軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

57.鬼退治

封印の扉が開き、冷たい空気が二人を包み込む。

蒼く脈打つ魔力の波動が空間全体に充満し、ひび割れた岩肌を青白く照らしていた。

――その中央に、闇の核のような存在が佇んでいた。

黒曜石のような甲殻を持つ巨体。

眠っているかのように動かないが、その姿だけで足がすくみそうな威圧感を放っている。

瘴気の奔流が地を這い、靴の裏にまとわりついてくる。

ヴァイオレットは小さく息を吐きながら、足を進めた。

ローワンは部屋の隅に立ち、黙って彼女の背中を見つめていた。

ヴァイオレットは魔力を練り、スキル【鑑定】を発動する。

――属性:闇・毒。

――弱点:光。

――攻撃傾向:広域瘴気魔法・電撃尾撃・噛みつき・飛びかかり。

元日本人としての性か、グロテスクな光景や、瞬発力の求められる戦闘はどうしても苦手だ。

レベルも上がったが、逆にどれくらいまでのことができるのかの検証が難しく、自分の限界をいまひとつ把握できていない。

しかし、属性の決まっている魔物なら、かなり自信が持てるようになってきた。

「闇属性……なら、光で押し切る!」

魔獣が微かに身じろぎする。

次の瞬間、巨大な咆哮が空間を引き裂いた。

蒼い光の中、獣の双眸が閃いた。

ヴァイオレットは跳ぶ。

尾撃が地を砕き、魔力の瓦礫が弾けた。

【光の盾】

光の障壁が展開され、瘴気を押し返す。すかさず詠唱。

【聖環の矢】

光矢が複数連なり、流星のように魔獣へと突き刺さる。

だが、ほとんどが分厚い甲殻に弾かれてしまった。

(一部は通ってる……なら、魔力を収束させて、柔い部位を狙う!)

【魔力収束】【光閃】

腹部を狙い直した光の一閃が、甲殻の継ぎ目を割る。

魔獣が咆哮し、地を揺るがすように跳ね起きた。

鋭い爪が振り下ろされ、ヴァイオレットは瞬時に【転位】で距離を取る。

だが、痛みにのたうち回る魔獣の尾が横薙ぎに振り払われた。

爆音とともに、石壁が砕け散った。掠っただけで空気が圧縮され、衝撃波が襲う。

「ぐっ……!」

回避が一瞬遅れ、ヴァイオレットの肩が衝撃で弾けたように痛む。

血が滲むのを感じながらも、彼女は魔力を再度編み上げる。

(治癒は後でいい……効いてるから、もう一度!)

【魔力収束】【光閃】

光の波が弧を描き、魔獣の前脚に命中する。

ぐらりと体勢が崩れた瞬間――

魔獣の口元が裂け、黒紫の瘴気弾が放たれた。

魔力盾を展開する暇もなく、直撃。

爆風の中でヴァイオレットが吹き飛ばされる。

「ぐ、うっ……!」

「ヴァイオレット!」

ローワンが叫ぶが、ヴァイオレットは転がりながら体勢を立て直し、血を拭って笑う。

「大丈夫よ……ちょっと、むかついただけ」

瞳に光が灯る。

魔力が全身を駆け抜け、金髪がふわりと風に舞う。

「終わらせるわ。見てて」

地面に魔法陣が浮かび上がる。

空間がうねり、蒼い閃光が天井まで突き上がる。

【聖封・終極槍】

巨大な光の槍が生成され、ヴァイオレットの手元からまっすぐに放たれた。

それは魔獣の腹部を貫き、甲殻を引き裂き、瘴気を浄化していく。

咆哮。断末魔。

光の奔流の中で岩塊が砕け落ち、魔物の体が黒い煙とともに崩れた。

「……終わったな」

ローワンがゆっくりと歩み寄る。

ヴァイオレットは座り込み、息を整えながら小さく頷いた。

「ええ……見届けてくれて、ありがとう」

「肝が冷えたぞ。だが、すごかった」

その場に残されたのは、魔法の輝きを帯びた宝箱だった。

ヴァイオレットが近づいて開けると、きらびやかな反射が内部から溢れ出た。

鑑定してみると、《深緋のマント》と出た豪奢な防具、魔力を高めると思われる《魔術師の指輪》、それに見たことのない透明な結晶――転位結晶という、転移魔法を記録できる貴重な素材だった。

「ずいぶんと豪勢ね……試験だけど、これもらってしまって構わないのよね」

そうつぶやいて、ローワンと視線を交わすと、彼が疑問を口にした。

「そういえば、さっきの一行は何で急に順番を譲ってくれたんだ?」

「ああ、彼ら、中心にいた女の子に【魅了】を使われててね。パーティーで一度見た時と比べて様子が変だったから、探知してみたらすぐにピンときたの。さっき渡したサークレットには解呪の効果を付与しておいたから、装備した瞬間に頭の霧が晴れるってワケ」

「それは……戻ったら大変なことになっていそうだな」

「でしょ?でも、楽しめるかもよ」

ニヤリと笑い、二人はボス戦後の高揚を胸に、部屋を後にした。

扉を抜けると、先ほどとは一転してラベンダーたちの周囲には、張り詰めた空気が漂っていた。

彼らはすでにボス戦の準備どころか、何か内輪でもめている最中だった。

「私のこと守ってくれるって言ったじゃない!なんでそんな……勝手に……!」

焦りからか、ラベンダーの声が上ずっている。

先ほどヴァイオレットが渡した黄金のサークレットは、ヴィリオの手に握られていた。

(やっと目が覚めたみたい)

ヴァイオレットは、後ろ手でスキルを発動する。

【解呪】

離れた場所に控えていた護衛の二人が、まるで霧が晴れたように目をしばたかせる。

ボス部屋から出てきたヴァイオレットを視界にとらえたザンザスが、すっとヴァイオレットに歩み寄ってくる。

「……あれは、お前が?」

「何のことかしら?」

ヴァイオレットは肩をすくめてみせる。白々しいほどに飄々とした態度だった。

ザンザスは短く息を吐き、それ以上は言わなかった。ただ、静かに頭を下げた。

その時――

「アンタのせいよ!」

鬼の形相をしたラベンダーが怒鳴った。

「あんたのせいで、みんなが変になったの!おかしくなったのよ!」

その剣幕に、空気がぴんと張り詰める。

しかし、ヴァイオレットは一歩も退かずに言い返した。

「TPOもわきまえず、ダンジョンの中で男漁りとは……ずいぶんとあさましい女ね」

ぴしゃりと放たれた言葉は、ラベンダーの顔面を赤く染め上げた。

怒りで、羞恥で、あるいは別の感情で。

だが、誰も彼女を擁護しなかった。

ザンザスも、アルバスも、ヴィリオも、ルーファスも――誰一人として。

ラベンダーはしばらくキイキイわめいていたが、護衛に拘束された。

それを見て、ヴァイオレットは黙って踵を返した。

彼らはボス攻略どころではなくなって引き返すのだろうか。

背後では、なおも言い争う声がくすぶっていたが、もはや振り返る気はなかった。

(これで、ラベンダーの魅了も解いた。王子に精神異常状態のスキルを使っていたのだから、国賊として斬首かしら。ザンザス、ルーファス、アルバス、ヴィリオも敵ではなくなったし……)

目を閉じると、頭の中にひとつの家名が浮かぶ。

(残るは――グレンダリング公爵家だけ)