作品タイトル不明
27.揺れる陽光⭐︎
屋根裏の小部屋に、夏の光が差し込んでいた。
狭い窓から射し込む光は、ゆっくりと揺らめきながら床を撫でる。
風にそよぐ木の葉が陽の筋を乱し、金色の斑を壁や天井に散らしていた。
その光の揺れはまるで波紋のようにゆっくりと広がり、壁の古びた木目に微かな影を刻んでいく。
ヴァイオレットは、寝そべったままその光を眺めていた。
かつてこの部屋は埃と虫の死骸にまみれ、薄汚れた屋根裏に過ぎなかった。
しかし、今では清潔な木の香りが漂い、室内は居心地の良い空間へと生まれ変わっている。
下の階から聞こえるかすかな話し声や、遠くの街の喧騒のおかげで秘密基地のように感じられるこの屋根裏が、ヴァイオレットは好きだった。
ベッドの上に横たわり、壁の光に向かって脚を伸ばすと、夏の光が、肌をじんわりと温めた。
貴族の娘であれば、十五歳ともなれば立派なレディーとしての振る舞いを求められる年頃だ。しかし、ここには行儀の悪さを咎める者はいない。
(……半年、あっという間だったな)
ギルド長の言葉は本当だったらしい。彼女はこの半年、何事もなく冒険者を続けられていた。
あの夜、彼に言われた通り、リンドウィッチ公爵家は彼女に干渉することはなかった。
それどころか、「ヴァイオレット・リンドバーグ」という公爵家庶流の名を貰うことで得られる恩恵の方が大きかった。
正式に「ヴァイオレット」と名乗れるようになったし、少なくとも、グレンダリング公爵の追っ手がこの地に来ることはなかった。
「血戦の誓約者」との共同生活も続いている。
家の契約は更新され、彼らは引き続きこの家を拠点とすることに決めたようだ。
ヴァイオレットも引き続き住むことにしたが、やはり住まわせてもらうばかりでは気が引ける。
半年暮らして周りを観察してみると、どうやら彼らの借りたこの家は(最初汚かったとはいえ)周りよりかなり良い家のようだった。
普通の家ではシャワーなんてもってのほかで、外にある水桶の水でぱぱっと体を洗うのが一般的だ。
また、魔石式のコンロがない家も多く、そうした家には石の台に薪を置いて鍋を吊るし、鎖の長さで火力を調整するような簡素なキッチンしかなかった。
さらに、ヴァイオレットが来てからというもの、この家は彼女の手によって大きく変わった。
すすで汚れていたキッチンの壁は白くなり、防汚加工が施された。ハーブやにんにくも天井から吊るされている。
周囲の家にもガラス窓など見当たらないため窓の改修は諦めたが、壁には魔法を施し、保冷と保温の機能を強化した。
効果は一年ほど持続するはずだ。
2階の床は板だからミシミシ鳴るし、隙間から1階が見える始末だったので、つややかなマホガニーの床に替えた。
異国のものが手に入ったと言って男たちを言いくるめて【創造】したペルシャ絨毯も敷いてある。
さらに、自分のテリトリーである屋根裏には、自分専用のバスタブまで据え付けてしまった。
薔薇の香りの入浴剤も使っているが、男たちは「これが乙女の匂い」と勘違いしているらしい。下でコソコソ話していたのをヴァイオレットの地獄耳が拾った。
まったく、幸せなものだ。
普段は1階のシャワーを使うが、時折、湯に浸かりながらゆったりとした時間を過ごす。
シャワーの水瓶には、水が枯れない魔法と温水を生み出す魔法をかけたため、もはや貴族の館にある魔法具と大差ないものに化けていたが、これくらいは許してほしい。劇的ビフォーアフターである。
この半年で彼女の冒険者としての地位も上がっていた。
冬の終わりにはDランクとなり、いずれCランクも見えてきた。
しかし、あまりにも早く昇格すれば目立ちすぎる。
鬱陶しいことになるのは目に見えていたので、Cランクへの昇格は早くても秋ごろでいいと考えている。
頑張りすぎず、自由に過ごすのがヴァイオレットのありたい姿だ。幸い、金には困っていない。
そんな静かな午後だった。
突如、バタバタとした足音が家の前に響いた。
ヴァイオレットは足を下ろし、ゆっくりと起き上がる。
誰の足音かはすぐに分かった。
(ヘンリー……)
案の定、扉が勢いよく開かれ、ヘンリーが息を切らしながら中に入ってきた。
「おい、すぐに準備してくれ! これから出発だ!」
ヴァイオレットは眉をひそめた。
彼がここまで慌てるのは珍しい。
急いで梯子を下りる。
「……何があったの?」
「オークの巣ができて、救助に向かった冒険者が失敗したらしい。村の近くだ。二日ちょっとの距離だが、悠長にしている時間はない」
「……それで、依頼を受けたの?」
「ああ、緊急依頼だった。相談する時間もなかったし、待っていたらもっと手遅れになるかもしれない」
ヴァイオレットは小さくため息をついた。
(……まあ、ヘンリーならそうするだろうな)
彼はいつだって、人を助けることに躊躇しない。
それが彼の美点であり、同時に時折面倒くさいところでもあった。
ヴァイオレットは立ち上がり、肩をすくめる。
「仕方ないなあ。準備するから、待ってて」
ヘンリーはすぐにうなずくと、他のメンバーにも声をかけに向かった。
ヴァイオレットは武具の準備をしながら、ふとヘンリーの背中を見送る。
あの日、彼の瞳に見つめられて以来、彼を意識するようになってしまった。
彼のヘーゼルの瞳はまっすぐで、濁りがない。
あの瞳に覗き込まれると、何も隠せなくなってしまうような気がする。
ヴァイオレットは小さく頭を振り、余計な考えを振り払った。
今はそんなことを考えている場合ではない。
遠くで、熱を帯びた風が吹いた。
陽炎がゆらめき、夏の気配が濃くなってゆく。