作品タイトル不明
19.居候
ヴァイオレットは自分の荷物を運び込むため、宿と「血戦の誓約者」の貸し家を2往復した。
荷物が少ないとはいえ、距離がわずか3分なので助かった。
日用品や衣服、シャンプーなど細々したものを手に持ちながら、ふと感慨にふける。
「これで宿代の心配はなくなるのね…」
ふっと微笑むと同時に、心の中に広がる安堵感がじんわりと温かかった。
去り際になんとなく宿の主人を【鑑定】すると、「スキル:透視」と出たので、ヴァイオレットの胸に宿った温かさはすぐに消え去った。
貸し家に到着すると、荷物を抱えながら屋根裏に向かう。
ところが、梯子を上り、屋根裏部屋の扉を開けた瞬間、その笑顔は固まった。
「そうだ……ここ、掃除してなかったんだ……」
埃っぽい空気が鼻をつき、薄暗い部屋の中には長年手付かずだったことを物語るように、蜘蛛の巣や散らかった小さな破片が散乱している。
「これはちょっとひどいわね……」
ヴァイオレットは深いため息をつき、頬を軽く叩いた。
「やるしかないっ!」
マスクを口元に当て、手ぬぐいを髪に巻きつけると、埃を払うための作業を始めた。
最初に隅々まで箒をかけ、部屋の中央に溜まった埃をまとめる。
その後、雑巾で床や壁を拭き、埃臭さを少しでも取り除こうと奮闘する。
「掃除機があれば楽なのに……でも、ここでそんな音を立てたら迷惑だしね」
小声でつぶやきながら作業を進めていくうちに、徐々に部屋の本来の姿が現れてきた。
窓があったのは想定外で、ヴァイオレットは非常にうれしかった。そして、一階や二階よりは低いが、人が立てるだけの天井の高さもある。
「寝袋でも寝られなくはないけど……この部屋を私の拠点にするなら、もう少し快適にしたいよね」
持ち込んだ日用品のおかげで【創造】スキルを節約できたことを思い出し、ヴァイオレットは額に手を当てて考え込む。
「ベッドやちゃんとした寝具を【創造】しても大丈夫かも。どうせ屋根裏は私しか使わないし、消さずに置いていても大丈夫だものね」
決意を固めた彼女は、床に正座して目を閉じた。
【創造】スキルの発動には、具体的で明確なイメージが必要だ。
ヴァイオレットは目を閉じたまま、日本で過ごしていた頃の記憶を呼び起こす。
「シングルベッドでいいけど、クッション性のあるマットレスは絶対必要!
フレームはこの世界で浮かないように木製で、少しレトロなデザインがいいな。
シーツは肌触りのいいスレッドカウントの高いもので、色は薄紫……掛け布団は白地に紫の控えめなフラワープリントにしよう。
枕はフリルの付いたリネンのカバー付きのものをひとつ。
あと、冬になるし、ブランケットも暖かいのが欲しいか……」
具体的なイメージが固まると同時に、スキルの発動に必要な魔力がじわりと体から流れ出していく感覚を覚える。
「行くよ……【創造】!」
その言葉とともに、屋根裏の一角にもやが広がり、次第に形を成していく。
もやが晴れた先には、ヴァイオレットが思い描いた通りのベッドが出現していた。
木製のフレームは落ち着いたブラウンで、丸みを帯びたデザインがどこか温かみを感じさせる。
マットレスは結構な厚みがある。おそらく美咲が二回目のボーナスで奮発して買った高級マットレスだろう。この世界では明らかにオーバーテクノロジーだ。
薄紫でコーディネートした寝具がそれを覆い、女性らしさとリラックス感を醸し出している。
ふわふわのブランケットはベッドの上に綺麗に整えられていた。
「完璧!」
ヴァイオレットは満足そうにベッドに腰掛け、その柔らかさを確かめる。
次に仰向けになって寝心地を試すと、もちもちしていて驚くほど快適だった。
「これなら、どんなに疲れていてもぐっすり眠れそう~」
寝具が整ったことで気を良くしたヴァイオレットは、さらに部屋を快適にするための小物もいくつか【創造】することにした。
「この部屋、ちょっと暗いからランプも必要ね。温かみのある光を出すものがいいな」
彼女が思い描いたのは、(美咲からすると)アンティーク調のデザインのオイルランプだった。
魔力を集中させると、ベッドサイドにぴったりの小型ランプが現れる。
さらに、荷物を整理するための棚と、服をかけられるスタンドも追加で【創造】する。
こちらも木製で統一し、部屋全体に落ち着いた雰囲気を作り上げた。
日用品を整理するため、ラタンの行李を二つ並べ、一つには服と下着、もう一つには日用品を詰め込んだ。これで物を探し回る必要もない。
窓際にはテーブルと椅子、そしてアロマキャンドルを置いた。徐々に快適空間にしていくつもりだ。
「よし、これで屋根裏がだいぶ快適になった!」
部屋の隅から隅まで眺め、ヴァイオレットは満足げに頷いた。
最後に、赤外線式の人感アラームを取り付ける。
日本では防犯用に玄関や塀に取り付けられるようなもので、異世界でもしもの時に備えるために役立つはずだ。
「まぁ、大丈夫だとは思うけど……念のため、ね」
小さく自分に言い聞かせるように呟きながら、ヴァイオレットは慎重に設置場所を決めた。
準備が整った後、ヴァイオレットは貸し家の居間に集まっていた「血戦の誓約者」のメンバーに向かって念押しをした。
「絶対に、絶対に屋根裏には入らないでくださいね!」
その言葉に、ムードメーカーのチャールズが冗談交じりに反応する。
「大丈夫だって! 俺たち、そんな無粋なことしないよ。な、みんな?」
ヘンリー、ダレン、テレンスもそれぞれ頷き、安心させるような笑顔を見せた。
「それならいいんですけど…本当に信じますからね!」
ヴァイオレットは彼らの言葉に軽く笑いながらも、念を押すのを忘れなかった。
その後、ヘンリーが少し申し訳なさそうに切り出した。
「そうだ、ヴィー。今後の食事についてなんだけど、君の分の材料費はもちろん、俺たちで負担するつもりだ。ただし、ハーブやスパイスで高価なものが必要なら、事前に相談してほしいんだ」
ヴァイオレットはその提案に首を縦に振る。
「それは助かります。でも、私も相場がよく分からないので、しばらくは相談するようにしますね」
「ありがとう!そのほうが助かるよ」
食材費を負担してもらえることで、ヴァイオレットの懐事情はかなり楽になる。
これで報酬にこだわらずにクエストを選ぶ余裕ができるし、冒険者生活も少しずつ安定してきそうだ。
ちなみに今日の食事は薄切りのじゃがいもをチーズと一緒に焼き固めたじゃがいものガレットと、オニオングラタンスープにした。
サラダがないが、気にする人はいなかった。余裕ができたらデザートも作りたいが、まだ先になりそうだ。
また、この辺りの家にしては珍しくシャワー室があるというので、そちらも掃除した。
正確には水浴びの小部屋と呼ぶのが正しいだろう。
キッチンと同様に、水がめと、それにつながる蛇口があるだけだ。
排水溝があるから下水道があるのかと期待したが、溝が家の外まで引かれ、なんとなく外に水がはけるようになっているだけだった。使いすぎると外が水でぬかるむ。
こんなものがあるとは、元々は名士の家だったのだろうか?はたまた、きれい好きの変わり者の家だったのだろうか。
ヴァイオレットには知る由もないが、掃除をしない彼らのせいで髪の毛や油が詰まり、水の流れが悪くなっていた。
これではシャワーの持ち腐れで、とても使えなかっただろうに。
ピンセットを使って慎重に異物を取り除き、最後に洗剤で念入りに洗浄すると、水が流れるようになった。
「ふぅ、いい感じ!」
その夜、ヴァイオレットはもちもちのベッドの上で明日の予定を考えていた。
「明日はギルドに行って、緊急の依頼がなければのんびり過ごそうかな」
緊急性の低いクエストを選び、ゆっくりとこなすのも悪くない。
それが終わったら、ショッピングを楽しむのもいいだろう。
「ウィンドウショッピングでも、この世界の服やバッグ、靴を見ておけば色々と参考になるし」
頭の中で想像を膨らませながら、彼女はだんだんと眠気に引き込まれていく。
「これからの生活が楽しみね……」
そう呟いて、ヴァイオレットは静かに眠りについた。