作品タイトル不明
scene:205 セラート予言の始まり
教皇王を失ったモルドス神国は、恐ろしいまでの混乱に陥った。それはガイウス王太子が神罰によりブラジコフ教皇王がなくなったのだ、と噂を流したせいでもある。
モルドス神国は、天空神クライールを信じる天空神教の宗教指導者たちが支配する国家だ。そのトップである教皇王は、神の啓示により次期教皇王が決まることになっている。
しかし、実際は違う。次期教皇王となるのは、前教皇王が指定した者に限られていたのだ。ところが、今回だけは前教皇王が指定した者を次期教皇王にできない。
なぜなら前教皇王が神罰によって殺されたと噂になっているからだ。神罰が下った者が選んだ者を教皇王にはできない。天空神教の幹部は、今こそ自分が教皇王になるチャンスだと思い始めた。
ロマナス王国の諜報部隊は、その様子を探り出し王太子に報告した。
「なるほど、モルドス神国はしばらく混乱が続きそうだな」
モルドス神国との紛争は、王太子にとって満足のゆく結末となった。
諜報部隊の長が、気になる噂を報告した。
「神の使いである鳥が現れて、村を襲った山賊ウルフを退治したというのです。これはラウロのことでございますか?」
王太子は首を傾げた。そして、ラウロを呼ぶ。
「ラウロ、モルドス神国の小さな村を襲った山賊ウルフを倒したのか?」
「違うよ。きっとメルだよ」
王太子が納得したように頷いた。リカルドの家で飼われている賢者ミミズクなら、山賊ウルフごときを一掃するのも難しくないだろう。
やがてモルドス神国の噂が、ロマナス王国にも伝わった。ブラジコフ教皇王の件は自業自得だと思われた。だが、神の使いである鳥については、鳥型の賢獣なのではないかと貴族の間で噂になった。
そうなると、賢獣を欲しがる貴族が増え、貴族の家臣が賢獣を探して走り回ることになった。おかげでアントニオのところにもメルを売ってくれという者が現れ迷惑する。
ブラジコフ教皇王の死と賢者ミミズクの存在を紐付けて考える者は現れなかった。但し、それは表向きのことで、貴族の中には疑っている者が存在した。
その貴族たちはモルドス神国の刺客がバイゼル城に忍び込み、国王の妹が毒で倒れたという情報を手に入れていた。そして、王太子がラウロという賢者ミミズクを飼っていることも知っていたのだ。
大国の王であっても、ロマナス王国の王族を害した者は容赦なく始末する王太子。その断固たる行動力と手腕を頼もしく思いながらも、賢者ミミズクという存在を恐ろしいと数人の貴族たちは思った。
しばらくの間は、モルドス神国のことで噂が飛び交い、難民も増えたので王太子は忙しい日々を過ごすことになった。そんな王太子がラウロを肩に乗せ、また庭園の一角にある東屋を訪れた。王太子は茂みをチラリと見てから語りかける。
「今回は、ご苦労だった。ここに報酬を置いておく」
ラウロは首を傾げた。気配を感じないからだ。
「いえ、その報酬は受け取るわけには参りません。私は仕事をしていないのですから」
茂みから響いた声を聞いて、ラウロはびっくりして目を見開く。
「仕事をできなくしたのは、我々の手違いだ。報酬は受け取ってくれ」
王太子が立ち上がり、東屋を離れる。ラウロは後ろを振り向いて謝った。
「仕事を取っちゃって、ごめんなさい」
その時初めて、茂みの奥で気配が生まれた。
王太子が立ち去った後、闇狩りの男は茂みから出てきた。東屋の椅子の上に金貨が入った袋と死んだウサギが置かれている。
「あれは賢者ミミズクか。だが、仕事を取ったとは、どういう意味だ。……まさか」
男は丸々と太ったウサギを見て苦笑いを浮かべた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
その頃、リカルドは副都街のエンジン工場にいた。破壊されたルシープの替わりを製造するためだ。今度はミニバンタイプの車にすることにした。
工場の職人たちと話し合い、リカルドも手伝って造り上げていく。
「やっと探し当てた」
その声はアントニオのものだった。
工場の入り口を見ると、アントニオの姿がある。
「どうかしたの?」
「モンタを追いかけ回している貴族の子供がいるんだ。どうやらバイゼル学院の生徒らしい」
貴族の子供が相手となると扱いが難しいので、バイゼル学院の講師でもあったリカルドに相談に来たらしい。貴族の賢獣探しが、その子供たちにまで伝染したようだと思ったリカルドは、溜息を吐いてモンタの救出に向かった。
大公園の落葉樹の林の中で、数人の子供たちがモンタを追いかけていた。一人の子供の手には、魔功銃が握られている。子供に魔功銃を持たせるなんて、親の顔が見てみたいものだ、とリカルドは思った。
「君たち、モンタを追い回すのはやめてくれ」
リカルドが声をかけると、四人の子供がリカルドの方へ顔を向けた。
「モンタって、この賢獣のことか?」
「そうだ。モンタは自分の賢獣なんだ」
一番背が高い生意気そうな子供が不満そうな顔をする。
「お前の賢獣だっていう証拠がどこにある」
リカルドは木の上にいるモンタを呼んだ。モンタは宙を飛び、リカルドの肩に着地した。
「リカ、こいつらモンタを撃とうとしたんだよ」
リカルドは子供たちに視線を向けた。
「この通りだ。モンタを追いかけないでくれ」
「そんなんじゃ証拠にならない。そいつに名前でも書いてあるなら見せてみろよ」
リカルドは何だか面倒臭く感じ始めていた。こんなアホガキを相手にしていられないと感じたのだ。
「モンタ、【竜巻】なら使っていいぞ」
それを聞いたモンタが嬉しそうな顔をする。追いかけ回されてストレスが溜まっていたのだろう。
モンタはリカルドの肩から飛び上がって、木に駆け登った。
「あっ、逃げたぞ」
子供たちが追いかける。だが、モンタは逃げたのではなかった。木の上で足場を固めると、魔成ロッドを取り出した。
「あいつ、生意気にロッドを取り出したぞ。どこから出したんだ?」
子供たちが騒いでいる。魔功銃を持っている子供が、モンタに向ける。
「やめろ!」
リカルドが叫んだが、子供は引き金を引いた。モンタは、魔功銃がどんなものか知っていた。なので、身軽にぴょんと空中に飛び出し隣の木に移った。
衝撃波が木の幹に命中し、その衝撃で木全体が揺れる。それを見たモンタは怒った。あんな危険なものを自分に向けたのだと分かったからだ。
モンタは子供たちに向けて【竜巻】の魔術を放つ。本気で怒ったモンタが作り出した竜巻は、強烈だった。
「嘘、あいつ、魔術を……」
子供たちは逃げようとしたが、竜巻が子供たちを捕らえ巻き込んで空中に舞い上げる。
「うわーっ、助けてぇー」「目が回りゅー」
子供たちの悲鳴が聞こえて、リカルドがやれやれという顔をする。
四、五メートルほどまで持ち上げられた子供たちが、竜巻が消えると同時に放り出された。悲鳴を上げながら落下する子供たち。地面に叩きつけられた子供たちは大きな怪我は負わなかったが、多数の青アザを作ったようだ。
モンタが木から下りて、リカルドの肩に飛び乗った。
「貴様、キャメル子爵家の長男である僕に、こんなことをして、どうなるか分かっているんだろうな」
半泣きの子供が、リカルドの方を見て怒鳴り声を上げた。
「父上に言って、お前を罰してやるからな」
別の子供も真っ赤になって怒り叫んだ。
リカルドが胸を張って子供たちを睨む。
「自分は魔術士協会の魔術士リカルドだ。モンタに手を出すことは許さない」
実戦を潜り抜け、数多くの強敵を倒してきたリカルドの目には、凄まじい力があった。その眼光を浴びた子供たちは怯え逃げ出した。
逃げ帰った子供たちの一人であるキャメル子爵家の長男は、屋敷に戻り父親に泣き付いた。
「ふむ、生意気な魔術士だ。儂が抗議してやろう。何という名前の奴だ?」
「えーと、リカルドとか言っていました」
キャメル子爵の顔が強張った。
怖い目となった子爵は、息子を睨んだ。
「もう一度、名前を言いなさい」
長男は父親の目に不穏なものを感じて、逃げ腰となった。
「リカルドです」
キャメル子爵の手が、息子の顔を張り倒した。
「馬鹿者! 貴様はキャメル子爵家を潰すつもりか」
長男が殴られた理由が分からないという顔をしているので、睨んでから説明する。
「魔術士協会のリカルド殿は、王太子殿下が後援されている魔術士だ。それにリカルド殿と兄上のアントニオ殿は二人で協力して副都街を創り上げた凄い方たちなのだ」
「で、でも、副都街の司政官は、男爵待遇だと聞いています。子爵家の僕らが……」
「馬鹿者! リカルド殿は王太子殿下の唯一の友人だと言われている。彼が王太子殿下に、このことを報告すれば、どんな災難がキャメル子爵家に降りかかるか分からんのだぞ」
キャメル子爵は長男と一緒にリカルドに迷惑をかけた子供たちの親にも連絡を取り、一緒に謝りに行った。
リカルドは魔術士協会の訓練場で、モンタと一緒に魔術の練習をしていた。リカルドの周りには、革新派の魔術士たちも練習をしている。
子爵たちが訓練場に入ってきたのに気づいたのは、シドニーだった。
「どちら様でしょう?」
キャメル子爵と一緒に来た一人が、子爵の名前とリカルドに用があることを告げた。
「これは失礼しました、子爵様。リカルド殿はあそこで練習をされています。少し待ってもらえませんか」
「いいだろう」
子爵たちがリカルドに近付こうとしたので、シドニーが止めた。
「上級魔術の練習をしていますので、安全のために少し離れて、お待ちください」
本当は呪文を聞かれたくないからだ。
リカルドが【九爪竜撃】の魔術を放った。空気を圧縮して生み出された竜爪が次々に飛んで的を破壊する。その的は直径五〇センチほどもある丸太だ。
野菜を包丁で切るかのように、太い丸太が真っ二つになる。その一撃は身震いするほど凄まじく、それと同じものが九回も飛翔し丸太を切り裂いた。
少し離れて見ていたキャメル子爵は、嫌な汗が噴き出し背中を流れ落ちた。
そして、威力は落ちるが同じ魔術を、賢獣が放った時には 目眩(めまい) がした。息子は、こんな化け物を追いかけ回していたのか。
キャメル子爵は息子に視線を向けた。青い顔で賢獣の姿を見詰めている。
その後、子爵たちは丁寧に謝り、リカルドの許しを得た。
「まだ子供です。モンタの件は許しましょう。ですが、子供に魔功銃を渡すのは感心しませんね」
「いや、あれは仕舞ってあったのを、勝手に持ち出したのだ。今度からちゃんと管理すると約束しよう」
モンタの件は決着がついた。ただキャメル子爵は、この話を友人たちに広めたので、モンタは有名になってしまった。
冬が終わり、春が訪れた。新年となりセラート予言の年が始まったのだ。
リカルドとしては十分な準備をしたつもりだが、実際に十分かどうかは分からない。予想外のことが起きるだろうと覚悟している。
「新年、おめでとう」
自宅のダイニングでアントニオが声を上げた。その横には幸せそうなエレオノーラの姿がある。
リカルドも『おめでとう』と言いながら、モンタの背中を撫でた。そのモンタをパメラが奪い、一緒に椅子に座る。モンタはパメラに抱かれながら幸せそうにしている。
「ねえ、リカルド兄さん。僕にも魔術を教えてよ」
弟のセルジュが言い出した。セルジュはもうすぐ九歳になる。リカルドが魔術の勉強を始めた歳だ。
「分かった。今年から魔術を教えてやろう。でも、厳しいから覚悟しろよ」
「やったー!」
セラート予言の年が始まるのだ。少しでも身を守れるように、魔術を教えるのもいいだろう。
「マッテオも副都街で、新年を迎えれば良かったのに」
母親のジュリアが残念そうに言った。
「仕方ないよ。魔獣ハンターは遠い場所まで出かけるから」
ジュリアは頷いて、パメラの髪を結い始めた。リカルドの家族は幸せだ。この幸せを全力で守ろうとリカルドは心の中で誓った。