作品タイトル不明
scene:224 魔狼砲
パトリックが天黒狼を見たいというので、コンテナハウスの外に出て収納碧晶から取り出した。
「わっ、デカイがね」
他の魔術士たちも驚いていた。
パトリックたちがワイワイ言っているところに、宮廷魔術士たちが到着した。
「クッ、遅かったか。誰が倒したのだ?」
宮廷魔術士が十人ほどで来て、代表らしい魔術士が尋ねた。
「魔術士協会のリカルドとリョゼン伯爵が倒したがね」
宮廷魔術士のカヴァニスは、面白くなさそうな顔をする。
カヴァニスが横たわっている天黒狼の死骸を見つめた。
「ふん、伝説の魔獣と呼ばれていたが、大したことはなかったのだな」
パトリックがジト目でカヴァニスを睨む。
「何か言いたいことがあるのか?」
「この天黒狼は、凄い魔法を使ったそうだがや。あの惨状を見てみるがね」
パトリックが魔狼咆でめくれ上がった地面を指差した。カヴァニスは顔を強張らせる。天黒狼が使った魔法の威力が、分かったからだ。
「あれは魔術じゃないのか?」
リカルドが首を振って否定した。
「あれは天黒狼の魔狼咆で、めくれ上がったものです」
カヴァニスにも、それが凄まじい魔法だったことが分かる。が、そこで疑問を持った。
「あんな魔法を受ければ、死んでいるはずだ」
パトリックがリカルドの肩に手を回して、自慢そうに言う。
「このリカルドは、防御用魔術というのを開発したんだがね」
「……防御用魔術……そんなものを」
防御用魔術という発想が、カヴァニスにとっては意外だったようだ。
悔しそうな顔をしたカヴァニスは、宮廷魔術士たちを引き連れて帰っていった。それを見送ったパトリックは一緒に来た魔術士たちに先に帰るように指示した。
「ワイは怪我をした伯爵の世話をしてから、帰るがね」
リカルドは天黒狼の死骸を収納碧晶に戻し、パトリックと一緒にコンテナハウスに入った。
「二人には世話をかける。すまんな」
寝台のイサルコが謝った。パトリックが笑う。
「何を言っているんですがね。リカルドと伯爵は、伝説の魔獣という災害から、人々を救った英雄ですがね」
「そう言ってくれるのは、嬉しいよ。だが、私の出番もここまでのようだ。この身体が元に戻るには、時間がかかるだろう」
リカルドも残念そうに頷いた。【命】の魔術の中には、骨折も治せる魔術が存在するのだが、それに使われる触媒は、魔境の中心にある魔界樹の実なのだ。
「この時期に、魔境の中心へ行くのは、許可が出ないでしょう」
リカルドがそう言った。イサルコも頷く。
「分かっている。下手に行って伝説の魔獣を刺激したら、大変なことになる」
「伯爵はゆっくりと養生してください。また伝説の魔獣が現れるようなことがあったら、我々で何とかします」
「そう言えば、預かっていた黒震魔砲杖は、大丈夫だったか?」
イサルコが心配そうに言った。魔狼咆の衝撃波で吹き飛ばされた時、手放してしまったのだ。
リカルドは収納紫晶から黒震魔砲杖を出して見せた。一部が破損している。
「すまん」
「謝らないでください。魔術回路が壊れただけです。こんなものは修理できますから」
リカルドとパトリックは、イサルコを担架に乗せて第四魔境門に戻り、そこからミニバンで王都まで戻った。
イサルコを治療院に運んで入院させ、リカルド一人がバイゼル城へ向かう。城門には王太子の護衛兵が、リカルドを待っていた。
そのままガイウス王太子のところに案内された。
「ご苦労、大変だったようだな」
「はい。天黒狼は何とか倒しましたが、リョゼン伯爵は右足と左手を骨折して治療院に入院しました。当分は動けないでしょう」
王太子は沈痛な表情を浮かべて頷いた。
「リョゼン伯爵とリカルドには、後で王家から感謝の品を贈ろう」
王太子がそう言った時、アウレリオ王子とサルヴァート、それにセルジオ王子が現れた。
「兄上、伝説の魔獣天黒狼を倒したというのは本当ですか?」
王太子は、無作法な現れ方をしたアウレリオ王子をキツイ視線で睨んだ。
「客人の前で、そのような大声を出すな」
睨まれたアウレリオ王子は畏まって姿勢を正した。
「少し興奮したようです。申し訳ありません」
「まあいい、天黒狼を倒したのは、そこに居るリカルドとリョゼン伯爵だ。伯爵は怪我をして入院されたそうだ」
「リカルド、どのような戦いだったのだ。話してくれ」
アウレリオ王子の頼みである。リカルドは最初から話した。アウレリオ王子とセルジオ王子は目を輝かせて聞いている。似ていないという評判だが、こういうところは似ているらしい。
話を聞いたセルジオ王子が、溜息を漏らした。
「はあっ、天黒狼の魔狼咆か、見たかったな」
「セルジオは気楽だな。リョゼン伯爵は魔狼咆の衝撃波で、右足と左手を骨折したという話なのだぞ」
「ですが、兄上。どのような戦い方をしたのか、実際に見たかったと思いませんか?」
そう訊かれて、アウレリオ王子も言い返せなかった。
王太子がリカルドに目を向けた。
「リカルド、収納碧晶に入れてきているのだろう。見せてくれぬか」
「分かりました。それでは外に参りましょう」
城を汚すとまずいので、訓練場に向かった。一同が訓練場に入ると、リカルドは収納碧晶から天黒狼の死骸を取り出した。
「こ、これが天黒狼か」
「伝説の魔獣ですか」
天黒狼は死骸となっても、周囲に威風を放つ存在だった。王太子は無言で天黒狼を見つめ、アウレリオ王子とセルジオ王子は思わず声を上げていた。
「この天黒狼は死骸はどうするつもりなのだ?」
ガイウス王太子がリカルドに尋ねた。
「リョゼン伯爵は任せると言ってくれました。毛皮は剥いで剥製にしようかと思っております」
「まさか、ユニウス料理館に飾るつもりでは、ないだろうな」
「いえ、セラート予言が終わった後に、副都街に博物館を造ろうかと考えているのです」
王太子が『なるほど』というように頷いた。
「肉はどうするのだ?」
リカルドはジト目で王太子を見た。
「食べる気ですか?」
「伝説の魔獣だぞ。旨いかもしれぬではないか。試してみるべきだ」
ガイウス王太子は普段から美味しいものを食べているはずなのに、食への拘りが強い。美味しいのなら、何でも試してみようとする意気込みが旺盛なのだ。
「試すだけなら構いません。好きなだけ肉を切り取って試してみてください。但し、毒見だけは念入りにお願いします」
王太子は厨房から料理人たちを呼んで、天黒狼の肉を料理するように命じた。料理人たちが包丁を天黒狼に突き立てたが、その皮は強靭で包丁を弾き返した。
「これを使いましょう」
リカルドが黒震槍を取り出して、空震刃で皮を切り裂き肉を一抱えほど切り取った。
死骸を収納したリカルドは、王太子たちと一緒に城に戻った。
「伝説の魔獣にも、黒震魔砲杖が有効だったのだな?」
アウレリオ王子がリカルドに確認した。
「はい、歪曲空間弾が天黒狼の肉体を貫通しましたので、有効です。但し、天黒狼は高い自己治癒能力を持っているので、仕留めることはできませんでした」
「なるほど、仕留めるには魔術が必要だったということか」
アウレリオ王子は自分で伝説の魔獣を倒そうと思っているのだろうかと、リカルドは心配になった。そんな話をしている間に、天黒狼の料理が出来上がった。
出された料理はハンバーグのようなものだった。ユニウス料理館でハンバーグも出しているので、それを真似て作ったのだろう。
料理長に確認すると、そのままステーキにしたのでは、肉が硬すぎるのでミンチにしてハンバーグにしたそうだ。そのハンバーグは絶品だった。王太子も気に入り、天黒狼の肉を二百食分ほど買い取ると言い出す。
肉の半分はイサルコのものだと思っているリカルドは、自分の分から二百食分を王太子に売った。
王太子への報告を終えたリカルドは、副都街に戻った。自宅に戻ったリカルドを、モンタが飛びついて歓迎する。
「どこ行っていたの?」
「ミル領の第四魔境門だよ。凄い魔獣が暴れていたんで退治に行ったんだ」
「ふーん、モンタも連れて行ってくれれば、一緒に戦ったのに」
リカルドは笑ってモンタを抱き締めた。
「あっ、リカルド兄ちゃんが帰ってきてる」
賢獣のティアを抱いたパメラが嬉しそうな声を上げた。
リカルドは家族の顔を見てホッとした。その日はゆっくりと休む。
次の日は副都街の皮を扱う職人たちに手伝ってもらって、天黒狼の皮を剥いだ。肉は切り分けて冷凍収納碧晶に入れる。
解体して分かったのだが、天黒狼の喉の部分に特殊な骨があった。靴べらのような形をした骨で、魔力コーティングしていないのに、雪華紋のようなものが表面に浮かんでいる。
リカルドはその骨を綺麗にして調べることにする。
十日ほど調べた結果、『魔狼骨』と名付けた骨に向かって魔力を帯びた風を吹き付けると、それが魔狼咆のような魔法を発生させることが分かった。
ただ魔狼咆ほどの強大な威力を持たせるためには、膨大な魔力が必要だった。
「魔力蓄積結晶を魔力の供給源にすると、威力は十分の一にもならないのか。……それでも脅威度5程度の双角鎧熊や暴黒モグラは倒せる」
リカルドは兄のアントニオ用の武器として魔狼骨を使うことに決める。但し、製作を始める前にイサルコの許可を取らねばならない。
イサルコが入院している治療院へ行って、病室に入る。
「お見舞いに来てくれたのか?」
「お見舞いでもあるんですが、伯爵に許可をもらいたいことがあって来ました」
「許可? 何のことだ?」
リカルドは魔狼骨について説明した。
「なるほど、その魔狼骨を使いたいというのだな。天黒狼の素材については、お前に任せると言ったはずだぞ」
「しかし、魔狼骨は特別なものですから」
「私はそれほどケチではないぞ。独角ライフルやトゥイストホーンを作ってもらった代金を受け取ってもらえなかったが、その代わりに魔狼骨はリカルドにやる」
リカルドはイサルコに感謝した。
イサルコの許可を取ったリカルドは、魔狼骨を利用して魔狼咆ではなく『魔狼砲』を製作した。形はライフルに似ているが、銃口が大きいのでグレネードランチャーに見えるような武器となった。
仕組みは簡単で、魔狼骨に魔力を流し込むと同時に魔砲杖と同じ魔術回路で【風】の中級魔術【重風槌】を前方に撃ち出すものだ。
魔狼砲は魔砲杖とほとんど同じ仕組みなのに上級魔術に匹敵する威力を発揮する武器となった。
それをアントニオに渡すと、アントニオが苦笑する。世界に一つしかない武器をプレゼントされたのだから、嬉しいのだけど……。
「俺は魔獣と戦いに行くつもりはないんだがな」
「でも、この副都街に魔獣が現れないとも限らないんだ」
「まさか……」
アントニオは信じられないようだ。
「獣型の魔獣は、魔境門の門衛や魔術士協会、それに宮廷魔術士が退治することになっているけど、鳥型の魔獣が副都街に直接飛んでくる恐れもあるんだよ」
「そう言えば、熊喰い鷲が王都を襲った事件もあったな」
「ええ、油断はできないです」
「……万一のために、預かっておこう。たぶん、使わないと思うのだが」
そんな話をリカルドとアントニオがしている頃、魔境を一匹の巨獣が東へと進んでいた。巨蟻ムロフカである。ムロフカは、そこがどんな魔獣の縄張りかなど関係なく一直線に進んでいた。
そして、爆雷鳥が棲む森を通ったムロフカは、容赦なく木々を薙ぎ倒して爆雷鳥の巣を滅茶苦茶にした。怒った爆雷鳥は、空中から得意の魔法である爆雷を投下した。
ムロフカの巨体にオレンジ色に輝く玉が降り注いだ。爆雷はムロフカに接触すると爆発して火炎と放電現象のような火花を飛び散らせた。
この攻撃に怒ったムロフカは、巨大な大顎を擦り合わせ『魔の滅死響』と呼ばれる凶悪な轟音を発生させる。その音は聞いた者の神経を切り刻み、脳を破壊する効果があった。
何羽もの爆雷鳥が死に、生き残った爆雷鳥は魔境の外へ逃げた。