軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

scene:193 新たな伯爵

「ん……その怪我はどうされたのです?」

イサルコが怪我をしている二人に尋ねた。二人はブスッとした顔のまま黙っている。代わりに執事のダヴィドが答えた。

「アンセルモ様は、ハードスパイスの実のある場所で大蛇蜘蛛に襲われたそうでございます」

大蛇蜘蛛は、大蛇の頭を持つ巨大蜘蛛で胴体長二メートルほどもある。妖樹エルビルと同レベルの魔獣であり、魔術士と一緒に行ったのなら、問題なく倒せたはずだ。

「ガヴィノ殿は、どうされたのです?」

「魔境岩塩を採取に行かれたそうなのですが、甲冑ワームに遭遇されたのだそうです」

甲冑ワームは、全長五メートルほどの大ミミズである。名前の通り堅固で分厚い皮に覆われており、倒すのが難しい魔獣だった。

「魔術士の方々が一緒に行ったのではなかったのかな?」

ガヴィノが鼻を鳴らして不満を口にする。

「ふん、魔術士など何の役にも立たん」

「大蛇蜘蛛や甲冑ワーム程度なら、リョゼン領の魔術士でも倒せると思うが?」

執事も頷いている。

リカルドはアンセルモとガヴィノの様子を見ていて、不審に思った。顔に転んだような擦り傷が多かったのだ。こいつらは魔獣に遭遇して逃げたんじゃないのか、とリカルドは思った。

イサルコが戻ってきたことに気づいた親族たちが集まってきた。

「三人とも戻ったのだな。結果を聞こうじゃないか」

親族とイサルコたちは、会議室に入った。

リョゼン伯爵家の分家筆頭であるアキュラスがストレートに尋ねた。

「伯爵の遺言にあった素材は、手に入れられたのかな?」

アンセルモとガヴィノが、視線を逸らした。

「ガヴィノとアンセルモは、失敗したようですな。イサルコ殿はどうなのです?」

分家筆頭がイサルコに尋ねた。

「ポルア草を手に入れた。これで決まったということですね」

アンセルモが鬼のような顔になって、イサルコを睨んだ。

「納得できん。偶々今回は、あんたが最初に成功しただけだ。それだけで伯爵を継ぐ資格があるとは認めんぞ」

アンセルモの尻馬に乗って、ガヴィノも騒ぎ始めた。

「そうだ。イサルコ殿はずっと王都で暮らしていたんだ。今さらリョゼン領に戻って、伯爵の地位を継ぐなど承知できん」

イサルコが強烈な威圧を込めた目で、二人を睨んだ。その威圧を感じた二人は、怯えた顔になる。

「な、何だ。も、も、文句があるのか?」

アンセルモがあわあわしながら言った。

「黙れ……遺言に従って競争を行い、私が勝利したのだ。約束は守ってもらうぞ」

ガヴィノが声を上げた。

「横暴だ」

「横暴なのはお前たちだ。競争で決めるということは、二人も承知したはず、今になって無効にすることこそ、横暴というものだ」

リカルドはジッと敗者の二人を観察していた。この二人とイサルコを比べると役者が違うという感じだ。イサルコが主役級なら、アンセルモとガヴィノは、日雇いで集めたエキストラだった。

アキュラスは跡継ぎが決まったと感じた。最初から思っていたが、アンセルモとガヴィノは問題外だった。リョゼン領はイサルコが継ぐことになる。

「ガヴィノとアンセルモは、屋敷から出ていけ。今後は伯爵家の力を当てにせずに、真面目に働くのだな」

「俺はリョゼン伯爵の甥なんだぞ。少しくらい相続する権利があるはずだ」

親族たちは顔を見合わせて、二人に一年ほど暮らせる金を渡すことにした。

金を持った二人は屋敷を去った。残ったイサルコとリカルドは、親族から領地についての説明を受けた。その後、リョゼン伯爵の執務室の鍵を渡された。

その鍵を受け取ったということは、伯爵を受け継ぐことを意味するらしい。ただ領民などへの発表は、国王に報告し承認されてからになるそうだ。

執務室に入ると、伯爵が管理していた帳簿や書類が山のようになっていた。

「この帳簿や書類を、私が管理することになるのか?」

「そうでしょうね。ご苦労様です。でも、それは魔術士協会でも同じだったではないですか。代表理事や同格の理事がいない分だけ楽かもしれませんよ」

「その代わり責任も重くなる」

イサルコは三日だけ書類の整理をしてから、魔術士協会に戻ることにしたようだ。正式に伯爵の地位を継ぐことになれば、魔術士協会の理事という職を辞さなければならない。

そうなると、引き継ぎや雑事が発生すると愚痴っていた。

領都モルタを離れ、執事のダヴィドが用意した馬車でコグアツ領のブルグへ向かう。ちなみに、リカルドが自家用車を使っていないのは、アントニオに貸しているからだ。

モルタを出て二時間ほど、山道に差し掛かったところで、道を遮るように木が倒れているのを見つけた。

御者が馬車を停めたので、リカルドとイサルコは外に出た。

モンタは馬車の中で熟睡している。この頃になると一日の大半を眠って過ごすので、リカルドは起こさずに残した。

「誰かがわざと道を塞いだのだろうか、山賊か?」

イサルコが、木の根本を斧か何かで切った痕跡があるのを発見した。

「山賊かどうかは分かりませんが、気を付けてください」

リカルドは黒魔術盾と魔彩功銃を取り出した。

その時、北側の藪から爆炎弾のようなものが飛んできた。リカルドは反射的に黒魔術盾を掲げ、その引き金を引いた。黒魔術盾の前方に魔力障壁が発生する。

爆炎弾は黒魔術盾の魔力障壁にぶつかって爆発した。

ほとんどの爆発力は、魔力障壁が弾き返した。だが、黒魔術盾を持つリカルドの手に強い衝撃を受け、盾が弾き飛ばされそうになる。

「誰だ! 姿を見せろ!」

イサルコが怒鳴り声を響かせた。だが、相手は姿を見せる気がないようだ。

リカルドは魔彩功銃を構え、爆炎弾が飛んできた方向に連射した。藪の向こう側で悲鳴が上がる。ガサリと低木が揺れ人が現れて倒れた。

倒れた男はガヴィノだった。

「山賊かと思ったら、お前か」

イサルコが呆れたという顔をする。リカルドは藪を睨んで魔彩功銃を向けた。

「もしかして、アンセルモ殿もいるのかな」

リカルドが出てくるのを促すように、藪に向かって魔彩功銃を撃ち込んだ。ただ、その脅しだけで襲撃者が出てくるとは思っていなかった。

「私がやろう」

イサルコが前に出た。魔成ロッドを構えると、【爆散槍】を藪の奥に撃ち込んだ。爆発音が聞こえ、悲鳴が上がる。

五人の男が藪を掻き分けて姿を現した。その中にはアンセルモの姿もある。他の四人は傭兵のような男たちで、魔砲杖を装備していた。

「痛い、血が出ているぞ。何とかしろ」

アンセルモの贅肉を纏った肉体から血が流れ落ちている。

倒れていたガヴィノが起き上がった。

「貴様、私を殺す気か」

その言い草にリカルドがムッとした。自分たちから先に殺そうとしたくせに、反撃されると非難する。こういう奴が一番嫌いだった。

碌な覚悟もないくせに、他人を殺そうとする。『ふざけるな!』とリカルドは思う。

殺される覚悟があれば、他人を殺してもいいと思っているわけではないが、殺される覚悟もないのに他人を殺そうというのは、他人の命を軽んじていることだと、リカルドは思っていた。

リカルドは魔成ロッドと触媒を取り出し、【泥縛】の魔術を発動した。アンセルモたちの足下が泥沼と化し、彼らの身体がずぶりと沈んでいく。

「うわっ」「ひゃあ」

そんな声が聞こえ、肩の辺りまで泥に沈んだ。

「ほう、【泥縛】という複合魔術だったな」

「ええ、こいつらをどうしますか?」

イサルコは、泥の中で青くなっているガヴィノたちを見下ろす。

「どうしたものかな。こいつらが心を入れ替えるとは、思えんのだ」

ガヴィノとアンセルモが命乞いを始めた。彼らの身体は地面の中で動けなくなったようだ。

「助けてくれ。心を入れ替えて、イサルコ殿のために働くから」

「私もそうだ」

リカルドは二人の顔を見た。胡散臭い顔だ。特に目が濁っている。

「リカルド、どう思う?」

「全然、信じられません」

「そうだな、私もそう思う」

それを聞いたアンセルモの顔が醜く歪んだ。殺されると思ったらしい。

「この人殺し野郎、呪ってやる」

「私も便秘になるように呪ってやる」

ガヴィノは、恐怖のあまり精神に異常が起きているようだ。リカルドは、何で便秘なんだと悩んだ。

イサルコも理解不可能だったようだ。

「便秘?」

「そうだ、便秘にしてやる。糞を詰まらせて死ぬがいい」

支離滅裂な話だ。イサルコが悩んでいるような様子を見せた後、魔成ロッドと触媒を取り出した。

「イサルコ理事?」

「こいつらは、死罪に相当する罪を犯した。改心することはないだろう」

地面に身体を沈めている男たちは大声で叫び、呪いの言葉を口にする。

イサルコは【滅裂雨】を放った。いくつもの衝撃波が生まれ、雨のように地面に降り注ぐ。その衝撃波がガヴィノたちの命を奪った。

「この遺体を深くに埋めてくれ」

「分かりました」

リカルドはもう一度【泥縛】を使って、遺体を地面深くに沈めた。

「ちゃんとした葬儀をしなくても良かったのですか?」

一応、伯爵家の親族なので尋ねた。

「伯爵家にとって、不名誉になる者たちだ。葬儀は行わない」

リカルドは近くの木に、二人の名前を刻んだ。墓碑の代わりである。

リカルドは、魔術で道に横たわる木を排除した。

「行こうか」

イサルコとリカルドは、馬車に乗ってコグアツ領への旅を再開した。馬車の中で眠っているモンタは、何事もなかったかのように幸せそうだ。

コグアツ領のブルグへ到着したリカルドたちは、船で王都へ帰還した。

◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

イサルコが魔術士協会の代表理事ジェズアルドに辞めることを伝えると、渋い顔をされた。魔術士協会でも人材不足であり、イサルコの代わりになるような事務能力の高い者がいないらしい。

「タニアはどうですか?」

イサルコが提案してみた。

「タニアか、彼女は高等魔術教育学舎で学んでおるのではないのか?」

「卒業論文を提出したそうです。もうすぐ卒業するでしょう」

「しかし、彼女は二十歳ほどだろう。理事となって究錬局の局長となるには若すぎる」

「ならば、副局長の二人から選びますか?」

現在の副局長は、王権派のライモンドと長老派のジャンピエロが就任していた。二人が副局長になったのは、派閥の力関係で押し上げられたという感じである。

つまり彼らの人格や能力が優れているというわけではないということだ。

「彼らに君に匹敵する事務能力があるとは思えん」

「局長は事務能力だけで、選ぶものではないですよ」

「そんなことは分かっておる。だがな、雑に纏められた報告書を読むのは、儂なのだぞ。処理する手間が増えるのは困る」

「ライモンドとジャンピエロは、新しい魔術を開発できるのですから、代表理事が言われるほど馬鹿だとは思えませんが」

「ふん、魔術を開発する能力と事務能力は違うぞ。あの二人が上げてきた報告書を読んだことがあるか?」

「もちろんです」

「気づいておらんようだな。あの二人が自分で書いたと言って提出してきた報告書は、筆跡が違うものが多い。誰かが代筆したのだろう」

タニアや副局長たち以外で、究錬局の局長に相応しい能力がある者となると、一人しか思い浮かばなかった。リカルドである。だが、タニアでさえ若すぎると指摘されたのだ。彼女より若いリカルドは問題外となるだろう。

ジェズアルドが一つ提案した。

「副局長の二人の中で年長であるジャンピエロを局長にして、新たな副局長にタニアを就けよう。彼女には悪いが、書類整理をやってもらう」

イサルコは不満だった。苦労だけをタニアに押し付けるような結果となるからだ。そのことをジェズアルドに訴えた。

「ならば、予算配分の権利を、副局長に二割ずつ分割しようではないか」

「局長となるジャンピエロが承知するでしょうか?」

「嫌なら、局長をライモンドにすると言ってやる」

結果、ジャンピエロが局長になり、タニアが新しい副局長になることになった。リカルドとパトリックは、タニアの昇進を祝福した。