作品タイトル不明
42.シナリオ外の邂逅
ティリアンの背中が人の波に紛れて見えなくなるのを確認すると、ヴァイオレットはようやくひとつ息を吐いた。張りつめていた緊張の糸が緩みそうになったその瞬間――
「お前、見ない顔だな」
不意にかけられた声に、ヴァイオレットは肩をびくりと震わせた。
(……やだ、もう一人!?)
錆びついた扉を無理やり開けるようなぎこちない動作で、彼女は振り返った。
そこに立っていたのは、燃えるような赤毛と同色の瞳の青年。屈託のない笑顔を浮かべて、ヴァイオレットをまっすぐに見つめている。
ルーファス・ドレイムーア。
忘れていた――忘れかけていた名前が、頭の奥で警鐘のように鳴った。
(なななな、なんで……ルーファスがここに!?)
地に足をつけて生きると決めてから、彼女はこの世界が「ゲーム」であったことなど、ほとんど意識しなくなっていた。なのに――
「なあなあ、お前らは会ったことあるか?」
ルーファスは気軽な調子で、近くの人混みに声をかけた。
「おーい、ヴィリオ、アルバス!」
やめて、呼ばないで。ヴァイオレットは声に出せぬまま心の中で悲鳴をあげた。
――そして現れたのは、他ならぬ、ゲームでのラベンダーによる「攻略対象キャラ」だった。
ヴィリオ。鮮やかなグリーンの瞳と癖のある深緑の髪を持ち、無表情が基本ながら、目の奥に計算を隠している男。
アルバス。アイスグレーの瞳に銀髪で、長身で穏やかな物腰を持つが、戦場ではまるで人格が変わると噂される、寡黙な剣士。
二人とも、彼女にとっては忘れがたい名前だった。
流石にザンザス王子はいないようだが、それでもお腹いっぱいすぎる。眼福ではあるが…。
彼女の名が「ヴァイオレット」だと知られても、ティリアンと違って正体を悟られるはずがないのは救いだった。
「ルーファス、誰に話しかけて……って……あれ?」
ヴィリオは一瞥したあと、形式的な笑みを浮かべて軽く頭を下げた。
アルバスは無言で一歩後ろに控え、視線だけを向けてくる。
「そちらのご令嬢は?」
「リンドバーグ子家のヴァイオレット嬢。なんか気になって声をかけてみた。見かけない顔だったから。」
「リンドバーグ……リンドウィッチ家の傍系でしたね。あまり耳馴染みはありませんが」
ヴィリオが反応を返す。言葉は礼を逸していないが、その目は探るようにこちらを見ていた。
「それで、こっちはヴィリオ・オークンデイル侯爵令息とアルバス・シルバーホロウ公爵令息。二人とも俺の友人だ」
「よろしくお願いいたします」
ヴァイオレットは形式通りの微笑みで応じた。何も後ろめたいことはないはずだ。
続いてどう応じるべきか、思考を全力で回転させた。すると、ルーファスが楽しげに口を開いた。
「学園、春からだよな?年が近そうだし、ヴァイオレット嬢も進学されるのか?」
「……え?」
不意に問われたその言葉に、ヴァイオレットは思わず聞き返していた。
進学――考えたこともなかった。彼女の中では、冒険者としての日々が続くものだという前提が、無意識のうちにあったのだ。
「学園……には、今のところ予定はありません」
「えっ、貴族の子女なのに?それは珍しいな」
ルーファスが軽く目を丸くする。
ヴァイオレットは、言葉を選びながら静かに応じた。
「……人前に出るのが、あまり得意ではなくて。学びたくないわけではないのですが」
それは本心だった。
学ぶことへの興味はある。けれど、ゲーム内の描写からして、進学には明らかに莫大な費用がかかる。
クレマン――ギルド長に頼めば、どうにかしてくれるかもしれないが、それを言い出すのは、気が引けた。
それに、学園にはラベンダーがいる。
トラブルメーカーで、平和を口にしながら周囲を振り回す偽善者――ゲームの主人公としてはそれほど違和感はなかったが、クラスメイトとして存在するとなれば別だ。美咲は彼女のような人間を心底苦手としていた。
そして、ティリアンは、理由はわからないものの、明らかに敵意というか、執着心を向けてくる。そんな相手と同じ空間に身を置くなど、正気の沙汰ではない。
「そっか。まあ、合う合わないあるしな」
ルーファスはそれ以上は追及せず、肩をすくめた。
ヴィリオも軽く頷くだけで、それ以上の詮索をしようとはしなかった。
そのとき、低く落ち着いた声が背後からかかった。
「ヴァイオレット」
その声に、ヴァイオレットは身体をぴくりと震わせた。
振り返れば、そこに立っていたのはギルド長――クレマンだった。
「リンドウィッチ公爵殿のお呼びだ」
その意味を理解したヴァイオレットは、静かに礼を取り、ルーファスたちに向き直った。
「申し訳ありません。これにて失礼いたします」
「おっと、そうか。公爵がお呼びなら仕方ないな」
ルーファスが気さくに手を振る。ヴィリオとアルバスも軽く礼を返すが、その視線はどこか遠く、何かを測るような色を含んでいた。
早足でその場を離れながら、ヴァイオレットは心の奥で呟いた。
(なんで、こんなにもゲームの連中が集まってきてるの……?)
現実と過去の記憶が交差し、胸の奥がざわついていた。