軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31.軋む歯車⭐︎

ドロシーを受け入れてしばらく。

血戦の誓約者たちは、ギルドの依頼を受けて《ダスクグロウル》という魔物を追っていた。

湿った土の匂いが鼻を突く。

樹々が生い茂る中、かつて砦だったであろう石造りの遺跡が朽ち果てた姿を晒している。

壁は苔に覆われ、崩れかけた門の向こうには暗闇が広がっていた。

「ここの奥に《ダスクグロウル》が巣を作ってるらしい」

テレンスが低く囁いた。

《ダスクグロウル》――夜闇に潜み、喉を震わせることで仲間を呼び寄せる獣型のモンスターだ。

狼のような体躯を持ち、夜目が利くうえに俊敏。

集団で狩りを行う習性があるため、一体倒せば終わりというわけにはいかない。

「今回は頭数が多い。気を抜くなよ」

ヘンリーの静かな指示に、一同が頷いた。

ヴァイオレットは魔法の準備を整えつつ、チラリとドロシーの様子を伺う。

彼女は短剣を握りしめ、軽く屈伸をしながら気合を入れていた。

動きに淀みはなく、軽快な身のこなしをするのは確かだ。

だが、それだけでは戦えない。

剣士のヘンリーやチャールズとは違い、一撃の重さが足りない。

テレンスのように遠距離攻撃ができるわけでもない。

ヴァイオレットは息を吐く。

(また、私が調整しなくちゃいけないのね)

魔法で援護するにしても、ドロシーの存在が邪魔になる。

チームとして連携が取れていないので、派手な範囲攻撃を使えば巻き込んでしまう危険があるし、彼女がどこまで動けるかは未知数だ。

ヴァイオレットは、無意識に苛立ちを覚えていた。

――突然、砦の奥から低い唸り声が聞こえた。

次の瞬間、黒い影が飛び出す。

「来るぞ!」

ヘンリーの声と同時に、《ダスクグロウル》が鋭い爪を振りかざして襲いかかる。

ヘンリーが剣を振るい、チャールズが炎をまとった刃を走らせる。敵の群れが瞬く間に広がる。

テレンスの矢が、一体の喉元を正確に射抜いた。獣は断末魔の悲鳴を上げ、地面に崩れ落ちる。

ドロシーが素早く動き、獣の背後を取る。しかし――

「くっ……!」

短剣が皮膚を引っ掻くだけで、深い傷を与えることができない。

獣は激昂し、ドロシーに向かって爪を振りかざした。

「ドロシー、下がれ!」

ヘンリーが叫ぶ。

「わ、分かってる!でも、急所が……!」

焦ったように言い訳するドロシーの動きの甘さを見逃さず、もう一体の《ダスクグロウル》が彼女の横から襲いかかる。

(間に合わない!)

ヴァイオレットは即座に魔法を発動した。

「衝撃波!」

大気が震え、獣を吹き飛ばす衝撃波が発生する。

しかし、ドロシーに当たらないように加減せざるを得ず、威力は落ちてしまった。

(もっと強くできたのに……)

ヴァイオレットは奥歯を噛みしめた。

彼女が思い切り魔法を使えないせいで、戦闘は長引き、余計な疲労が蓄積していた。

ヘンリーがすばやく動き、魔物の喉を断ち切る。

「……ふぅ、やれやれだぜ」

チャールズが肩を回しながら言った。

「どうした?」

「いや、なんつーか……頭割りにされると酒代もカツカツだと思ってな」

彼の言葉に、ダレンも無言で頷いた。

「正直、なんで入れたのかよく分かんないんだよね」

テレンスが呟いたが、ヘンリーは腕を組み、真面目な顔をして言った。

「まだ始めたばっかだろ。すぐに役立つとは思ってないさ」

「そういうのを世間じゃ足手まといって言うんだぜ」

チャールズが呆れたように言う。

「ま、ヘンリーが決めたことだから俺は文句は言わねぇけどさ」

ヴァイオレットは黙って彼らの会話を聞いていた。

(……私も、何も言えないなあ)

彼女自身、ドロシーがこのパーティーに加わることに懐疑的だったし、実際に不満もあった。

けれど、誰よりもヘンリーがドロシーをかばっている以上、ヴァイオレットが口を挟むべきではないとも思っていた。

戦いを終えて帰宅し、ヴァイオレットはキッチンで食事の準備をしていた。

外で買ってきた肉を手早く切り分け、鍋に火をかける。

ふと、背後で気配を感じた。

「ヴィーさまぁ~♪」

ぞわっとした。

背後には、ドロシーがにこにことした顔で立っていた。

ヴァイオレットは、心の奥底からうんざりした。

血戦の誓約者たちが「ヴァイオレットの方が大人っぽい」とからかったことを、ドロシーは根に持っている。

普段はそれを表に出さないが、こうして「ヴィーさまぁ~」と媚びるような口調で呼ぶことで、彼女はヴァイオレットに対して線を引いているのだ。

あなたは特別な人間でしょ?

私たちとは違うでしょ?

そんな含みが透けて見える。

――不快だった。

ヴァイオレットは無視して料理を続ける。

だが、ドロシーは勝手にキッチンに入り、ヴァイオレットの料理する様子を覗き込んだ。

「ねえねえ、ヴィーさまぁ~?」

「何?」

「……ヴィーさまって、何が得意なわけ?」

ヴァイオレットは、包丁を握る手を止めた。

「……」

「あたし、パーティーでの役割がまだちゃんと決まってないけど、なんとなくは分かるんだよね。ヘンリーとチャールズは前衛、テレンスは斥候で弓も使える。じゃあ、ヴィーさまは?魔法?でも、あんま威力ないよね?」

ドロシーは何気なく尋ねたつもりなのかもしれない。だが、それを聞いたヴァイオレットの心に、じわりと苛立ちが広がった。

(……私の魔法を制限させておいて、よく言うわ)

ドロシーが加わってから、ヴァイオレットは派手な魔法を使えなくなっていた。

戦闘中、ドロシーは機敏に動くが、敵の攻撃を完璧に避けられるわけではない。

範囲攻撃の魔法を使えば、彼女を巻き込むリスクがあった。

さらに、ヴァイオレットはドロシーに自分の魔法の詳細を知られたくなかった。

彼女が何者かはまだ完全に信用できる状態ではない。

だからこそ、慎重に動くべきだった。

しかし、それが結果的に自分のストレスを増やしていることに、ヴァイオレットは気付いていた。

(私が本気を出せないから、戦闘が長引く……それで、余計に面倒になる)

それなのに――

ドロシーは、家事もほとんど手伝わないまま、呑気にヴァイオレットに問いかける。

「ねえねえ、何が得意なの」

ヴァイオレットは、ぎゅっと包丁の柄を握った。

(何って……)

料理を作っている。

掃除もしている。

生活の基盤を整えている。

戦闘でも魔法でサポートしている。

それなのに、彼女はそれを「何をしているのか分からない」と言うのか。

「……なんでもいいじゃない」

ヴァイオレットは淡々と答えた。

ドロシーは、「えー、気になるじゃん」としつこく聞こうとしたが、ヴァイオレットが包丁を置く音に気圧されたのか、口を閉じた。

その後ろで、血戦の誓約者たちの気楽な会話が聞こえてくる。

「ま、ドロシーもすぐに戦えるようになるだろ」

「ま、そうだな。ヘンリーが決めたことだし」

その言葉に、ヴァイオレットは眉をひそめた。

(……バカみたい)

ヘンリーが決めたから?それだけで、この状況を容認するのか?

ヴァイオレットは苛立ちを押し殺しながら、黙々と料理を続けた。

パーティーの歯車は、少しずつ軋み始めていた。