作品タイトル不明
54.試験開始
試験当日、ヴァイオレットはまだ陽が昇りきらぬうちに、ダンジョン入り口に到着した。
同行者はいない。ギルドの昇格試験では、試験官の名は事前に明かされない規定がある。
もっとも、チャールズの「噂」で察してはいたが――
実際に、朝霧の中で彼女を待っていたのは、やはりローワン・レイノックだった。
「今日の試験、俺が立ち会う」
無駄な言葉を省いたそのひと言が、いつも通りの彼らしくて、ヴァイオレットは内心少しだけ肩の力を抜いた。
簡単な説明のあと、彼女は単独でダンジョン内部へ入った。
灰鏡の廃都ダンジョンは、全10層構造。
かつて鉱石と魔石の採掘場として栄えた遺構であり、今では魔物の巣窟となっている。
薄暗い通路、崩れかけた石橋、天井から滴る水。
第1層から第6層までは、ヴァイオレットにとって造作もなかった。
【透明化】【気配遮断】【足音消音】【索敵】
サポート系スキルを駆使して、最短経路を選び、必要最低限の戦闘で進行する。
(……このままだと、印象に残らなくて試験評価は『可もなく不可もなく』で終わっちゃうかも)
スキル活用能力や安全なルート選択は評価される。だが――
昇格試験には、「いかに己の力で困難を切り拓いたか」という実技面での印象も加味される。
(なら……)
第7層の入り口、風が不規則に吹き抜ける広間の手前で、ヴァイオレットは【透明化】を解除した。続けて【気配遮断】も切る。
音が戻る。
足音。布の擦れる音。自分の呼吸。
周囲に存在を晒すことで、試験官――ローワンの視界にも彼女が明瞭に映るようになった。
間もなく現れたのは、硬質な甲殻をもつ魔物だった。
四足で動くその個体は、牙の間に魔素を含み、唸るような音を喉に響かせる。
ヴァイオレットは前に出た。
右手を掲げる。
【捕縛】
足元から這い出したツタ状の魔力が、魔物の脚を絡め取る。
その動きが止まる一瞬、彼女は次の術式を展開する。
【レーザービーム】
強化されたレーザービームが、魔物の胸を貫いた。
ジュッという音の後、焦げ臭さが漂い、倒れる音が響く。
間もなく、別の魔物の気配が迫る。
3頭の鎧獣――角と甲殻を持ち、石のような皮膚を這う音が近づいてくる。
【連鎖電撃】
放った電撃が魔物の頭部を消し炭にする。
そこから連鎖し、残りの2頭も脳天を貫かれ、しばしのたうち回った後に崩れ落ちた。
ローワンの観察の視線を、背中で受け止めながら、ヴァイオレットは一層深くに進んでいった。
第10層。
最奥手前、一本道の通路に足を踏み入れたとき――
「ねぇ、これって一本道よね?なんだか退屈ね?」
「迷いようがないって意味では親切じゃね?」
「お前の感覚基準、絶対ズレてるって」
「クスクスクス……疲れたら私をお姫さま抱っこで連れてってくれる?」
ラベンダー。
ひときわ甲高い、女の子然とした甘い声。
その背後には、見慣れた顔ぶれ――ルーファス、ヴィリオ、アルバス、そしてザンザス。
ザンザスとラベンダー以外に会うのは2回目だ。
内心でため息をつきながら、ヴァイオレットは一歩前へ出た。
すると、ラベンダーが彼女の姿に気づく。
「あら? そちらの方、冒険者……かしら?初めてお会いするわよね?」
笑顔は完璧で、声色も丁寧。
けれど、頭のてっぺんからつま先まで、品定めするかのように視線が往復するのを感じる。
ひらひらとしたピンクの装束、きらびやかな髪飾り――とてもではないが、ダンジョン攻略に参加する服装とは思えなかった。
「はあ、そうですが」
「こちらは、王立学園の特別課程から参加してるの。実地試験だけど、私たちは推薦で『特別枠』。……あら? あなた、王立学園の制服じゃないのね?」
ラベンダーの声は甘ったるく、響きが妙に高くて鼻につく。
「クスクスクス……もしかして、外部の飛び入りさん?」
「ええ、まあ、そんなところです」
ヴァイオレットは簡潔に返した。相手が誰であれ、わざわざ肩書きや素性を語るつもりはない。
ラベンダーの後ろに立っていたのはザンザスだ。
ヴァイオレットにとっては初対面。
傲慢そうな目つきと、豪奢な金髪。
鎧姿なのに、戦場より舞踏会のほうが似合いそうにすら思える。
その横には、ルーファス、ヴィリオ、アルバス――
前にパーティーで一度顔を合わせたメンバーたち。
(……あの時は、色眼鏡で見てたっけ)
美形で、声も心地よく、そつのないやり取りをする彼ら。
普通なら、もう少し一緒に居たいと思う人がほとんどだっただろう。
実際、あの時、彼らは特に失礼な態度を取ってきたわけでもなかった。
だが、今回は――
「ラベンダー、明日は空いてる?町に戻ったらディナーでも――」
「いや、戦闘中のフォローは俺が一番多い。先約は俺であるべきだ」
「順番はくじ引きが公平――」
「クスクスクス……みんな、私の取り合いなんて困っちゃう」
(……本当に、何なのこの茶番)
ヴァイオレットは無言のまま目を伏せた。
くだらないと思うよりも、あきれてものも言えないとはこのことだ。
通路は一本道。引き返すことも、迂回もできない。
そして、その先に控えるのは、ボス部屋。
(最悪なタイミングで、最悪な相手と道を同じくする羽目になった)