね」

聖域の魔女の答えは端的で分かりやすい。

詳しく話をねだると、スラスラ答えてくれた。

幾何学グレムリンの最適体積問題というものがある。

グレムリンパーツを組み合わせて作る幾何学グレムリンは、1400㎤で効率を最大化する。

そのサイズを超えると指数関数的に効率が低下し、デカすぎる幾何学グレムリンは使い物にならない。

要は高性能のグレムリンコアは小さくコンパクトに部品を詰め込む必要がある。

魔王グレムリンの部品サイズは一個一個が妙に大きくて、魔法文明人はぶきっちょなのではないかと思っていたのだが、正しかったようだ。

実際の魔王グレムリンやクォデネンツコア作成では、何千個と同じ部品を作り、一番精度の良かった部品を複製魔法でコピーし、かつ、なるべく部品の種類を少なくする事で不器用問題にゴリ押し対処していたらしい。

四次元技術もやはりこのあたりに絡んでいる。

三次元に表出している面がパソコンでいうところのメモリで、四次元に閉じている残りの部分をCPUとして分割する事で、表出しているコアに全ての機能を集約せずに済み、結果的に最適体積内に詰め込める部品点数を増やせるのだとか。

……女王陛下の記憶から俺でも理解が怪しい前時代用語引っ張り出してくるのやめてくんないかな。絶妙に分かりにくい。

でもまあ、話をまとめると。

「やっぱ魔法文明は不器用なんですねぇ」

「大利目線ではそうなる…………ああ、大利が考えている事が分かりましたよ。絶対にできないとは言いません。貴方の手にかかれば。ですが、何億年もかかるのではないですか? 私はそんなに待てませんよ」

流石に聖域先生は賢かった。

全部話さずとも俺の考えが伝わったようで、苦笑いして言う。

俺の策は、聖域の魔女が設計したコアの小型化だ。

魔法文明の不器用さによって部品が大きくなってしまっているアーティファクトの数々を、俺ならもっともっと小型化できる。

もっともっと効率化できる。性能を爆増させられる。

設計担当を聖域の魔女に任せ、工作担当を俺が担えば、今までできなかった事ができるようになる。

魔法文明だけではできなかった事ができるようになる。

新たな可能性が拓ける。

一つ問題なのは時間だ。

魔王グレムリンの分解でさえ、俺は一年半かかった。

分解より製造の方が遥かに時間がかかる。部品点数が魔王グレムリンの何十倍にもなり、部品種類数も増えるとなれば、新境地の超高性能超精密アーティファクトを俺が手作りするのには何百万年もかかるだろう。聖域先生の概算だと何億年単位。

どちらにせよ、現実的じゃない。

しかし。

「どっこい、まだ続きがあるんですよ。あと二個だけ質問させて下さい」

「どうぞ……?」

教えてくんになった俺に聖域の魔女は嫌な顔をしなかったが、訝しげだ。

すみませんね婉曲的な質問繰り返して。でも俺も考えながら聞いてるので、もうちょっと質疑応答に付き合って欲しい。

「仮に、仮にですよ? 魔王グレムリンやクォデネンツコアを遥かに上回る、超高性能の幾何学構造グレムリンコアができれば、問題解決しそうですか? つまりタルクェァを復活させるための世界魔法の組み立て直しってできます? もっと効率的で、簡単で、誰も犠牲が出ない形に魔法を修正するってできたりしません?」

「可能です。そもそもそういった試行錯誤を経たからこそ、無名叙事詩の契約者を千人以下に抑えられているのです。クォデネンツの性能が今よりも低ければ何万人も必要だったでしょう。性能が上がれば、必要人数も減ります」

「あーね。最低でも何人必要とかあります?」

「三人です。理論上の話ですよ? 現実的ではありませんからね?」

「三人か」

俺は指折り数えた。

ハトバト。

聖域の魔女。

この二人は既に魔石と超越者が融合して顕現しているから、あと一人どこかから連れてくれば最低人数が揃う。ヒヨリが死ななくてもなんとかなる。

あと一人は……入間枠? アイツなら生贄に捧げてもなんも心が痛まない。

でも入間枠の完全復活イヤ過ぎるな。このへんは一考の余地アリか。

クォデネンツを超高性能化すれば、事実上これ以上の犠牲者無しで聖域の魔女の宿願が叶う。

ただし、そのためには俺が数百万年~数億年不眠不休で工作に没頭しなければならない。

そんなの気が狂っちまうぜ。

だからこその、三つ目の質問だ。

「クォデネンツ解析の時も思ったんですけどね。俺一人だと手が足りないんですよ。精度は出せるけど量産できないんで。時間がかかり過ぎる。だから手を増やす必要があります」

「手を増やすつもりですか? 変異は勧めませんよ。手の数を二倍に増やしたところで、単純計算で二億年の作業時間が一億年になるだけです」

「違います。精密電子工作機械を復活させます。そのためにですね。地球上で電気が使えるようにできませんか」

尋ねると、聖域の魔女は虚を突かれたように目を瞬いた。

オクタメテオライトは、電気時代を知らない。

地球に落ちてきた途端に電気が消えてしまったから、電気の時代の驚異を体感として知らない。

知識として知っているかもちょっと怪しい。女王陛下の記憶をどこまでサルベージできているか分からない。

「グレムリン災害前。俺はただのびっくり芸人でした。世界には俺と同じかそれ以上の加工ができる精密機械が何十万台もあって、超精密機器を毎日山のように量産していました。俺が何十万人もいて、不眠不休で働いていたようなモンです」

「それ、は……」

「地球上でまた電気が使えるようになれば、それができます。俺一人では何百万年もかかる作業を、何百万台もの電気で動く機械たちが手伝ってくれます。一年で終わります」

絶句した聖域先生の目に、理解の色が宿る。

どうなんですか、先生?

地球は未だグレムリンが隅々まで蔓延し、電気が消え去っている。電気を復活させようとする試みの全ては何の手応えもなく失敗している。

しかし、聖域の魔女なら。

魔法文明でグレムリンについて知り尽くしているであろう、聖域の魔女なら。

女王陛下の記憶から電気知識を引き出せる聖域の魔女なら。

解決策を思いつくのではなかろうか。

「少し時間を下さい。計算します」

聖域の魔女は懐からクォデネンツを持った人形を取り出し、クォデネンツの柄頭の宝石を取り外した。それはボワンと煙を上げて手のひらサイズに拡大する。

どうやらクォデネンツコアを計算機代わりに使っているらしい聖域の魔女はブツブツ訳の分からん専門用語を呟きながら思考に没頭した。

好奇心に駆られてそーっと魔神人形? に手を伸ばした俺は手の甲をヒヨリに引っぱたかれ、睨まれて大人しくする。

いやだって面白そうだし、計算結果出るまで時間かかりそうだったからさ。ちょっと調べるぐらい良いじゃん。ダメ? ダメか。

たっぷり1時間かけて計算した聖域の魔女は、驚嘆とその他の多くの感情をない交ぜにした、震える声で俺に言った。

「大利」

「はい」

「グレムリンを完全排除した、電気が使える空間を生成するためには、極めて精密な機構が必要です。魔法文明には到底作れない、精密な機構が」

「でしょうね」

「やってくれますか?」

「やってみせましょう」

魔法によって崩壊した地球に。

今、電気を取り戻す時が来た。