軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

58.突撃隊

白い吐息が、朝の冷たい空気の中にふわりと溶けていく。

石畳の道は霜でうっすらと白く染まり、通りを行き交う人々は肩をすくめ、外套の襟をかき寄せていた。

季節は冬。

年の瀬も近づくエルムストンの街は、どこか浮足立ったような忙しなさに包まれている。

薪や保存食、防寒具を求める人々が行き交い、荷車の軋む音と商人の呼び声が通りに響いていた。

そんな喧騒の中、ヴァイオレットはふと足を止める。

「今年の聖杯の儀で息子が【保温】のスキルを授かってねえ」

「へえ、いいじゃないか。あんたんとこは食事を出すんだろ? 助かるだろうさ。うちは【俊足】さ。鍛冶屋には無縁で困ってるよ」

耳に入ってきたのは、冬の定番とも言える聖杯の儀にまつわる噂話。

そういえば、グレンダリング公爵家の弟ティリアンも今年、聖杯の儀を受けたはずだった。

ゲーム通りであれば、彼が授かるスキルは【偽装】。

ヴァイオレットがいなくなった今、グレンダリング家の後ろ暗い役目は、自然と彼の肩にのしかかることになるだろう。

そんな考えを振り払うように歩を進めると、別の噂話が耳に届いた。

「聖女様って、処刑されたんだってさ」

「自称聖女でしょ。貴族だったらしいよ。偉い人を篭絡したとか」

広場の噴水近くで主婦たちが井戸端会議に興じていた。

話題にされているのは、王都で処刑されたという「聖女」の噂。

ダンジョンでの騒動には触れられておらず、あくまで「貴族の令嬢が聖女を名乗り処刑された」という断片的な情報として伝わっているようだった。

(……ラベンダー。やっぱり、そうなったのね)

噂話に背を向け、ヴァイオレットは冒険者ギルドの門をくぐる。

「お疲れ様でした、ヴァイオレット様。B級への昇格、正式に承認されました」

受付嬢が丁寧に頭を下げる。

ヴァイオレットはすでに、ギルドの中でも知られた存在になっていた。

実力もさることながら、品のある立ち居振る舞いと、冷静な判断力。

時に厳しく時に優しく、そして美しい。

そして何より、何者にも媚びない姿勢が、密かな尊敬を集めていた。

ギルドを出て通りを歩くと、焦げたような甘い香りが風に乗って漂ってくる。

屋台の焼き菓子か、それとも香草入りのパンか。

そんな街の冬の日常に溶け込みながら、彼女はまっすぐに歩を進めた。そんなときだった。

「ヴァイオレット嬢ーっ!」

振り返ると、勢いよく駆け寄ってきたのはルーファスだった。

陽に焼けた肌と、はじけるような笑顔。

ぶんぶんとしっぽを振っているのが見えた気がして、ヴァイオレットは思わず目をこすった。

一歩遅れてザンザス、ヴィリオ、アルバスも姿を見せる。

ゲームではラベンダーの元攻略対象者たち。

今は王都の学園に通っているはずの彼らが、なぜかそろって、ダンジョンも用事もないエルムストンの町にやってきていた。

「……全員そろって、何しに来たの?」

呆れながらも、ヴァイオレットは立ち止まった。

「いや、その…」

口ごもるルーファスに、ヴァイオレットは小さくため息をついた。

「婚約者とか、いないの?」

「いや〜…いろいろあって、白紙に戻ったというか」

ラベンダーにかまけて元の婚約者に拒否されたのだろう。

思い出したようにルーファスが撃沈する。哀れだ。

「授業は?寄宿舎って、そんなに気軽に抜け出していいの?」

「ちょ、ちょっとした実習ですから……!きちんと届け出は出してますし!」

あわててヴィリオが応じる。

眼鏡をクイと上げつつ汗をぬぐう仕草が妙に器用だ。

一方で、ザンザスは腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。

「俺様ほどの男が、どこで何をしていようと問題はあるまい。……まあ、ついでにお前の様子を見に来てやった」

豪奢な金髪をかきあげながら、得意げなドヤ顔を披露。

「それはどうもご親切に。それで?本当の理由は?」

「そ、それは――」

そう問うと、アルバスがもごもごと口を動かしかけたが、言葉は出ない。

代わりに、ルーファスが勢いよく声を張った。

「ヴァイオレット嬢のことが忘れられなくて!」

その一言に、三人が「おいっ!」と一斉にツッコミを入れる。

ルーファスが小突かれている隙に、ヴィリオが滑り込んで前へ出る。

「僕は荷物持ちのプロだ。貴女のためなら、いくらでも荷を担ごう」

(荷物持ちのプロって何よ……)

思わず吹き出しそうになるのをこらえたそのとき、気配が一つ消えていることに気づいた。

アルバスがいない。

ふとした気配に振り向くと、すでに彼は背後に回っていた。

「……なに、してるの」

「……あなたがあまりに綺麗だから」

囁くようにそう言って、ヴァイオレットの腰にそっと手を添える。

「ちょっ……!」

驚いたヴァイオレットの声に、すかさずルーファスが飛んできた。

「おいーっ!アルバス、ずるいぞ!俺がデートするんだからなっ!」

「デートのつもりはないんだけど……」

ヴァイオレットが困ったように言うと、ザンザスが割って入る。

「お前――いや、君は誰と出かけるつもりだ?」

(お前呼びじゃなくなってる……)

その変化にちょっと驚きながらも、ヴァイオレットは肩をすくめた。

「ひとりで買い物に行くつもりだったけど、まあ……付き合ってくれるなら、いいわよ」

「よっしゃー!」

「俺様の手を貸してやる」

「背中も、貸そうか」

「ふっ、完璧な荷物分担を提案する」

一斉に張り切り出す男子たち。

(……青春って、こんな感じだったっけ)

まるで学園の昼休みに戻ったかのような空気に、ヴァイオレットは肩をすくめる。

(ゲームの攻略対象として見ていた頃は、ヴァイオレットの敵だったのに……現実の彼らは、案外、気のいい奴らね)

気づけば、町を歩く彼女の周囲には、ぞろぞろと彼らが付き従っていた。

――そして、思春期の男子たちにとっては、それはもう、ちょっとした祭りだった。

買い物の最中、誰が袋を持つかで争い、

「ヴァイオレット嬢、次は僕と!」「いいや、俺が案内する番だ!」と、騒々しく押し問答。

(……また、ややこしいことになってしまった)

ヴァイオレットは内心で頭を抱えたくなった。

(私は魅了のスキルなんて使ってないから、大丈夫……大丈夫……)

一種の呪文のように、自分に言い聞かせる。

ラベンダーのことが脳裏をよぎったが、ヴァイオレットはぶんぶんと頭を振って振り払った。