作品タイトル不明
45.ダンジョン調査開始
翌朝、晩夏の光が霞みがちに差し込む仮設拠点には、早くも出発準備を整えた者たちの気配が満ちていた。
ヴェルトリッシュ伯爵領の外れ、グレンダリング公爵家の勢力圏に生まれた新たなダンジョン。
その調査任務に選ばれたのは、Aランク冒険者ローワンと、Cランクのヴァイオレット、そしてBランクパーティー「踊る斧」だった。
ヴァイオレットがテントを出ると、すでに外にローワンの姿があった。
彼は槍を背負い、無言で頷く。昨日の初顔合わせの余韻が、少しだけ空気を和らげていた。
「おはようございます、ローワンさん」
「……おはようございます。もうすぐ出立です」
簡素な挨拶のあと、踊る斧のテントへと向かう道すがら、ヴァイオレットが小さな声で口を開いた。
「ローワンさん、ひとつお願いがあります」
「ん?」
「私たちは、同じ任務を受けた仲間です。ですから、私に対しては、そんなに丁寧な口調を使わなくても……」
ローワンは少し目を見開いたが、すぐに視線を前に戻しながら静かに頷いた。
「わかった。……じゃあ、そうさせてもらう」
その返事がどこか照れ隠しのように感じられて、ヴァイオレットは小さく笑った。
そこにはすでに「踊る斧」の面々が集まっていた。
「よぉ姫さん、よく眠れたか?」
先に声をかけてきたのはガンツ。相変わらず茶色い目が好奇と皮肉で輝いている。
「おはよう、ガンツさん」
ヴァイオレットは軽く頭を下げた。彼の言葉の端々にからかいが混じるのは昨日と同じだ。
「ま、今日からが本番だ。お飾りかどうかは、ダンジョンが教えてくれるだろうよ」
「黙れ、ガンツ。口数が多いと斧の切れ味も鈍るぞ」
ローワンが静かに割って入る。その一言で、周囲の空気がぴりっとした。
「チッ、Aランクは口調まで固えな」
「おいおい、また始まったよ」
ヨレフとマルゴが肩をすくめ、ゾーリャは無言でロッドを抱えている。
誰ともなく、「そろそろ行こう」と呟いたのを合図に、全員が自然と動き出した。ダンジョンまでは徒歩で小一時間ほど。未踏査領域だが、地形自体は比較的安定しているという。
「足元に気をつけるんだ」
ローワンの気遣いにヴァイオレットは少し驚いたが、すぐに微笑んで頷いた。
「ありがとう。気をつける」
鬱蒼とした森の奥、風の音すら吸い込むような静寂の中に、それはひっそりと存在していた。
「普通に歩いてたら、こんなの見つかんねぇな……」
ガンツが低く口笛を吹く。
眼前には、森の中にこんもりと盛り上がった岩山があり、黒く口を開けた洞窟の入口が覗いていた。
「私にしか見えませんけど、マップがあって助かりました。なかったら、たぶん半日歩き回る羽目になってましたね」
「おかげで、迷って長引いたっつって追加で金をもらう名目がなくなっちまったよ」
ガンツが冗談めかして肩をすくめると、ヨレフとマルゴがくくっと笑った。
歩きながら、ガンツは確認を取るように言った。
「そういや、俺たちがもしグレンダリング公爵家寄りの冒険者に鉢合わせしたら……『冒険者に憧れてる変わったお嬢さんのレベリングに付き合ってる』ってことでいいんだよな?」
「そうね、それでお願いします。エルムストンってことは隠さなくていいけど、上から派遣されてるなんて知られたら厄介ごとになりかねないし」
「了解。ま、こっちの懐が温まるなら文句はないさ」
洞窟の入口には見張りの影もなく、内部も静まりかえっていた。ローワンが一歩踏み出して内部を覗く。
「罠の処理と先行確認は任せる。マルゴ」
「へいへい、任されましたよ。ったく……今日も荷物が重ぇな……」
小柄なマルゴがぶつぶつ文句を言いながら、体をかがめて前に出ようとする。
その背に、ヴァイオレットが軽く手をかざした。
「ちょっと失礼……軽量化の魔法、かけました」
「……なんだこれ、マジか……!?」
目を丸くしたマルゴが背負い直した荷袋の軽さに驚く。
「便利ですよね、こういうの」
「万能かよ、おい。……攻撃もできんのか?」
その時、洞窟の天井から不意に蝙蝠の群れが飛び出してきた。
ヴァイオレットは即座に指から熱線を放つ。ジュワッという音がして、蝙蝠が焦げて床に落ちた。
「こんな感じです。氷や雷も使えますよ」
「……飾りでも餌でもなかったのか。見直したぜ」
ダンジョン内は湿った石の壁と苔むした床で、気を抜くと滑りそうだった。
やがて巨大な蜘蛛、ネズミのようなモンスターが次々と現れるが、ローワンの鋭い槍撃、ガンツとヨレフの連携、ゾーリャの矢、マルゴの短剣が抜群の連携でそれを蹴散らしていく。
ヴァイオレットも、ところどころで熱線や氷結魔法を使った。
声を出さずとも、一行の中で自然な役割ができていた。
(なかなかいいチームじゃない?)
そんな思いがヴァイオレットの胸をよぎった頃、道は急に広がり、石段が現れる。
下層へと続く階段。その先には、さらに未知が待っている。
「ここからが本番かもしれないな」
ローワンの呟きに、ヴァイオレットは静かに頷いた。