軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

scene:194 討伐局副局長

リカルドとパトリックから祝福を受けたタニアだったが、あまり嬉しそうではなかった。

「なんや、嬉しそうやないな」

「当たり前よ。書類処理係に指名されたようなものじゃない」

リカルドは苦笑した。

「でも、書類処理は局長や副局長の仕事の一つだよ。本来の仕事をしているのだから」

タニアは納得できないという顔をする。

「でも、予算の二割を決める権利が与えられたと聞いとるがね」

「予算は予算よ。私の懐に入るわけじゃない」

リカルドが軽く笑った。

「相変わらず真面目だな」

「どういう意味?」

「ジャンピエロとライモンドを見てみればいい。あいつらは自分たちの派閥が提出した研究案に予算をばら撒くつもりらしいじゃないか」

「私にも同じことをやれと言うの?」

「【命】の魔術に関する研究をしたいと言っていたじゃないか。その予算を注ぎ込んだらいい」

「そんなことが許されると?」

「局長とライモンド副局長は同じようなことをやるつもりでいる。タニア副局長が、応援したいと思った研究に予算を振り分けても文句は言えないはずだ」

魔術士協会には、元々長老派と王権派という二つの派閥があった。但し、最近はもう一つの派閥が増えている。イサルコ派とかリカルド派とか曖昧な名前で呼ばれていたが、『革新派』という名前が定着した。

派閥のメンバーはリカルドとタニア、パトリックの三人を中心に、小僕から魔術士になった者が大半を占めている。

元小僕の魔術士の中には究錬局に配属された者もおり、リカルドも研究を手伝ってもらうことがある。

「革新派のシドニーたちが、究錬局に配属されている。彼らに【命】の魔術に関する研究を提案させたらいい」

「シドニーたちは、【命】の魔術について詳しいの?」

「たぶん、詳しくはないと思う。でも、実際に研究するのは、タニアだから問題ない」

予算を振り分ける権限のある者自身が研究するものには、予算を割り振れないというルールがある。なので、局長は同派閥の仲間に研究案を提出させて予算を振り分ける手を使っていた。

これはイサルコが局長になるまで続けられていた慣習だった。イサルコ以前の歴代局長が本当に研究をしていたのなら問題なかったのだが、予算は遊興費に使われていたようだ。

タニアが呆れたような顔をする。

「詐欺のような気がするけど」

「本当に研究して、成果を出せば問題ない。ジャンピエロなんかは、長老派の宴会に研究費を使おうとしているらしいから、こんな誤魔化しくらいは許される範囲だと思う」

何かあった時のために、ジャンピエロとライモンドが不正に手に入れるだろう研究費を何に使うのか、調べるつもりでいる。

もちろん、リカルド自身が調べるわけではない。王都には情報屋のようなことを仕事にしている者がいるので、仕事として頼もうと考えたのだ。

魔術士協会を辞めたイサルコは、家族を連れてリョゼン領へ旅立った。旅立つ前に、王太子がイサルコを呼び出し、支援することを約束したらしい。

リカルドとパトリック、タニアは、イサルコが去った魔術士協会で話し合いをしていた。

「セラート予言の最終年に、魔境から魔獣が溢れた時、王国は国民を守り通せるだろうか?」

リカルドの問いに、タニアが眉間にシワを寄せた。

「王太子殿下が手を打っているんでしょ」

「そうだけど、魔獣と戦える兵士を育てるのは、時間がかかるということなんだ」

それにセラート予言に関する対策をしていると、隣国などがロマナス王国が軍備拡張をしていると疑い、拡張する前に、攻め込もうと考えるらしい。

これは東のクレール王国や北のモルドス神国がそうだ。クレール王国はボニペルティ領での戦いにおいて、敗北している。

それが原因でクレール王国の王家は疑心暗鬼になっているという。

「でも、一度負けているのに、どうしようと言うの?」

タニアは納得できないという顔をする。

「王太子殿下が心配されているのは、クレール王国とモルドス神国が手を組むことさ」

タニアが溜息を吐いた。

「トリドール共和国の時のように、首都を攻撃して数十年は刃向かえないようにすれば、良かったのよ」

パトリックが苦笑した。

「あの時は、ロマナス王国軍にそれだけの力がまだなかったがね」

「分かっているけど、大事な時期に邪魔されるのは、頭にくるじゃない」

パトリックがリカルドに視線を向けた。

「王太子殿下は、どういう方針なんきゃ?」

リカルドは王太子から聞いた情報を話し始めた。

「クレール王国へは、外務部が動いている。外交官が変な動きをしないように説得しているらしい」

「説得ね。どんな説得をしているのかな」

タニアが愚痴るように言った。というのも、我が国の外交官はあまり優秀ではなかったからだ。

「あの国は、ロマナス王国の国力を分かっている。交渉に応じると思う。問題はモルドス神国だそうだ」

「えっ、神国は巨蟻ムロフカの子供によって、大変な被害を受けたんでしょ」

タニアが声を上げた。被害を受けたモルドス神国がロマナス王国へ戦いを挑もうとするとは、思えなかったのだろう。

パトリックも同じように思ったようだ。

「そうだよ。神国の首都で巨蟻ムロフカの子供は暴れたと聞いたがや。今は復興に力を注いでいるんじゃないんきゃ?」

「そこが宗教国家の難しいところさ。ブラジコフ教皇王は神に見放されたのじゃないかと、民衆が疑い始めたそうだよ」

「どういうことなの?」

タニアが尋ねた。

「復興作業を始める前に、教皇王は神の意志が自分とともにあると、証明しなければならなくなった」

「何それ?」

パトリックも首を傾げていた。

「教皇王は、どうやって証明しようというんだがね?」

「神の試練を受け、達成するそうです」

神の試練とは、不可能だと思えることを課題として課されるらしい。

「嫌な予感がする。その課題というのは何なの?」

「来月行われる神託によって決まるそうだ」

パトリックは、神託などというものを信じていないという目をしていた。

「胡散臭い話だがね。リカルドは信じているんきゃ?」

リカルド自身は、神託というものを胡散臭いと思っていた。とは言え、他国の宗教に口を出すべきでないとも考えている。

ロマナス王国は、大地母神ヴァルルを信仰している者が多い。それに比べ、モルドス神国は天空神クライールを信じる国家だ。

モルドス神国とロマナス王国は、友好国としての歴史が長いが、ロマナス王国の内政が乱れ始めた頃から、王家と教皇王との交流が途絶えた。

そして、東部地方での支配力を伸ばし始めたメルビス公爵家とモルドス神国が小競り合いを起こすようになり、友好国としての歴史は終わった。

「その神託が、魔境の巨蟻ムロフカを倒せ、とかだったらどうするのかな?」

タニアが想像を膨らませて言った。

「自分なら、教皇王を辞める」

リカルドが断言すると、パトリックとタニアが意外だという顔をする。

「リカルドなら、勇んで魔境へ行き巨蟻ムロフカを倒す、と思っていたがね」

「私も」

「自分は『脳筋』じゃないつもりなんですけど」

タニアとパトリックが首を傾げた。

「脳筋? 何それ?」

タニアの質問にリカルドが説明した。

「脳みそまで筋肉が詰まっているような、考えなしの人間のことです」

パトリックが何かを思い出したかのように、渋い顔をする。

「どうしたの?」

タニアがパトリックに尋ねた。

「討伐局に、その脳筋が一人いるがや」

パトリックがいう脳筋は、討伐局の副局長であるナサエルのことだった。

「ナサエル副局長は、魔獣討伐の時に『突撃!』とか叫んで、先頭に立って向かっていくような人なんだがね」

リカルドは故郷のファビウス領で一緒に戦ったフラヴィオのことを思い出した。フラヴィオはホーン狼をロッドで殴り殺すような魔術士だったので、リカルドも覚えている。

「フラヴィオ殿みたいな人だな」

「いやいや、フラヴィオ殿が普通に見えるくらいのおっさんなんだがね」

パトリックがナサエル副局長の凄さを説明した。

それによると、ホーン狼より格上の毛長角牛を特製のロッドで撲殺したらしい。

「魔術士が撲殺してどうする。それとも魔成ロッドに魔力を流し込んで衝撃波を発生させたのか?」

「いや、普通に撲殺していたがね」

「ふーん、討伐局には面白い人がいるんだな」

パトリックが溜息を吐いた。

「リカルドは、他人事だからそれで済むが、こっちは命がかかっているがね。副局長の下で討伐を行う時はヒヤヒヤだと聞いとるがや」

パトリックが言っていることも理解できた。だが、自分には何もできないとリカルドは思う。

「しかし、そんな戦い方をして、よく生き残っているね」

タニアが不思議に思ったようだ。魔術士の戦い方とは真逆だったからだ。

「あいつは変に人望があるがね。手強い敵が現れた時は、部下が盾になって助けたことがあったがね」

「部下を危険に晒すなんて、クズね。いつか流れ弾に当たって死ぬんじゃない」

タニアが言う。書類仕事ばかりを回されて、ストレスが溜まっているようだ。

リカルドはパトリックを心配して、黒魔術盾の触媒を渡した。

「危険な時は、バンバン使って生き残ってくれよ」

「ありがとう。リカルドが味方で良かったがね」

「そう言ってくれると嬉しいな。ああ、それと黒魔術盾も真正面から受け止めるだけじゃなくて斜めに受けると、斜め後ろにいる者に向かって撥ね返せるから、利用すればいい」

リカルドの言葉に、タニアとパトリックは唖然とした。

「斜め後ろって、もしかしてナサエル副局長のことを言っているの?」

「いや、これは一般論だよ」

タニアとパトリックは、リカルドの中にある暗黒面を見たような気がした。

三人で話をした次の日、パトリックは討伐局の局長室へ呼ばれた。

その部屋には、同僚の五人の魔術士が揃っていた。パトリックと同様に戦闘準備をした状態である。

「後は、ナサエル副局長だけか」

局長のシスモンドが椅子に座って、時間を気にしていた。

「遅くなりました」

ナサエル副局長が部屋に入ってきた。パトリックより頭一つ高い大男だ。甲冑ワームの外殻で作った鎧を装備している。

「さて、魔術士協会に討伐依頼が来ておる。倒すのは暴黒モグラの群れである」

同僚の魔術士たちが顔をしかめた。暴黒モグラは双角鎧熊と同じ脅威度5の魔獣である。簡単に倒せるような相手ではなかった。

ナサエル副局長は、嬉しそうに肩をぐるぐる回している。

暴黒モグラだと撲殺は無理だろうと、パトリックは思った。

「敵がいるのは、どこですか?」

ナサエル副局長が、今にも飛び出していきそうな感じで尋ねた。

「ロマナス平原小領群の一つミュンダ領だ」

ミュンダ領は、王都の北にあるリンドス河と魔境に挟まれた地域である。ミュンダ子爵が支配する領地で、最近になって、王家に忠誠を誓うようになったはずだ。

「ふん、腕が鳴るぞ」

副局長の言葉を聞いて、まさかとは思うが、暴黒モグラを撲殺しようと考えているんじゃないだろうな、と心配になるパトリックだった。

シスモンド局長も、大丈夫なのかと心配そうな様子で見ている。

「ナサエル副局長、君は暴黒モグラを倒せるような魔術を習得しているかね?」

「問題ありません。私が習得している魔術に【筋肉増強】という魔術があります。これさえあれば、暴黒モグラなど敵ではありません」

パトリックは顔をしかめようとして、途中でやめた。

このおっさん、やっぱり暴黒モグラを撲殺しようと考えとるがね。本当に大丈夫なんやろうか? 出発前から不安になるパトリックだった。