作品タイトル不明
scene:204 賢者ミミズクのラウロ
王太子がモルドス神国への刺客として選んだ者は『闇狩り』と呼ばれている一族の男だった。すでに五十を超えており、特徴のない男だ。
その日、王太子は賢者ミミズクのメルの兄弟であるラウロと一緒だった。王太子はラウロを肩に乗せて、城の庭園を歩いていた。
庭園の一角に東屋があり、そこの椅子に座る。東屋の傍には茂みがあり、そこに気配を殺した闇狩りが潜んでいた。闇狩りは王家に古くから仕える一族で、至高の隠身術と絶対的な忠誠心を持つ一族だった。
「今回の標的は、モルドス神国の教皇王である」
ラウロは王太子が誰に対して話しているのか分からなかった。闇狩りの気配を気づけなかったからだ。そして、変な勘違いをしてしまう。
これは王太子が自分に向かって命令しているのだな、とラウロは思ったのだ。王太子が重大な使命を自分に与えた。嬉しいと本気で思った。
王太子は教皇王についての情報を語り、最後に告げた。
「必ずやり遂げろ。頼むぞ」
ラウロが武者震いで身体を震わせる。闇狩りの男が去った後、ラウロが王太子の肩から東屋の屋根に飛び乗った。王太子はラウロの様子が変なのに気づき首を傾げた。
「ラウロ、どうしたのだ?」
翼を広げたラウロが、誇らしそうに告げた。
「殿下、ラウロはやるのです。絶対に教皇王に罰を与えるのです」
そう言ってラウロが空高く飛び上がった。
王太子はラウロが言った意味が最初分からなかった。そして、教皇王の暗殺指令をラウロへ命じたと勘違いしたのだと気づいた時には、ラウロの姿が見えなくなっていた。
「これは……まずいな。ラウロを止めなければ」
だが、空を飛んでモルドス神国へ向かったラウロに追い付けそうな者がいない。
「一人、いや、一羽だけ居た」
王太子はサムエレ将軍を呼び出し、副都街へ行く準備をしろと命じた。
将軍が護衛兵を手配し王太子は、副都街へ向かった。副都街へ到着した王太子は司政庁舎に入り、司政官のアントニオを呼び出した。
アントニオは外に出ていたらしく、外から駆け戻ってきた。
「遅くなって申し訳ありません」
「よい、いきなり呼び出したのは、余である。頼みがあるのだ。メルを貸してくれないか?」
「メルでございますか」
アントニオは上空で警戒活動をしているはずのメルを、笛を使って呼び寄せた。
「なになに、どうしたの?」
メルがアントニオの腕に下り立った。
王太子はラウロの件を話し、ラウロが教皇王を襲う前に止めるように頼んだ。ラウロとメルは自由に空を飛べるようになってから、自分たちが兄弟だと知り仲良くなっていた。
「何で止めるのぉ? 悪い教皇王に罰を与えるんでしょ」
「そうなのだが、それは他の者に頼んである」
「そうなのぉ、分かった。ラウロを止める」
メルは北東に向かって飛び立った。メルたちは三兄弟なのだが、もう一羽を育てている商人のベルナルドはミル領へ行っている。王太子の選択肢には、メルしかなかったのだ。
「ラウロ、おっちょこちょい。早く止めなきゃ」
メルは全速で飛んだ。
その頃、ラウロはボニペルティ領の上空をウォダル河を目指して飛んでいた。ラウロの頭には、王国の地図が入っている。王太子に教えてもらったもので、モルドス神国への道筋は大体分かっている。
途中、大きな猛禽に遭遇した。トラワシと呼ばれている肉食の大鳥で、ウサギや他の鳥を餌にしている。
「トラだ。嫌なのに遭っちゃった」
トラワシはラウロを見つけると、接近してきた。ただのミミズクだと思っているらしい。トラワシが近付いた瞬間、ラウロが『威鳴』を放った。賢者ミミズク特有の魔法である。
麻痺の効果を持つ鳴き声は、トラワシを直撃した。短く甲高い悲鳴を上げたトラワシが、翼を自由に操れなくなったようで、くるくると回りながら地面に落ちてゆく。
「ラウロを襲うなんて、バカなトラ」
賢者ミミズクは、空を飛ぶ魔獣を除けば空の王者とも呼べる存在だ。なので、誇り高く、空を飛ぶことを邪魔するものは許せないと思うようだ。
ウォダル河を見つけたラウロは、河を遡るように飛び始める。
途中で休憩しながら飛ぶ。腹が減ったので、大きな川魚を捕まえて食べた。ラウロはどうやって教皇王を攻撃するか考えた。
ラウロは宮廷魔術士から魔術を習っている。賢者ミミズクはモンタと同じで、【風】の魔術ならば、触媒なしでも使えるのだ。
「【嵐牙陣】がいいかな」
暗くなってきたので、野営することにした。野営と言っても、木の上で休むだけである。夜目の利く賢者ミミズクだが、上空からだと夜の地形は分からないので、夜間長距離飛行は難しい。
それにたくさん飛んだから疲れた。
翌朝、十分に休んだラウロが枝から飛び立った。メルビス公爵領を通過して、モルドス神国に入る。上空から見るモルドス神国は、荒れていた。町の建物が壊れ、田畑も放棄されている場所がある。
「モルドス神国の教皇王、ダメ」
教皇王へのラウロの評価は、厳しいものだった。モルドス神国を北東へ飛び、首都ベリアスを目指した。ベリアスへの目印となるのは、国境線から首都へと続く街道である。一本の幅が広い道が首都へと続いているのだ。
「あれだ。ベリアスだ」
ラウロは山の上に築かれた巨大な城を発見した。ブラジコフ教皇王が住むベリアス城である。
「教皇王を探さなくちゃ」
ラウロは城に植えられている木の枝に止まって、教皇王を探し始めた。
一方、ラウロを追ってモルドス神国に入ったメルは、ベリアス城へ向かう途中で山賊ウルフの群れが村を襲っているのを目にした。
住民が百人ほどしかいないような小さな農村である。普段は山を棲家としている山賊ウルフが里まで下りてきたのは、冬が厳しく餌になる小動物が少なくなったからだ。
ロマナス王国では穏やかな冬になったが、モルドス神国はなぜか厳冬となった。山々に雪が降り積もり、鹿などの草食動物が里へと移動したのだ。
その鹿を追って山を下りた山賊ウルフの群れは、途中で小さな村を発見した。飢えていた狼たちは、村人に襲いかかり悲惨な事件を引き起こしたらしい。
「急いで、村長さんの屋敷に避難するのよ」
母親が小さな女の子の手を引っ張っている。その背後には一匹の山賊ウルフが迫っていた。女の子は泣きながら懸命に走った。
女の子が転び、母親と繋いでいた手が離れる。
その様子をメルは空中から見ていた。
「パメラと似てる」
女の子が転んだ瞬間、メルは翼を折り畳み急降下の体勢に入った。そして、山賊ウルフが女の子に牙を突き立てようとした時、メルが【風斬】の魔術を放つ。
魔術により生まれた風の刃は、山賊ウルフを切り裂いた。
女の子と母親は、何が起きたか分からず目を丸くしている。メルは母娘の頭上にある木の枝に止まり話し掛けた。
「早く逃げなきゃ」
母娘は頭上を見上げる。そこに一羽のミミズクがいて驚いた。
「あなたが助けてくれたの?」
娘が声を上げた。メルは頷いた。
「そうだよ。早く逃げなきゃ。またオオカミが来るよ」
「あ、ありがとう」
喋(しゃべ) るミミズクに驚いた母娘だったが、感謝して村長の屋敷を目指して走り出した。
そして、村長の屋敷に隠れている村人に、神の使いらしい鳥に助けられたと告げた。
「神の使いだって、まさか……」
他の村人は信じようとしなかった。だが、鳥に助けられたという村人が次々に逃げ込んでくると、他の人々も信じるようになった。
メルは目に入った山賊ウルフを倒していた。
「オオカミは悪い子、だから倒す。教皇王も悪い子、だから倒す。でも、ラウロが倒すのダメだという。なぜかな? ラウロが倒しても良さそうなのに……そうか、他の人に頼んだから、その人の仕事を取っちゃダメなんだ」
疑問が解決して、メルはスッキリした。
メルが群れの半分ほどを仕留めると山賊ウルフは逃げていった。それを見送ったメルは、二度と来るなという威嚇を込めて叫んでから、村を飛び立った。
メルは街道沿いに飛び、首都ベリアスを目指した。ベリアスに到着したメルは、ラウロを探した。ラウロはすぐに見つかった。ベリアス城の屋根の上にいた。
そのラウロが飛び立った。見ると城のバルコニーに複数の人間が出てきて、城下町を見つめている。バルコニーに出てきた人物の一人がブラジコフ教皇王だったようだ。
「ラウロ、ダメ!」
メルが叫んだ。しかし、ラウロは気づかずに急降下を始めた。バルコニーにいる人々は、全く気づいていないようだ。メルの叫びも距離が遠いので、聞こえていない。
ラウロは教皇王の真上から【嵐牙陣】を放った。十数もの風の刃が生まれ、真下にいる教皇王へ殺到し切り刻む。メルは間に合わなかったのだ。
「ラウロ、ダメだって言ったのに」
ラウロが空高く上昇したので、メルも上昇して声をかけた。
「メル! 何でここに?」
ラウロがびっくりしたように声を上げた。
「王太子殿下がね。ラウロが誤解しているって」
「誤解……何を?」
メルは城の屋根に着陸して、ラウロに説明を始めた。
「ええーっ、あれはラウロへの命令じゃなかったのー」
下の方で大騒ぎする声が聞こえてきた。
「た、大変だ。陛下が殺された」
「犯人を探せ!」
「城を、いや、ベリアス全体を閉鎖しろ。大罪人を絶対に逃がすな」
ベリアスで戒厳令が発令された。軍に大きな権限が移譲され、軍はベリアスを閉鎖。その閉鎖は全く意味のないものだった。
なぜなら、犯人であるラウロは、自由に空を飛んで抜け出したからだ。もちろん、メルも一緒である。
「ラウロは、殿下に怒られるのかな?」
しょげている兄弟をメルは慰めた。
「大丈夫だよ。教皇王は悪い子だったみたいだから、仕事を取っちゃった人にラウロが謝ればいいんだ」
「そうだね。途中でウサギを狩って、持っていこうか」
「それがいいよ」
ラウロとメルが戻ってきて、王太子とアントニオに報告した。それを聞いたアントニオは、慌ててリカルドに相談する。
「間に合わなかったのは仕方ないよ。メルも頑張ったんだから」
「そうだな。でも、モルドス神国はどうなるんだ?」
リカルドは首を傾げた。宗教国家というものをあまり理解していなかったからだ。
一方、報告を受けた王太子は、サムエレ将軍と顔を見合わせ溜息を吐いた。
「殿下、どういたしましょうか?」
「そうだな。諜報部隊をモルドス神国へ派遣し、教皇王が神を裏切る行為をしたので、神が天罰を下したという噂を広げさせろ」
将軍が頷いた。
「それで闇狩りの一族は?」
「教皇王が殺されたのだ。すぐに戻ってくるだろう。今回はこちらの手違いだから、成功報酬を全額支払う」
「そうですな。しかし、賢者ミミズクとは、恐ろしい存在ですね」
王太子が苦笑した。ラウロは可愛い家族なのだ。二度と間違いが起きないようにしようと決心した。
同じ頃、ベリアスに到着した闇狩りの男は、閉鎖されたベリアスの門の前でうつろな目をしていた。
「どうした。そんな顔をして?」
通りすがりの魔獣ハンターが声をかけた。
「いや、ベリアスで大事な仕事があったのだ。それが、これだ」
ベリアスへの出入り口が閉鎖され、その閉ざされた門を多くの兵士が守っていた。
「仕方ねえよ。教皇王陛下が亡くなられたんだ」
「病気か何かで、亡くなられたのか?」
「いや、噂じゃ殺されたらしいぞ」
「な、なんてことだ」
闇狩りの男は教皇王が亡くなったことを嘆いているフリをしながら、引き返し始めた。