作品タイトル不明
scene:203 暗殺者
リカルドは暗殺者の姿を探した。だが、その姿が見えない。
「何か魔術で姿を隠しているのか?」
そうなると対応が難しくなる。リカルドは自分たちの身を守るために【炎風陣】の魔術を発動した。淡い赤みを帯びた風が渦巻きリカルドたちを包み込む。
「これは【炎風陣】ですか?」
「そうだ、グレタとモンタの魔力も味方として組み込んだから、こちらから攻撃魔術を放てるぞ」
そう言った時、街路樹の方向からナイフが飛んできた。大気を切り裂いて飛翔したナイフは、リカルドの目前で風に弾かれて地面に落ちる。
モンタがナイフが飛んできた方向に、【嵐牙陣】を放つ。十数もの風の刃が飛翔し、敵が隠れているだろう辺りに向かう。
突然、空間が割れるような現象が見えて、そこから二人の男が飛び出してきた。リカルドも知らない魔術だ。
飛び出した男の一人が、魔成ロッドを所持している。その男は魔術士らしい。魔成ロッドがリカルドたちに向けられ、何かの魔術を発動させた。
見えない何かが飛翔して、リカルドたちを守っている風の障壁にぶつかり弾かれた。
「ありえない。何なんだ、あれは」
呪殺士が理不尽なものに怒っているように言った。
「何をしている。攻撃を続けろ」
投剣士が吠えるように叫ぶ。
呪殺士が別の触媒を持ち出し、魔術の準備を始めた。それを目にしたグレタが、魔術を発動する。【雷渦鋼弾】の魔術である。バチバチと火花を散らす鋼鉄片の渦が空中に生まれ、それが呪殺士に向かって飛翔した。
魔術を放とうとしていた呪殺士は、途中で投げ出して全力で避けた。空中に身体を投げ出し、地面を転がる。
「リカルド、なぜ攻撃しないの?」
グレタがリカルドに視線を向けた。
「【炎風陣】を維持するためには、魔力を注ぎ込み続けなければならないんだが、そうしていると別の魔術を使えないようだ」
【炎風陣】を実戦で初めて使ったのだが、こんな欠点が見つかるとは思ってもみなかった。
「モンタに任せて」
魔成ロッドに魔力を注ぎ込んだモンタは、【重風槌】を発動する。
上空で空気が凝縮され、真下にいる呪殺士へ鉄槌のように振り下ろされた。呪殺士は避けようとしたが、間に合わない。呪殺士は荷車に轢き潰されたカエルのようになった。
モンタの魔術は、相当な威力があったようだ。
残った暗殺者が逃げ出そうとする。その様子に気づいたグレタが魔術の準備を始めた。
グレタが選んだ魔術は、リカルドが教えた【泥縛】だった。魔成ロッドに魔力を流し込んだグレタは、呪文を唱える。
「 アムスナル(大地と水よ) ・ ヒュジナスカ(泥濘となって) ・ グラジバイズ(引き摺り込め) 」
投剣士の足元が変化した。硬い土だったものが泥濘へと変わったのだ。その身体がズブズブと沈んでゆく。投剣士が抜け出そうと足掻くが、暴れるほど沈下速度が上がる。
アッという間に、投剣士が首まで泥濘に沈んだ。
それを見たリカルドは、【炎風陣】を解除した。モンタが駆け出し土の中に埋まっている投剣士の頭に飛び乗った。
「何で、リカをいじめたの。お仕置きだよ」
モンタが投剣士の髪の毛をむしり始める。
「痛っ、いたたた……」
やっと騒ぎに気づいた警備の兵士たちが駆け込んできた。副都街でリカルドの屋敷を警備することが、彼らの任務だったので、気づくのが遅れたのだ。
「リカルド様、ご無事ですか?」
「ああ、大丈夫です。暗殺者を逮捕して連れて行ってください」
「分かりました」
グレタがもう一度【泥縛】を使い、泥濘になった瞬間、兵士たちが暗殺者を引き上げて連行した。
「暗殺者が二人だけだったかどうかが問題だな」
グレタが心配そうな顔をする。
「また襲われるかもしれないんですか?」
「どうだろう。次に襲われる可能性が高いのは、王太子殿下だろう」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
リカルドの自宅を警備していた兵士の一人は、リカルドたちが襲われたという情報をバイゼル城へ知らせに走った。登城した兵士はサムエレ将軍に会い、間もなく犯人が連行されることを伝える。
サムエレ将軍の顔が厳しくなった。今までは暗殺者が襲ってくるかもしれないという可能性だけだったが、これで暗殺者が存在することが確定した。
「暗殺者が二人だけだということはないな。恐らくバイゼル城とリカルドという標的に、人員を振り分けただろうからな」
将軍は王太子に報告するために執務室に向かう。執務室に入った将軍は、書類を見ている王太子に声をかけた。
「王太子殿下」
「何かあったのか?」
「先ほど、リカルド殿が襲われました」
「何っ……それでリカルドは無事なのか?」
「はい。暗殺者を返り討ちにしたようです」
「ふうっ、さすが、リカルドと言うべきだな。その暗殺者はどうなった。死んだのか?」
「一人は魔術で潰されました。もう一人はグレタ嬢が捕まえたようです」
王太子が驚いた顔をする。グレタが暗殺者を捕まえたと聞いて、意外に思ったのだ。
「ほう、リカルドの婚約者も一人前の魔術士となったようだな」
「リカルド殿が、専属で鍛えたのです。当然でしょう」
「そう言うな。本人の努力がなければ、成長はしないものだ。それより、必ず余も狙われるはずだ。暗殺者を探せ」
「はっ、必ず発見します」
サムエレ将軍が執務室を出て、城の警備責任者であるアメリゴ警備隊長のところへ向かった。
「アメリゴ、不審な者が城に入ってはおらんだろうな」
「それはありません。ですが、一つ気になることがあります」
「何が気になるというのだ?」
「城の庭園を管理している庭師が、時刻を過ぎても来ておらんのです」
「何だと……その庭師は城門を通過する許可札を持っていたはず。それを暗殺者が奪った恐れがある」
「暗殺者が城に侵入していると、言われるのですか?」
そう尋ねたアメリゴ警備隊長の顔が青褪めている。
「そうだ。不審者を探せ、私は部下に庭師を探させる」
庭師の家へ行った将軍の部下は、その家で庭師の死体を発見した。そして、許可札が紛失しているのを確認。すぐさま将軍に知らされた。
「やはり、暗殺者が城に侵入したのは確実だな。だが、王太子の執務室は警備が厳重だ。近付けまい」
将軍は王太子の食事に毒を盛られる恐れがあると気づき、部下と一緒に厨房へ向かった。
王族の食事は、専用の厨房で作られている。その厨房では料理人が休憩を取っていた。
「お前たち、不審者を見なかったか?」
「いいえ、そんな者は見ておりません。というか、王家の皆様に御出しする料理を作っておりましたので、そんなのを気にする暇がありませんでした」
将軍が難しい顔になる。ということは、料理が王族に運ばれたことになる。
「いかん、止めなければ」
いきなり走り出した将軍たちの後ろ姿を、料理人たちは見送った。
将軍は部下に王家のダイニングルームへ行って、食事を止めるように命じ、自分は王太子の執務室へ向かいドアを開けた。
まだ仕事をしていた王太子は、びっくりした顔で将軍を見る。
「どうした?」
サムエレ将軍は執務机の前に置いてある食事を見た。まだ手を付けられていない。ホッとして、今までの経緯を説明した。
「ふむ、この食事に毒が入っているかもしれぬ、と言うのだな。しかし、毒見をしたはずだ?」
「はっ、毒見をした後に、毒を入れたのでは、と危惧しております」
「分かった。将軍は他の王族へ運んだ食事も止めてくれたのだな」
「部下に止めるように命じた後に、ここへ参りました」
ガイウス王太子は、将軍を従え王家のダイニングルームへ向かった。
その時、女性の悲鳴が上がった。王太子と将軍が走り出す。ダイニングルームでは、国王と二人の弟王子、それに王妹である王太子の叔母ラヴィーニアが食事をしていた。
王太子は叔母が床に倒れているのを見て、顔を青褪めさせた。
将軍が鬼のような顔になり、止めるように命じた部下たちを睨む。
「どういうことだ?」
「申し訳ありません。我らが駆けつけた時には、食事が始まっていたのです」
王太子が将軍の部下に叫ぶように命じた。
「そんなことより、一刻も早く医師と魔術士を呼んでこい!」
先に一人の宮廷魔術士が駆けつけ、【解毒治療】の魔術を施した。強烈な毒だったようだが、ラヴィーニアの容体が魔術により少し回復する。
医師が駆けつけ、無理やり毒を吐かせた。宮廷魔術士も数人が駆けつけ、それぞれが【解毒治療】を施す。そのおかげで虫の息だった容体が命の危険がなくなる程度まで回復した。
その様子をジッと見守っていた王太子は厳しい顔をしていた。
医師が脈を取って頷いた。
「もう大丈夫でございます。毒を食べた量が少なかったので、助かったようです」
「毒は何に入っておったのだ?」
「牛肉料理でございます」
王太子の好物である料理だ。狙いは王太子だったと分かる。
王太子と一緒に見守っていた国王は、青い顔をしていた。
「ガイウス、どういうことなのじゃ?」
「モルドス神国の刺客です。メルビス公爵領で我が国と揉めたことを根に持ったブラジコフ教皇王が、刺客を寄越したのです」
「兄上、暗殺者は捕らえたのですか?」
アウレリオが質問した。
「未だ捕まえてはおらん」
「申し訳ありません」
サムエレ将軍が頭を下げた。将軍は王族を警護する護衛兵を増やし、城内にいるだろう暗殺者の男を見つけ出すために多くの兵を探し回らせた。
将軍はすぐに発見するだろうと考えていたが、意外にも捜索は難航した。
翌日、リカルドが登城した。グレタが捕らえた暗殺者が何か喋ったか、確かめにきたのだ。
「将軍、酷い顔ですね。寝ていないのですか?」
「ああ、王族を毒殺しようとした刺客が捕まっておらんのだ」
サムエレ将軍は昨日からの出来事を、リカルドに話した。それを聞いたリカルドは首を傾げた。
「その刺客ですが、なぜ男だと分かったのですか?」
「それは城に侵入する時、庭師の男が持っていた許可札を使ったからだ。男と女では許可札の色が違う。暗殺者は男だ」
リカルドは頷いてから、尋問しているだろう男が何か白状したか尋ねた。
サムエレ将軍が暗い表情を浮かべる。
「すまん……あの暗殺者は死んだ。歯に毒を仕込んでいた」
リカルドは少しがっかりした。暗殺者が何人でロマナス王国へ来たのか分からないと、いつまでも不安が残るからだ。
「だが、暗殺者は三人だというのは分かった」
「どうやってですか?」
「捕らえた男の似顔絵を描いて、覚えている者がいないか、調べさせたのだ」
将軍の話では、似顔絵の男を覚えていた兵士がいて、暗殺者たちは三人で王都に入ったそうだ。覚えていたのは、三人の言葉に聞き覚えのない訛りがあったからだという。
「ということは、後一人ですね。そいつが毒使いだということになる」
「そうなのだ。だが、どうしても見つからぬ」
自分なら、どこに隠れるかと考えてみた。しかし、リカルドでも思いつかない。兵士は城内すべてを探したはずだからだ。
「男の暗殺者か……男? 将軍、暗殺者が女に変装しているということは?」
サムエレ将軍が一瞬驚きの表情を浮かべ、走り去った。それを見送ったリカルドは、溜息を吐いてから帰宅した。
しばらくして最後の暗殺者が殺されたという知らせを受けた。やはり女装して、王太子に毒を盛る機会を窺っていたらしい。激しく抵抗したので、殺さざるを得なかったようだ。
暗殺者全員が死んだことを王太子は残念がった。証拠・証言がなければ、公式にモルドス神国へ懲罰を加えることができなかったからだ。なので、王太子も暗殺者を雇った。
しかも超一流の暗殺者で失敗したことがないという凄腕だ。『目には目を歯には歯を』だと考えたのだ。もちろん、標的は教皇王である。