作品タイトル不明
35.一人ファッションショー⭐︎
ヴァイオレットは、目が覚めてしばらくぼーっとしていた。
昨晩のことを思い出す。
涙が溢れ、森の中を走り続け、魔法を乱発しながらここにたどり着いた。
今になって考えると、あんなに感情を露わにしたのは久しぶりだった。
ヴァイオレットは背嚢から鏡を取り出し、映る自分の顔をまじまじと見つめた。
「まったく、ひどい顔……」
腫れぼったいまぶたのせいで、密かに気に入っている青紫の瞳も奥まって見える。
「よし、久しぶりに湯船に浸かろう」
ドロシーが居座っていたせいで、屋根裏での優雅な入浴時間を楽しむこともできなかった。
それがようやく叶う。
「どうせなら薔薇も浮かべちゃおうかな~」
指を軽く動かし、【創造】の魔法で優雅な猫足バスタブを【創造】する。
そこに湯を張り、鮮やかな赤い薔薇の花びらをふわりと散らした。
バスタブの縁にはトレーを浮かべ、キンキンに冷えた炭酸水を置く。
お湯に身を沈めると、溜息がこぼれた。温かさが疲れた体に染み込んでいく。
「ふぅ……極楽」
しばらく浸かったのち、スクラブで肌を磨く。
肌の手触りを確かめながら、今まで特に気にしていなかった体毛の処理をすることにした。
「この際、要らないものは全部なくしちゃおう」
魔法で無駄な部分をなくし、手足を撫でて仕上がりを確認。
滑らかな肌に満足しながら、ヴァイオレットは再び鏡を取り出した。
「あとは、この髪だよね」
ヴァイオレットは手を動かし、大きな全身鏡を【創造】する。
ヘアサロンなどあるはずもないこの世界で、今まで惰性で髪を伸ばしていた。
しかし、今は自由の身だ。
気分転換に髪型を変えてみるのも悪くない。
幸い【創造】の魔法がある。
腰まで伸ばした髪を高く結い上げ、複雑に編み込んでいく。
すると、そこにはまるで宮廷の姫君のような姿が映っていた。
「おぉ……」
自分の姿に思わず見惚れる。
せっかくだから、環境もそれに合わせよう。
パチンと指を鳴らすと、部屋が一変した。
黒い石の床に、黒檀のテーブルやチェスト。
壁にはタペストリーが掛かり、まるで中世の城のような荘厳な雰囲気へと変貌を遂げた。
「これぞ王女の私室……」
気分が盛り上がったところで、服装も変えることにする。
ゆったりとした引き裾の付いたローブを【創造】し、身にまとう。
水色の錦織には、繊細な花模様が織り出され、それぞれの花の中心には宝石が散りばめられている。
襟元はV字に大きく裂け、白貂の毛皮で逆三角形の襟を作った。
裏地にも白貂の毛皮を贅沢に使用し、柔らかく温かな感触が肌を包む。
そして、ウエストには中央に大きなサファイアが輝くベルトをきっちりと巻き、フィット&フレアの優雅なシルエットを与えた。
ヴァイオレットは鏡の前で優雅にポーズを取り、自分の姿にうっとりと見惚れた。
こんな服を着る機会があれば楽しいのに。
しかし、今の生活では到底無理だろう。
「さて、次は……」
ローブ姿を満喫したのち、ヴァイオレットは再び髪型を試し始めた。
シンプルなポニーテール、サイドを編み込んだスタイル、緩やかにウェーブをかけた巻き髪――鏡の中の自分が次々と変化していく。
試行錯誤を繰り返した末、ヴァイオレットはふと、少年のようなショートカットにしてみた。
すると――
鏡の中には、怜悧な美貌を湛えた少年が立っていた。
青紫の瞳は涼やかに輝き、端正な顔立ちが際立つ。
「……これは、アリでは?」
ヴァイオレットは新しい自分をじっくりと眺めた。
少年の姿になったことで、今までとは違う雰囲気が生まれていた。
元々やや面長で端正な顔立ちをしていたが、髪を短くするとよりシャープな印象になった。
数年もすれば原作で見たような女性らしいプロポーションになるはずだ。
しかし、15歳の今なら、まだギリギリ少年として通用するだろう。
「しばらくしたら、気分転換に男装して出かけるのもいいかも」
ふと、異母弟のティリアンの顔を思い浮かべた。
彼は顔立ちが短く、目がくりくりとしていて、ヴァイオレットとはあまり似ていなかった。
「まあ、あの子と似てなくてよかったかもね」
そう呟きながら、衣装もそれに合わせることにする。
煌びやかな刺繍入りのプールポワンは、瞳と調和するように青紫色の生地に。
金糸で植物をモチーフにした刺繍を施し、真鍮ボタンには花の形の彫刻を加える。
足元は、貴族らしいショース(タイツとズボンの中間のようなもの)を合わせる。
以前見た貴族は左右違う色のショースを履いていたが、美咲の記憶が邪魔をしてピエロのようにしか見えず、結局落ち着いたグレーのものを選んだ。
身分の高い人間が履く先の尖った靴にも挑戦してみたが、歩きにくい上に違和感が拭えなかったため、代わりに金糸の刺繍を施したブーツを【創造】する。
ヴァイオレットは再び鏡を覗き込む。
「……自分で言うのもなんだけど、完璧美少年では?」
そう満足しながら鏡の前でポーズを取ってみる。
しばらく身なりを整えていたが、満足すると同時に面倒になってきた。
「もう、今日は二度寝しちゃおう……」
ブーツを脱ぎ捨て、ふかふかのベッドに潜り込む。
「何か忘れているような……」
ぼんやりとした考えが浮かんだが、睡魔には勝てず、そのまま目を閉じた。
一方その頃、冒険者ギルドではギルド長が頭を抱えていた。
「……何をやっているんだ、あの子は」
ギルド長は報告書を手に取り、投げるように机へと放る。
「失踪、ねぇ……」
ヴァイオレットが単なる駆け出しの冒険者であれば、ここまで大ごとにはならなかった。
しかし、彼女はリンドウィッチ公爵家の遠縁である「ヴァイオレット・リンドバーグ」としてギルドに所属している。
そんな彼女が突如姿を消したとなれば、問題にならないわけがない。
ヘンリーが「パーティーが分裂した」としどろもどろに報告に来て、その口からヴァイオレットの失踪が語られた時、ギルド長はただ「そうか」とだけ言ったが、内心では面倒なことになったと思っていた。
形だけでも捜索を出さねばならない。
彼は溜息をつき、椅子に寄りかかった。
ヴァイオレットが本気で隠れようとすれば、見つけるのは至難の業だった。
しかし、彼女の性格からして、しばらくすればどこかでひょっこり顔を出すだろう。
「どうせまた面倒な形で戻ってくるのだろう……」
そう呟きながら、ギルド長は苦笑し、報告書の束を片付け始めた。