作品タイトル不明
15.料理の依頼
翌朝、ヴァイオレットはキッチリと整えた身なりで宿を出ると、ギルドへ向かって歩き出した。
逃亡を決めたときは秋だったのに、すっかり冬めいてきた。
朝の空気は冷たく、白い息が街路に漂う。
人々が活気にあふれた朝市の準備を進めるなか、彼女の心はすでに次のクエストで何をするのかに向いていた。
「さあ、今日はどんなクエストがあるのやら」
ギルドの重厚な扉を押して中に入るとざわめきに包まれる。
冒険者たちで賑わう中、ヴァイオレットはクエストボードの前に立ち、掲示された依頼の内容に目を走らせた。
モンスター討伐、採取依頼、護衛――種類は豊富だが、どれもランクFの自分には少し難しそうなものばかりだ。
「ん?」
その中に見覚えのある名前を発見し、彼女の眉がぴくりと動いた。
『依頼者:血戦の誓約者 依頼内容:調理補助および一食の準備』
「昨日の今日で、また……?」
ヴァイオレットはジト目をしながら掲示板を見上げた。
昨夜の掃除の一件で懲りていないのか、彼らは再び彼女に家事の手助けを求めているようだ。
ため息をつきつつも、断る理由もないので受注を決めた。
「本当に自分たちで何とかする気がないのね……」
呆れた様子で依頼書を受け取ると、ヴァイオレットはさっそく彼らの貸し家に向かった。
到着すると、家の中から話し声と何かが床に落ちる音が聞こえてきた。
ドアをノックして中に入ると、相変わらず散らかった部屋が目に飛び込む。
「おお、ヴィー! 来てくれて助かったよ!」
ヘンリーが笑顔で迎え入れる。
彼の背後にはテレンスとチャールズが椅子に座っており、ダレンは静かに角で腕を組んでいた。
「今回はご飯?」
ヴァイオレットは依頼書を手に、少しジト目で彼らを見つめた。
「いや、実はさ……腹が減って仕方ないんだけど、みんな料理ができなくてさ」
ヘンリーは後頭部を掻きながら言う。
「昨夜の掃除で、俺たちの生活に革命が起きたんだ。で、次は飯だろうって話になってさ。食堂で食ってもいいんだが、あのサンドイッチが美味かったからな」
チャールズが笑いながら補足する。
「はあ……分かりました。では、台所を使わせてください」
ヴァイオレットは再びゴム手袋を【創造】し、腕まくりをしてキッチンへ向かった。
キッチンには「魔石冷庫」と呼ばれる収納箱が設置されていた。
これは魔石の力で内部を冷やし、食品を長持ちさせる便利な道具だ。
中を開けてみると、中途半端に食べかけの肉や、使いかけの野菜が雑然と詰め込まれていた。
「整理するところから始めるのね……」
ヴァイオレットは食材を取り出し、まだ使えそうなものとダメになったものを選別した。
魔石冷庫の中は盲点だったので昨日は掃除していなかった。
幸い、塩漬けの豚肉が見つかり、これで何か作れそうだ。
かごには玉ねぎと干からびかけたニンジンがあり、吊るされたにんにくも残っている。
調味料棚を確認すると、塩が残っていた。
ヴァイオレットはこれらを使ってスープを作ることに決めた。
「どなたか、セロリとニンジン、バゲットを買ってきてくださーい!!」
声を張り上げると、ドタドタと足音が降りてきた。たぶんダレンだろう。
無口なようでいて食への執着はなかなかのものらしい。
まず、鍋に水を【創造】して火にかける。
玉ねぎとにんにくを細かく刻み、肉を一口大に切って炒める。
白ワインは誰のだか知らないがストックされていたのを拝借する。罪悪感などない。
白いんげん豆は一晩水に漬けておかなければいけないところだが、そんな余裕はなかったのでこちらは水煮の缶を【創造】して使わせてもらう。
しばらくするとダレンが山のように食材を抱えて戻ってきたので、「こんなに沢山じゃなくてもよかったのに、でもありがとう」と苦笑しながら受け取った。
残りの野菜を刻んで入れ、煮立ったら蓋をして弱火にする。
ローリエもなかったので、【創造】した残りはキャニスターにしまっておいた。サービスだ。
「これで煮込めば、簡単だけどおいしいカスレができるはず……」
本当ならトマトが欲しいところだが、あまり季節外れの野菜を使っても不審に思われるかもしれないので止めた。
バゲットの表面を焼くのは食べる直前でいいだろう。
スープが煮込まれている間、キャロットラペを作ってしまおうと新鮮な方のニンジンを切っていると、よたよたとテレンスが寄ってきた。
「ヴィー、なんかすごくいい匂いがするけど……」
「テレンスさん、まだもう少しかかりますから待っていてくださいね」
ヴァイオレットは鍋を指さして答えた。
いつの間にかヘンリーとチャールズ、ダレンもキッチンに集まっていた。
ヴァイオレットを囲んでお腹を鳴らす男たちに耐え切れず、ヴァイオレットは声をあげて笑った。
ほっこりとした匂いが家中に広がる中、ヴァイオレットは完成した料理を食卓に並べた。
塩豚のカスレ、カリカリのバゲット、それからまだ味は沁みていないかもしれないけれど、キャロットラペ。
「さあ、召し上がれ!」
4人の目が輝き、スープを口に運ぶと、全員が驚いた顔をした。
「うまい! こんなにうまい飯、久しぶりだ!」
チャールズが歓声を上げ、ヘンリーもスープを飲みながら頷いている。
「ヴィー、本当にありがとう。お前がいなかったら、俺たち全員飢え死にしてたぞ」
ヘンリーの感謝の言葉に、ヴァイオレットは微笑んだ。
「いえいえ。これくらいならいつでもお手伝いしますよ。でも、少しは料理を覚えたほうがいいと思いますよ?」
彼らは笑いながら、「そのうちな」と軽く流すのだった。