作品タイトル不明
21.買い物⭐︎
冬の冷たい風がヴァイオレットの金髪をなびかせる。
エルムストンに来てから一週間ちょっと経ち、初めてゆっくり街を歩く余裕ができた。
フードをかぶるのをやめたのは最近のことだ。
逆に目立つし、この街で顔を覚えられた今では隠れる意味も薄い。
もっとも、目立つのはその髪と整った顔立ちだけではなく、新顔であること、女性冒険者であることなども理由だろう。
スキルという日本にはなかった概念があるとはいえ、排泄や月経、持てる荷物の量といった制約から女性冒険者はマイノリティだ。
ちらちらと視線を感じながらも、ヴァイオレットは特に気にした様子もなく道を歩く。
今は、ようやく訪れた「自由な時間」を楽しみたい気分だった。
これまで雑貨屋や市場をじっくり見る暇もなく、ただ必要な物を買ってクエストに明け暮れていたのだから。
しばらく歩いて目に入ったのは、魔道具店の看板だ。
「魔石式」と書かれた文字に、ヴァイオレットの目が輝く。
「ちょっとだけ、見てみようかな……」
木の扉を押して店内に入ると、少しひんやりとした空気とともに、魔道具特有の微かな魔力の気配が漂ってきた。
魔力とは無縁の世界で生きてきたのに、今では自然とこの感覚がわかるようになってむずがゆい。
棚には様々な道具が並び、どれも魔石を利用した機能が備わっているらしい。
たとえば、火を自在に操れるという携帯式の灯火具や、水を浄化する器具。
どれも冒険者にとっては便利そうだが、値札を見ると銀貨数十枚から百枚単位のものばかりだ。
ヴァイオレットはその中でも特に目を引いた、小型の魔力探知機に手を伸ばした。
円盤状の装置で、魔石をセットすれば周囲の魔力を感知するという。
値札は銀貨30枚。手の中でくるりと回しながら【鑑定】を使ってみる。
「魔力探知機」
魔石を内蔵し、周囲の魔力を数値化して示す道具。感知範囲は半径10メートル。精度は高いが、魔石の魔力が切れると使えなくなる。
「半径10メートルか……もう少し広ければ便利そうだけど、でもこれ、ダンジョン探索とかで役立ちそう」
ヴァイオレットは小さく呟きながら、魔力探知機を元の場所に戻した。
ヴァイオレットは魔法創造ができるので、【探知】という魔法を創造すればそもそも不要な魔道具だ。
だが、魔道具はなかなか魔法創造の参考になる。
「お金が貯まったらまた来ますね!」
彼女が店主に笑顔を向けると、無愛想だった店主の口元が微かに緩んだ気がした。
ヴァイオレットは、静かな興奮を胸に、書店の扉を押し開けた。
扉の鈴が軽やかな音を響かせ、木目の床にブーツの足音が小さく響く。
「ふむ……どれから見ようかしら?」
呟きながら、ゆっくりと店内を歩き始めた。本を創造できる自分でも、未読の本は未知の宝物。
どんな世界が広がっているのか――想像するだけで心が弾む。
ヴァイオレットは革張りの装丁に指を滑らせ、ため息をついた。
本棚に並ぶ本たちはどれも重厚感があり、威厳すら感じさせる。
手に取ると、革特有のしっとりとした質感と、少しばかりの年月を感じさせる香りが指先から伝わってくる。
彼女がまず足を止めたのは、物語の本が並ぶ一角だった。
鮮やかなイラストの表紙が並ぶ棚を前にし、ヴァイオレットは軽く眉を上げた。
「へえ……『不滅の灯火と千の翼』。これも面白そう……」
表紙には、天を駆ける鳥と燃え盛る炎の絵。
あらすじには「死の運命に挑む兄妹の旅」とある。
冒険心をくすぐるその内容に心が揺れるが、別の棚にも面白そうな本がたくさん並んでいるのを見て、一度棚に戻した。
「ひとまず全部見てから決めよう……それが賢明ね。」
歩みを進めるうち、目に入ったのは「魔術書」の棚だった。
他の棚とは少し違い、背表紙のデザインがどれも古風で、タイトルも渋い。
どこか秘密めいた雰囲気を漂わせている。
ヴァイオレットの心を掴んだのは『初級魔術大全』と『応用魔術の理論と実践』の2冊だった。
パラパラとページをめくると、シンプルな挿絵とともに基礎魔法の説明が載っている。
たとえば、小規模の火球を生成する魔法の手順や、氷の刃を作り出すためのイメージ法が記されていた。他の冒険者の前で使える『攻撃魔法』を作るにはうってつけだ。
内容の実用性はもちろんだが、比較的手頃な価格も決め手となった。
まだ自分の懐事情を考えると、高価な本をいくつも買うわけにはいかない。
「これで十分よね。」
自分にそう言い聞かせると、もう一度革張りの本棚に視線を戻す。
金箔でタイトルが記された厚い本や、特注のバックルが付いたような大作にも目がいくが、さすがにそれらは別世界のものだと感じた。
レジには、目じりに笑い皺のある初老の店主が立っていた。
彼はヴァイオレットが選んだ魔術書を見て、にこりと笑う。
「ほう、魔法書を選ばれるとはお目が高い。特にその応用魔術の本は、うちでも人気なんですよ。ご自身で試されるのですか?」
「ええ、多少は心得があって。」
ヴァイオレットはにっこりと笑って答えたが、内心では次に試す魔法の構想を巡らせている。
店を後にしたヴァイオレットは、空を見上げる。
夕暮れのオレンジ色が街並みを包み込む中、ヴァイオレットは再び街路を歩き出した。
夕陽が長い影を引き、賑やかな通りの店々に橙色の光を当てている。
その光景にふと心が和むが、次に思い浮かぶのは、「血戦の誓約者」たち――自分が加わっている冒険者の仲間たちの顔だ。
「そういえば、食事用の食材を買うのを忘れてた。」
先ほどまで本に夢中だったが、気づけば背嚢には本しか入っていない。
仲間との夕食は、食卓を囲んで一日の冒険を語り合う大切な時間だ。
自分が何も持ち帰らないわけにはいかない。
ヴァイオレットは少し足早に市場へと向かい、活気ある声が飛び交う商人たちの中に身を投じた。
市場には、冒険者の胃袋を満たす食材が所狭しと並んでいる。
骨付き肉が吊るされた肉屋、色とりどりの野菜が山積みになった露店、香辛料の匂いが漂う屋台。
どこを見ても心が躍る光景だ。
「肉はこれくらいで足りるかな?」
ヴァイオレットは骨付き肉を選びながら考えた。
仲間たちの好みを思い浮かべながら、ついでに新鮮な野菜やハーブも購入する。
魔法で火を起こせるので調理の手間は軽いが、食材選びは手を抜けない。
「お嬢さん、これもどうだい?新鮮なりんごだよ。」
果物屋の店主が、籠の中にあるルビーのようなりんごを見せてくる。
それに少し迷ったが、仲間たちのデザート用に一袋だけ買うことにした。
最後に、パン屋で焼きたてのバゲットを買い足し、袋がいっぱいになった頃、ようやく満足げな顔で市場を後にする。
帰路につく頃には、革の本を詰めた背嚢と食材の入った袋で荷物がいっぱいだった。
「今日はこれで十分ね。本も買えたし、仲間たちと一緒に食べる準備も整った。」
日が沈む頃、ヴァイオレットは「血戦の誓約者」の拠点に戻ってきた。
冒険者たちが集うこの場所は、彼らの日常と戦場の間をつなぐ安息の場だ。
ドアを開けると、リビングから賑やかな声が聞こえてきた。
「ただいまー!」
ヴァイオレットが大きな買い物袋を抱えて声をかけると、まず目を向けたのはヘンリーだった。
いつもの椅子にどっかり腰を下ろし、酒の瓶を傾けている彼が、目を丸くして袋を指さす。
「ん?今日はオフの日だろ?なんでそんなに抱えて帰ってくるんだ?」
「いや、本当にだよ。まさかまた仕事用の備蓄でも買い込んできたんじゃないだろうな?」
隣でカードゲームをしていたテレンスも、からかうような声をかけてくる。
「いや、普通に食材よ。」
ヴァイオレットは苦笑して袋をテーブルに置くと、中身を一つずつ取り出し始めた。
「食材?」
テレンスの向かいにいたチャールズが顔を上げる。
驚きの表情を浮かべながら、袋の中を覗き込むと、買ってきた野菜や肉を見て肩をすくめた。
「オフの日なのに、またみんなのために買い物か?お前は真面目すぎるんだよ、ほんと。」
「ははっ、ダレンも見てみろよ。」
ヘンリーは、苦笑しながら言った。
「オフくらい、自分のためだけに過ごしていいんだからな。まじめすぎるのも困りものだ。」
「その通りだ、ヴィー。こんな俺たちのために無理しなくていいんだぞ?」
チャールズがジョッキを掲げながら、からかうように言う。
「別に無理してない。ただのついでだもん」
ヴァイオレットは肩をすくめ、淡々と袋の中身をテーブルに並べ始めた。
「ついででこんなに買うんだ!」
テレンスが吹き出しながら声を上げると、部屋中に笑い声が広がった。
「そんなこと言って、食べるのはあなたたちでしょうが!あと、後片付けはみんなでやること」
ヴァイオレットがそう言うと、チャールズが思わず吹き出した。
「結局俺たちも巻き込まれるのかよ!でも、まあ悪くないな」
部屋中に再び笑い声が響く。ヴァイオレットは手際よく準備を始めた。