作品タイトル不明
46.連携と手応え
第2階層に足を踏み入れた瞬間、空気の質が変わった。
湿り気の強い空気が肺に重くのしかかり、天井の高い石窟に溜まった瘴気が、微かな圧となって肩にのしかかる。
足元には苔と鉱物の粉塵が混じり合った、滑るような地面。
灯りをかざさなければ、数歩先すら見えなかった。
「……空気、悪いですね」
ヴァイオレットがそっと呟くと、後ろからゾーリャが応じる。
「長居するには向かない場所だな。さっさと終わらせたいところだが……」
「……慎重に行こう。音も、よく響く」
ローワンが前方に視線をやったまま、短く言った。
その声に促されるように、一行は再び縦隊を組んで進み始めた。
ヴァイオレットは無言で手をかざし、足音を無音化した。
ほどなく、マルゴが立ち止まって小さく手を挙げる。
わずかに身をかがめ、石壁に耳を当てるようにしてから囁いた。
「前方、三体。動きはゆっくり……たぶんあれ、甲殻系のやつだな」
「また虫か?しつこいなぁ」
ガンツが舌打ちをすると、ヨレフが無言で斧を肩に担ぎ直す。
ヴァイオレットはひとつ頷いて、手を差し出した。
淡く発光する文字列のような魔法陣が浮かび、仲間たちの全身に柔らかな光が落ちる。
「しばらくの間、力と速さが増します。あまり無茶しないでくださいね」
「へへ、言われる前にもう動きやすいぜ。ありがとな、お嬢」
マルゴが指で輪を作って応えた。
一体目が姿を見せるより先に、ガンツとヨレフが前へ飛び出す。
ムカデに似た甲殻の魔物が、金属音のような脚音を立てながら現れた瞬間、槍がそれを正面から貫いた。
「一体目、仕留めた!」
ローワンの声が響き、その背を追うようにゾーリャの矢が空を裂いた。
二体目の足を正確に射抜き、動きを止める。
そこへ、ヴァイオレットが右手を振り下ろすと、氷の槍が地面から生え、敵の腹部を凍らせる。
「三体目、回り込んでるぞ!」
マルゴが声を上げると同時に、ローワンが身を翻して後方へ跳ぶ。
その動きはまるで風のように滑らかで、振るった槍が敵の口器を一閃した。
「遅いな」
呟いた声には、力む様子がなかった。
「全体回復、行きます」
ヴァイオレットが軽く指を鳴らすと、金色の光が仲間の足元から吹き上がり、擦り傷や疲労を払っていく。
「お前、攻撃も回復も支援もって……どんだけできんだよ」
マルゴが軽く首を振る。その顔には、先ほどまでの揶揄ではなく、正真正銘の驚きがあった。
「……もともとは、便利な生活魔法を作るのが好きだったんです」
ヴァイオレットは、少し照れたように微笑む。
「でも、今は──みんなを守れるなら、何だってやりますよ」
その言葉に、ローワンがちらりと彼女を見たが、何も言わず前に向き直った。
その横顔に浮かんだ、ほんのわずかな表情の変化。
声にするほどのことではない。でも、ヴァイオレットは何かを感じて、視線をそっと落とした。
「――階段、あったぞ」
ゾーリャの声で、緊張がゆるむ。
一行の前方、壁の向こうに大きく口を開けた階段が、地下のさらに深くへと続いていた。
「よし、ここで小休止だな。飯でも食うか?」
「飯を楽しめる雰囲気かよ……まあ、そうするか」
冗談交じりの会話が再び戻ってきた中、ヴァイオレットは防壁を張り、収納していたバゲットサンドを配った。
ガンツが歓声をあげ、マルゴはにやりとしながら具の量を覗き込む。
ヨレフは無言のまま受け取り、ゾーリャは軽く目を細めて礼を言った。
ローワンだけは、ほんの一拍遅れて手を伸ばし、「ありがとう」と短く告げた。