作品タイトル不明
48.火酒と羊皮紙
ギルドの二階にあるギルド長室での報告は、予想外に静かな空気の中で進んだ。
ローワンとヴァイオレット、そして「踊る斧」の四人が並び、目の前のクレマンに一礼する。
クレマンは黙って報告を聞いていたが、話が終わると書類の束をぱらぱらとめくった。
「……報告、感謝する。もう帰って構わない。一階の受付に言えば話は通っている
ガンツたちはぞんざいに礼をして、ヴァイオレット達には軽く手を挙げて出て行った。
ヴァイオレットもそれに続こうとしたとき、クレマンの声が再び響いた。
「ローワン、ヴァイオレット。お前たちはもう少し残ってくれ」
ふたりは顔を見合わせて、再び席に戻る。
「どうやら、あのダンジョンの奥で見たものは、見なかったことにはできんようだ」
クレマンの目は鋭かった。
リンドウィッチ公爵家の名の下に動くふたりにしか任せられぬ仕事があるということ、それは「調査続行」を意味する。
「踊る斧には声をかけないのですか?」
ヴァイオレットが素朴に尋ねると、クレマンは肩をすくめた。
「奴らには、余計な裏を探る動機がない。リンドウィッチ家のために命を懸ける理由もない。だが、お前たちにはある。公爵家に連なる者として、これは他人事ではないだろう」
その言葉の重みに、ふたりはただ頷いた。
その日の夜、街の片隅にある「月と釘亭」と呼ばれる庶民的な酒場の奥に、ヴァイオレットとローワンの姿があった。
木製の看板に月と釘の彫刻があり、古びたランプの光が店内を淡く照らしている。
店内は賑やかだった。
安酒をあおる労働者たち、踊るような笑い声、詩を口ずさむ吟遊詩人。
冒険者たちもちらほらと見かける。
見た目に反して情報が飛び交う場でもあるというのにも。
入ってすぐ、ローワンが周囲をざっと見渡し、落ち着いた席を確保する。
ふたりで腰を下ろし、エールを飲みながら周囲の話に耳を傾けていた。
途中、ローワンが手洗いのため席を立った。その隙に、酔った男がふらふらと近づいてきた。
「よう、どうして貴族の嬢ちゃんが、こんなところにいるんだあ?」
「俺と一杯、どうだい?」
明らかに酔っていた。
ヴァイオレットは目を合わせないように視線を逸らしながら、「結構です」と短く返す。
だが男は引かない。
「ツンとしてると、可愛げないぜ」
そのときだった。
「下がれ」
背後から低く鋭い声が飛んだ。
振り返った酔っ払いが何か言いかけた瞬間、ローワンが動いた。
ごろつきの手首を正確に掴み、腰をひねりながらあっという間に床に押し付けた。
骨の軋む音が聞こえるようだ。
バランスを崩した男が椅子ごとひっくり返り、酒瓶が倒れて割れた。
「ぐ……! な、なにしやがる……!」
「息を無駄にする無礼者め。もう一言でも失礼なことを口にしたら、喉元を潰す」
ローワンの目は微動だにせず、相手を見下ろしていた。
酔っ払いは小さく呻きながら這って逃げていった。
騒然となる酒場の中で、ヴァイオレットが立ち上がる。
懐から金貨を二枚、カウンターで渋い顔をするおかみさんの前に置いた。
「騒ぎを起こしてすみません。この場にいる皆さんに、私から一杯おごります!」
数秒の沈黙ののち、店内がどっと湧いた。
「いいぞ嬢ちゃん!」
「さすが貴族様だ!」
「ローワンっての、見直したぜ!」
その熱気が引いていくなか、酒場の奥の影から、ひとりの男が姿を現した。
日に焼けた肌、隻眼を隠す眼帯。深い紺の外套。灰色の瞳。
クレマンから聞いた通りだった。彼が情報屋「ジャン・アルノー」であることは間違いない。
男は口元に皮肉と余裕をないまぜにしたような笑みを浮かべていた。
「見事なもんだな」
男はローワンに軽く一礼し、ヴァイオレットに近づく。
「火酒が似合いそうな夜だ。違うか?」
「濡れた羊皮紙には、ですね」
ヴァイオレットが合言葉を返すと、男は満足げに頷いた。
「ジャン・アルノー。情報屋だ。ついてきな」
彼は奥の階段を指差した。店の隅にある小さな扉の向こうに、仄暗い階段が続いていた。
ヴァイオレットはローワンに目配せし、共にその扉の奥へと足を踏み入れた。