作品タイトル不明
scene:175 火災旋風
敵の要塞を目前にして、アレヴィ少将は敵兵の様子が気になった。どうも様子がおかしい。警告の鐘が鳴り響いているのに、防壁の上に配備されるはずの将兵の移動が遅い。
「まあいい、今のうちに門を攻撃しろ。第一列前へ!」
砲杖兵士たちが前に出て魔砲杖を構える。五〇〇丁ほどの魔砲杖から一斉に魔術が放たれる光景は圧巻だった。
鉄で補強された木製の巨大な門の半分が破壊され燃え上がる。敵兵士にも大きな被害が出たようだ。門の近くで泣き叫んでいる男たちがいる。だが、ここは非情に徹して攻撃を続けなければならない。
「第二列前へ!」
魔術を放った砲杖兵士たちが後ろに下がり別の砲杖兵士たちが前に出る。第二列の砲杖兵士たちが魔砲杖の引き金を引いた。
残っていた門の半分が破壊され要塞の正面に大きな穴が開く。少将は開いた穴から要塞内部の町並みに魔砲杖を撃ち込ませた。
このまま押し込めるのではないかと思ったが、共和国軍も対応を始める。開いた穴に土嚢が放り込まれ、どんどんと塞がっていく。
一時的に指揮系統が乱れていたようだが、立ち直ったらしい。丸太や石材も運ばれ壊れた門が塞がれていく。少将は引き続き砲杖兵士に攻撃させたが、何万もの兵士が防御を強化しているので、魔砲杖の攻撃による破壊も限定的なものになっていた。
魔砲杖の威力不足なのだ。これが黒震魔砲杖だったら、積み上げた土嚢を貫き背後の町並みを破壊していただろう。
共和国軍の反撃が始まった。弓兵が矢の雨を降らせ始めたのだ。しかも、数が少ない魔術士までも攻撃に参加している。共和国の魔術士は【風】の魔術を得意とする者が多いようだ。
【嵐牙陣】や【滅裂雨】など攻撃魔術が、ロマナス王国の兵士たちを襲い始めた。少将は砲杖兵士を後ろに下げ、盾を持つ槍兵を前に出す。
槍兵たちが持つ盾は、通常の盾であり魔術盾ではない。魔術の強力な風で盾が吹き飛ばされ、槍兵の死傷者が生まれた。
「クソッ、魔術盾の増産が間に合っていれば……」
黒魔術盾はリカルドしか作れないが、ただの魔術盾なら魔導職人でも作れたので、王太子は大量生産を命じていた。しかし、今回の戦いには間に合わなかったのだ。
少将は負傷者を後ろに運び手当するように命じた。
「犠牲者を出してしまったが、敵兵を引きつけることはできたようだ。そろそろ殿下が動き出すはず」
少将が呟いたように、アウレリオ王子が率いる魔術士部隊が要塞の近くまで来ていた。
「殿下、魔術の射程内に入ったようです。攻撃の命令を」
ヴィットリオがアウレリオ王子に命令を促した。
「サルヴァートよ。この一撃は出し惜しみするな。分かるな」
王子は賢者マヌエルの上級魔術を使えと、サルヴァートに要求した。この戦いに賭けている王子の意気込みが感じられる。
サルヴァートは賢者が残した資料から習得した【風】の上級魔術を選んだ。【裂竜旋風】という魔術で、三つの竜巻を同時に発生させ、家屋などを破壊する絶大な破壊力を持つ魔術である。
魔術士たちは一斉に得意な魔術を放った。その中で多かったのが、サルヴァートが伝授した【火焔槍撃】である。要塞内部に着弾した巨大な炎の槍は、爆発し周囲を焼いた。
そして、サルヴァートが放った【裂竜旋風】が要塞を蹂躙する。三つの竜巻が建物を破壊し、炎を吸い上げて炎の竜巻へと変化した。火災旋風である。
アレヴィ少将は遠くから火災旋風を見ていた。熱気が凄まじく、要塞に近付くことさえできなくなっていたのだ。
「凄まじい……誰が放った魔術なんだ?」
少将の副官が燃え上がる要塞を見つめながら答えた。
「宮廷魔術士長が放ったものではないのですか」
「いや、これほどの魔術をヴィットリオ殿が放ったとは思えん」
敵兵たちは要塞から逃げ出した。逃げ遅れた将兵は火災旋風で焼かれ死んだ。要塞内にいた敵の半数が死亡し、半数が逃げた。
焦土と化した要塞内部に入ったロマナス王国の兵士たちは、焼け死んだ敵兵の姿を見て顔をしかめた。
「酷いもんだ。サルヴァート殿の上級魔術は凄まじいな」
兵士たちはサルヴァートの魔術の威力を目で見て恐れを抱いたようだ。
この戦いにより、宮廷魔術士とサルヴァートは名を上げた。特にサルヴァートが放った上級魔術が賢者マヌエルが残したものだということが広まり、賢者の後継者だと評価されるようになった。
アレヴィ少将は難しい顔で、戦場跡を見ていた。
「どうされたのです?」
副官が声をかける。少将は副官の顔を見て溜息を吐いた。
「すまん、あまりにも呆気なく敵が瓦解してしまったので、不安になったのだ」
「不安……不安になるような要素はないと思いますが……今回は地形と魔術士部隊の魔術が噛み合って、大戦果を上げたのです」
今回の場合、要塞という閉鎖された空間に火災旋風が起きたことで致命的な被害が出てしまったが、これが野戦だったならば、結果は違っただろうと副官は意見を述べた。
「そうかもしれんが、王都バイゼルのことを考えてみろ。規模こそ違うが、同じような構造になっている。もし、同じような攻撃がバイゼルに加えられたとしたら、どうする?」
副官は、少将がどうして溜息を吐いていたか理解した。
「王都には魔術士協会があります。彼らに対策を考えさせればいいのです」
「なるほど、我々が考えても仕方ないということか」
アレヴィ少将は王都バイゼルに報告書を送った。
その報告書を受け取った王太子は、城にリカルドを呼んだ。
いきなり城に呼ばれたリカルドは、王太子の執務室に案内された。その部屋に入ると、怖い顔をした王太子が、リカルドを待っていた。
「そこに座ってくれ」
リカルドはソファーに座って、王太子の言葉を待つ。
「ミシュラ大公国から要塞戦の報告が届けられた。そこでサルヴァートが放った魔術が凄まじい威力を発揮したようだ」
王太子はリカルドに報告書を渡した。その内容を読んだリカルドは、炎の竜巻という言葉を読み、火災旋風だと理解した。
「サルヴァートの魔術がバイゼルに対して放たれた場合、アレヴィ少将が心配しているような被害が出るのか?」
リカルドは王都の地形を考慮し、火災旋風が起きた場合にどうなるか考えた。王都の建物は一部レンガ造りになっているが、大部分が木造である。
一旦火がつけば燃え上がるだろう。
「少し実験をしてもいいでしょうか?」
「実験だと……どういうものだ?」
リカルドは土嚢と木材で王都の模型を作り、そこに魔術を放って火災がどこまで広がるか確かめたいと伝えた。
「いいだろう。人手が必要だな」
王太子が兵士一個小隊を呼び、リカルドの指示に従い作業するように命じた。
兵士たちが土嚢を積み上げ、王都の街壁のような形を作り上げた。その中に建物の代わりに薪を放り込む。そして、薪の何本かに火をつける。
「それで、どうするのだ?」
「【風】の魔術の【竜巻】を放ちます」
【竜巻】は初級上位の魔術である。単に竜巻を起こすだけの魔術なので使う者は少ない。
リカルドが魔術を放った。火がついた薪の上に竜巻が発生する。
竜巻が火を吸い上げ始めた。竜巻は炎と空気を吸い上げ大きな火柱となる。
「おおっ」
王太子が驚きの声を上げた。後方で見ていた兵士たちも驚きの表情を浮かべ見ている。
小さな火災旋風が、積み上げられた土嚢の内側で暴れ回っている。その火災旋風から散らばっている薪に火が燃え移った。
「消火せよ」
王太子の命令で、兵士たちが桶に汲んであった水をかけて消火する。
火が消えた土嚢の内部を、王太子が検証した。ほとんどの薪が焼け焦げていた。
「あれを大きくした炎の竜巻が三つか。凄まじい光景だっただろうな」
王太子は共和国の要塞で起きた惨状を想像し身震いした。
「【消火水弾】の魔術が、有効かもしれません」
リカルドが【水】の魔術を提案したことで、王太子は少し安心したような顔をした。
「しかし、巨大な炎の竜巻を相手に、【消火水弾】が効果があるだろうか?」
王太子の言う通り、焼け石に水という恐れもある。巨大な火災旋風に少量の水が効果を発揮するだろうか、王太子の危惧は納得できるものだ。
「【消火水弾】を強化した魔術を、開発することも可能だと思います」
「ふむ、その魔術があれば大丈夫なのか?」
「何人かの魔術士が協力して消火すれば、炎の竜巻も消せると思います」
「その魔術を開発するのは、時間がかかるのか?」
リカルドは使えそうな魔術単語を記憶から引っ張り出し、何とかなりそうな感触を得た。王太子は正式に魔術の開発を依頼した。
報酬はムナロン峡谷で産出される白い煌竜石だ。リカルドが欲しいと思っていたものである。ケイトラなどを製造して、白い煌竜石の在庫がなくなっていたのだ。
魔術士協会に戻ったリカルドは、図書館で調査しながら魔術の開発を始めた。今回の開発は比較的容易だった。元になる【消火水弾】があり、それを強化するだけだったからだ。
追加すべき魔術単語が見つかり、リカルドは実験することにした。必要な触媒の量は中級上位の魔術に相当する量を用意する。
魔術士協会の訓練場で実験を始めたリカルドに、訓練中の魔術士が気づいて注目した。
「あれはリカルド殿だろ。何をしてるんだ?」
「面白そうだ。見学させてもらおうぜ」
魔術士たちが集まり始めた。魔術士の間ではリカルドが王太子のお気に入りであることが知られており、畏怖と尊敬の対象となっていた。
魔術士たちが見守っている中、リカルドが訓練場の中央に向かって呪文を詠唱した。
「 エスナ(水よ) ・ ボアト(巨大な) ・ ケジェルト(球となり飛び) ・ ジュデバウロ(縦に爆ぜろ) 」
リカルドの頭上に一メートルほどの水球が生まれ上昇する。上昇する過程で水球が大きくなる。直径五メートルほどとなった水球が、上空から斜めに落下を始めた。
訓練場の中央に着弾した水球は垂直方向に向かって爆散する。水飛沫が二〇メートルほどに達して、その威力が証明された。
リカルドが着弾地点に近付くと、直径五メートルほどの穴が開いていた。
「これは失敗か」
見守っていた魔術士たちは十分な破壊力だと思ったようで、これほどの威力がある魔術を失敗だと言うリカルドに畏怖の念を覚えた。
だが、他の魔術士たちは知らなかったのだ。これが攻撃魔術ではなく消火用の魔術だということを。
リカルドは改良を続け、【爆水消火】という魔術を完成させ王太子に献上した。ちなみに最初に作った攻撃威力のある魔術は【爆水弾】と命名し、リカルドの攻撃魔術の一つとなった。
【爆水消火】の褒美として、リカルドには大量の白い煌竜石が与えられた。その褒美を持ってきたのは、サムエレ将軍だった。
「将軍に使い走りをさせられるのは、王太子殿下だけですね」
「信用できる者が少ないというのが、問題なのだ」
王太子が王家を掌握してから日が浅い。そのせいで、王太子が本当に信用できる者が悲しいほど少ないのだ。
「その煌竜石を使って、何を作るつもりなのだ?」
「土木工事に使うブルドーザーを造ろうと考えています」
「ブルドーザー? どんなものなのだ?」
リカルドはでこぼこした土地を削って平らにする土木作業車の説明をした。
「なるほど、そんな機械があれば、道路整備や土木工事の作業が捗るのは分かる」
「副都街の開発に加え、王太子が提唱する触媒増産事業を行うためにも必要なんです」
飼育場を建設するために一番時間がかかるのは整地作業である。ブルドーザーを導入することで整地にかける時間を半分にしようとリカルドは考えていた。
「そんな機械ができるのなら、軍でも欲しいな。どれくらいで開発できそうなんだ?」
「バイゼル学院の講師の仕事が終わり、ミル領のガブス渓谷の調査に行ってからになりますから、ちょっと時間がかかると思います」
「やっと、ガブス渓谷の開発を始める気になったか」
「そう言いますが、あの渓谷を開発するには、それなりの準備が必要だったんです」
リカルドは、ガブス渓谷を妖樹の飼育場として開発するつもりでいる。それも妖樹タミエルの飼育場である。安全に飼育するための工夫が必要であり、それを考えていて取り掛かるのに時間がかかった。
ちなみに、ガブス渓谷の調査旅行にはマッテオたちを連れて行くつもりである。将来的にマッテオにガブス渓谷に建設する飼育場を任せられないかと考えているのだ。