軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

43.公爵の治療

石畳を静かに踏みしめながら、ヴァイオレットはリンドウィッチ公爵の私室へと案内されていた。

扉を開けた先に広がるのは、悪趣味でない程度に贅を凝らした空間だった。

磨き上げられた床は人の影を薄く映し、深い色合いの木製家具が整然と並んでいる。

壁には古い地図やタペストリー、由緒ある紋章が飾られていた。

空気は静謐で、そして重い。

部屋の主がこの空間に費やしてきた時間と責任、それがまるで沈殿したような圧となって、ヴァイオレットにのしかかる。

机の前に座っていたのは、公爵――リンドウィッチ家の長。

年齢と威厳をその身にまとい、言葉少なに彼女を迎えた。

「失礼いたします、リンドウィッチ公爵閣下。わたくし、リンドバーグ家に養子として迎えていただいたヴァイオレットと申します。なかなかご挨拶に伺えず、申し訳ございません」

深く頭を下げると、公爵はしばし黙したのち、低い声で言った。

「……そうか。クレマンとは、あまり似ておらんな」

その言葉に、傍らにいたギルド長が食い気味に応じる。

「私に似ていたら困りますな」

まるで打ち合わせでもしていたかのような即答だった。

あまりに自然なそのやり取りに、ヴァイオレットの唇がふっと緩む。緊張の糸が、ようやく一筋ほどけた。

「よろしい。治療を頼もう」

公爵が身を起こすと、椅子が重厚な音を立てた。

「……承知しました。その前に、少しだけ、ご説明を」

ヴァイオレットは胸の前で手を組み、静かに語り出す。

「私のスキルは【創造】です。ほとんどの魔法を独自に作り出せますが、万能ではありません。ただ、手の届く人くらいは救えるようにありたいと――そう思っております」

「ふむ」

公爵は一言だけ声を漏らし、顎に手を添える。

「かつて、グレンダリング公爵家にいた頃……奴隷のような扱いを受けておりました。耐えきれず、こっそり教会に忍び込み、スキルの授与を受け、時機を見て逃げ出しました」

その言葉に、公爵の視線が僅かに鋭くなる。

「この力が他人を傷つけるものにならぬよう、慎重に使い方を学んでいる最中です。未熟ではありますが、どうかお許しいただければと」

「……よい心がけだ」

公爵はそう言って、静かに襟元を緩めた。上衣の前を開き、治療を受ける体勢を整える。

ヴァイオレットは彼の口元に手をかざす。

ツンと来る独特の匂い――おそらく歯槽膿漏だろう。そう察した彼女は、まず口腔内から診ていくことにした。

魔力を込めた指先から、淡い光が放たれる。

虫歯、歯茎の炎症、神経の老化。ひとつひとつを見つけ、丁寧に修復していく。

「……口の中に、違和感が……いや、もう消えたか」

呟くようにそう言う公爵の声に、ヴァイオレットは次に目を移す。

(目も少し濁ってる……老眼と白内障でしょうね)

視神経を調整し、水晶体を滑らかに修復。

読み書きに不自由が出ないよう、細かい調整を加えていく。

胴に進むと、肝臓はやや硬化しているようだ。

この世界、この時代の人々としては当然だが、水代わりに薄めたワインを常飲しているのだろう。

腎臓も循環が滞っている。老化によるものもあるが、生活習慣の影響も強そうだ。

代謝強化の魔法を施し、毒素の排出効率を高めるよう調整した。

さらに膝――加齢による軟骨のすり減りと関節炎の兆候が見えたため、細胞再生の術式を適用し、可動域の回復も図る。

(サービスで、肌艶もちょっと良くしておきましょうか)

念のため、美容的な調整もごくわずかに加えておいた。

すべてを終えるまで、およそ十数分。

ヴァイオレットが最後に魔力を納めるまで、公爵はしばらく無言だった。

そして――

「……なんだ、これは」

思わず漏れたような言葉。

ゆっくりと腕を回し、立ち上がったその動作に、本人が最も驚いていた。

「軽い……身体が、軽い」

ヴァイオレットが「視力も少し調整しました」と言うと、公爵はひったくるように近くの書類に手を伸ばした。

試すように文字を追い、数秒後――

「見える。……ああ、こんなにも手元がはっきりと……」

その声音には、老獪な貴族の仮面が外れたような、率直な感嘆がこもっていた。

「礼を言わねばな。……よくぞ、ここまで」

ヴァイオレットは姿勢を正し、深く一礼する。

「グレンダリング公爵家からは、できる限り我が家が守るつもりだ。……これからも、我が家のためになってくれることを、期待しているぞ」

その言葉には、重みと温もりがあった。

命じるのではなく、託すような響き。

「……はい。光栄に存じます」

まっすぐに答える声に、もう震えはなかった。