作品タイトル不明
36.消息の伝達
ヴァイオレットは、まどろみの中で目を覚ました。
天井をぼんやりと見つめながら、ゆっくりと身を起こす。
ふかふかのベッドの心地よさに惰眠を貪りたかったが、昨夜の疲れもすっかり取れてしまい、もう眠れそうになかった。
伸びをして、大きく息を吸う。
魔法で【創造】した物置小屋はすっかり自分好みの城のようになっており、窓(どうせ外からは見えないよう魔法をかけているので、庶民の家にはないガラス窓を付けた)の外には鳥のさえずりが響いている。
そんな穏やかな朝の時間を楽しもうとした瞬間――
ヴァイオレットの脳裏にあることがよぎった。
ギルド長に、何も連絡してない。
血の気が引いた。冷や汗が背中を伝う。
まずい。絶対にまずい。
実の親ではないとはいえ、戸籍上では父親になってもらっているギルド長に無断で姿を消すのはあまりにも軽率だった。
「……やばい、何か言い訳を考えないと」
さすがに何も連絡せずにいると、ギルドが騒ぎ出しかねない。
リンドウィッチ公爵家の関係者に話が回る可能性もある。
それだけは避けたい。
ヴァイオレットは小さくため息をついた。
「……とにかく、手紙を書こう」
半年の間に字も習得していたのは幸いだった。
ヴァイオレットは紙とペンを【創造】し、机に向かう。
インクを含ませたペン先を紙に滑らせながら、言葉を選んでいく。
ギルド長へ
リーダーと意見が合わなかったため、パーティーを抜けました。
また、私に関する不快な噂が街に広がっているため、しばらく戻るつもりはありません。
魔法のおかげで問題なくやっていますので、ご心配には及びません。
ヴァイオレット・リンドバーグ
「こんなところかな……」
紙を折りたたみ、折り鶴の形にする。
そしてそっと手のひらに乗せ、指を軽く弾いた。
折り鶴は、まるで生きているかのように羽ばたき、窓の外へと飛び去っていく。
ヴァイオレットはそれを見送りながら、少しほっと息をついた。
「よし、これで――」
そこで、ふと気づく。
「あ、返信の手段がない」
今の折り鶴は、一方通行だ。もしギルド長が何か言いたいことがあったとしても、彼が返信する手段はない。
額に手を当ててため息をつく。何かと詰めが甘い。
仕方なく、もう一枚の白紙を【創造】し、同じように折り鶴を作る。
「お前は、ギルド長のところで返信用として待機してね」
そう念じながら、今度は指先に魔力を込めて飛ばした。
折り鶴は羽ばたきながら、最初の鶴を追うように夜明けの空へと消えていく。
「これでよし……かな」
ヴァイオレットは、窓の外をしばらく眺めながら、そっと息をついた。
冒険者ギルドには手紙を送った。
これで、しばらくは放っておいてもらえるだろう。
だが、問題はこれからの生活だ。
街にはしばらく戻りたくない。
たとえ噂に関与していない人がいたとしても、噂が広まってしまった以上、ヴァイオレットにとってあの場所は疎ましいものになってしまった。
「……人恋しくなるまでは、森で暮らそう」
それが彼女の結論だった。
そして、このまま森に篭るにしても、まずはこのあたりの地理を把握する必要がある。
そして……他に人がいないかどうかの確認。
ここは完全に未開の地というわけでもない。
魔物も出るし、野盗が潜んでいる可能性もある。
ほかにも、狩人が猟をしていたり、薬草師がいたり、隠者が隠れ住んでいたりする可能性もある。
念のため、ヴァイオレットは自身に【身体強化】の魔法をかけ、さらに害意ある者を弾く【結界】を展開した。
太陽が木々の間からちらちらと差し込み、落ち葉の積もった地面を黄金色に照らしている。
耳を澄ませば、鳥のさえずりと、遠くで小川のせせらぎが聞こえていた。
人の気配のない場所は、静かで落ち着く。
あの街で浴びた冷たい視線を思い出すと、しばらくは人混みの中に戻る気にはなれなかった。