軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

56.黄金のサークレット⭐︎

ダンジョンの最下層では、石壁に苔むす湿った空気が重く漂い、無数の足音が密やかに反響していた。

一本道のその回廊には、どういう仕組みなのか、淡い光を放つ魔石がまばらに埋め込まれ、かすかな明かりを放っていた。

前方を進むラベンダーとその取り巻きたち。一応、護衛を二人連れているが、機能しているように見えなかった。

そしてその後ろにヴァイオレットとローワン。否応なく、同じ道を歩まされていた。

「それでね?あの時のザンザスったら、本当に格好よくて……!私、思わず声が出ちゃって……ふふっ」

甲高く鼻にかかった笑い声が、岩肌に無遠慮に響く。

ラベンダーのその声音に、ヴァイオレットは内心でそっと肩を落とした。

(……また始まった)

ザンザスを見上げる彼女の視線には、尊敬と愛慕と自己陶酔がごちゃまぜになったような光が宿っている。

それに応じるように、取り巻きの美青年たちはそれぞれに持ち前の個性でラベンダーの気を引こうと張り合っていた。

(あの顔ぶれが、そろってこれ……。ほんとうに、何をやってるのかしら)

彼ら――アルバス、ヴィリオ、ルーファス、そしてザンザス。

全員が、かつて攻略対象キャラとして描かれた面々。

見目麗しく、立ち居振る舞いにも品があり、ふつうなら見惚れるほどの存在だ。

だが、いま目の前で繰り広げられているのは、そんな彼らのうち誰が一番ラベンダーと親しいかを張り合うだけの騒がしい漫才だった。

「ヴァイオレット、平気か?」

隣を歩くローワンが小声で問う。

彼の口調もどこか疲れていた。

「ええ。大丈夫だけど、頭が痛くなってきたかも」

「俺も、だ」

ふたりは苦笑し合い、足音だけを響かせて進んだ。

ローワンとのやり取りのあと、ヴァイオレットは一度前方のラベンダー一行へと視線を投げた。

(先日、パーティーで会ったときの彼らは、ここまでおかしくなかった)

ザンザスに会うのは初めてだが、声をかけてきたルーファスはゲーム通りの元気っ子だったが、必要以上に踏み込まない思慮深さがあった。

アルバスは口数こそ少なかったが、真っ直ぐで誠実な印象だった。

ヴィリオも皮肉めいた言葉の奥に冷静な判断力を感じさせた。

それがどうだ。

(やっぱり、何かおかしい)

脳裏をよぎったのは、美咲だったころの知識。

ゲームの中で、ヒロインであるラベンダーには「魅了」のスキルが備わっていた。

ステータス画面には表れず、イベントを通じてだけ徐々に明らかになっていく強力な能力。

現実のこの世界でも、それが発現しているとしたら――

(確信とまでは言えない。でも、限りなく黒に近い)

足を進めながら、ヴァイオレットはそっと荷物袋へ指を滑り込ませる。

そして、自分の体の後ろ――他の誰にも見えない位置で、細い銀線を操るようにして手の中に光を集めた。

作成するのは、解呪の効果を付与したサークレット。

極小の魔素が指先に沿って動き、黄金色の光が螺旋を描く。

ラベンダーたちの喧騒が周囲の注意を奪っている今が、唯一の好機だ。

やがて、巨大な封印扉が姿を現す。

岩肌に浮かぶ魔法陣が淡く光り、魔力の波動が空気を震わせる。

奥にいるボスの存在が、重く感じられる。

ラベンダーは嬉々として振り返り、声を上げた。

「着いたのね!そこの二人、私たちが先に挑ませてもらうから、」

「その前に、ひとつ」

ヴァイオレットはキャンキャン吠えるラベンダーの言葉を遮るように前に出た。

手には、スキルでひそかに作成した黄金のサークレット。

「ねえ、ザンザスさん、でしたっけ。さっきの魔物がこれを落としていったの。私たちは二人で荷物が増えるのは好ましくないし……よかったら、受け取ってくれない?」

ザンザスは少し訝しげに目を細める。

「これを……俺に?」

「ええ。何となく、あなたに似合いそうだったから」

ザンザスを選んだのは、ルーファスにサークレットのイメージはないし、無口なアルバスとコミュニケーションや、疑り深いヴィリオに受け取ってもらえるかの自信がいまひとつなかったからだ。

消去法でザンザスをイメージしながら作成したからだろうか、彼の髪のように優雅に波打つ豪奢なサークレットは、たしかにザンザスに似合いそうだった。

「気安くザンザスに話しかけないでよ!」

ラベンダーが、一歩にじり寄る。

しかし、サークレットを目にした瞬間、掌を返した。

「ザンザス、似合いそうだしもらっておきましょうよ!」

「あ、ああ……」

ザンザスはしばしサークレットを見つめ、やがてゆっくりと頭に装着した。

その瞬間だった。

「……なっ……何だ、これは……!」

額に手を当て、彼は息を呑む。

瞳がわずかに見開かれ、困惑から驚愕、そして次第に澄んだものへと変わっていく。

「頭の中がすっきりして……まるで、霧が晴れたみたいだ……」

ルーファスが心配そうに覗き込む。

「おい、大丈夫か」

「……いや、大丈夫だ。むしろ、ようやく正気に戻った気がする」

ザンザスの表情が、初めて冷静なものに変わっていた。

「ヴィリオ、アルバス、ルーファス。ちょっと、話がある。すぐ済む」

三人が頷き、ラベンダーはその場にひとり取り残された。

「……ねえ、どういうこと?ザンザス……?」

「後で話す」

短くそう言い残し、ザンザスたちは扉の脇へ移動していく。

ラベンダーは言葉を失い、ヴァイオレットを睨みつけた。

「じゃあ、お先に行かせてもらうから」

ヴァイオレットが封印扉に手をかざすと、魔力の波紋が広がる。

「ローワン。見届けていて。大丈夫だから」

「……ああ。頼もしいな」

二人は振り返ることなく、扉の向こう、ボスの待つ戦場へと姿を消していった。