作品タイトル不明
scene:174 アウレリオ王子の魔術士部隊
トリドール共和国の首都警備部隊指揮官であるマルツェル将軍は、首都近辺から次々に兵力が引き剥がされていることに懸念を持った。
そして、戦いが起きているロマナス王国との国境線から一万の兵力を、メルセス城塞都市に向かわせるという評議会の命令を聞き、危機感を覚える。
マルツェル将軍は、ミシュラ大公国に侵攻しているヤロスラフ将軍と対立している人物である。他国へ無理な侵攻作戦を仕掛けることに反対し、ニコライ議長から睨まれていた。
副官であるヴァスィルを呼び確認した。
「首都の兵力は、どれほど残っている?」
「首都の外縁に駐屯している兵力が一万、それと我々の首都警備部隊が五千ほどです」
マルツェル将軍は考え込んだ。危険なほど防御兵力が減っていると思ったのである。
「評議会は、ロマナス王国方面の兵力を引き抜いても、王国軍が我が国に侵攻することはないと考えている。それは本当に正しいと思うか?」
「……そうですね。オクタビアス領の兵力はおよそ四千、その数で我が国に侵攻するのは無謀です。評議会の考えも間違ってはいないと思います」
「そうか。しかし、嫌な予感がするのだ。部下たちに油断するなと命じておいてくれ」
「承知しました」
マルツェル将軍は、ロマナス王国軍が使用している魔砲杖と呼ばれる装備が、戦いを左右していると感じていた。
「我が軍にある魔砲杖の数は?」
「研究用に購入したものが、十数丁だけです」
「足らんな。もう少し早く気づいておれば、数を揃えられたのに」
共和国でも魔砲杖の研究は行われており、購入した魔砲杖を基に試作もしていた。ただ初期段階であり、下級魔術である【炎翔弾】を模倣した威力の低いものが完成しているだけだった。
魔砲杖のことを考えていると、ヴァスィル副官がメルセス城塞都市へ向かわせる兵力について提案した。
「国境線から戻ってきた兵たちと、首都外縁で待機している兵力を交換したらどうでしょう」
副官は現在首都にいる一万の兵士をメルセス城塞都市へ送るのはどうかと提案しているのだ。
将軍が渋い顔になった。戻ってくる兵士たちは精鋭ではないが、平均的な兵士である。一方、首都外縁で待機している兵士たちは、体力が落ちた年長の兵士や若い未熟な兵士が多い。
「いや、メルセス城塞都市は必ず奪還せねばならない。未熟な兵士が多い部隊を派兵するのは問題がありすぎる」
「ですが、負傷兵が多いと報告がありました」
「ふむ、負傷兵は首都に残すしかあるまい。戦場に送っても邪魔になるだけだ」
「しかし、彼らは疲れているはず。反逆者たちを鎮圧できるのでしょうか?」
「新しい指揮官に頑張ってもらうしかないな」
ロマナス王国軍に撃退された指揮官は更迭され、新しい指揮官としてズビニェク将軍が就任することになっている。この将軍はニコライ議長に賛同してミシュラ大公国へ侵攻するべきだと主張した男だ。
「あの提灯持ちに期待するのは無駄です。将軍が手を挙げた方が良かったのでは?」
この副官は辛辣な男のようだ。マルツェル将軍は苦笑した。
「私はニコライ議長に嫌われているからな」
「このままでは、祖国が滅んでしまいます。将軍の力で何とかならないのですか?」
「無茶を言うな。私に 謀反(むほん) を起こせと言っているのか」
「ですが、王国軍が本気で攻めてきたら、どうするのです?」
「その時は、ミシュラ大公国の国境線で戦っている兵力を戻すしかない。そうなれば、ニコライ議長やパヴェル委員長は責任をとって退陣するしかないだろう」
ヴァスィル副官は、ロマナス王国軍の動きを調べさせる必要があると意見した。
「しかし、それは越権行為になるぞ」
マルツェル将軍の責務は、首都ギセルを守ることだけだ。敵国の動静を探るというのは職務の範囲を超えている。
「ですが、このままでは……」
「不安なのは分かる。だが、他国の動静を探るとなれば、諜報部の人員を動かす必要がある。あれは評議会が手綱を握っている。無理だな」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
クス領に進軍している首都急襲部隊を率いているのは、オルランド中将である。功績により少将から中将へと昇進した彼は、ヨグル領から送られた竜樹馬に跨っていた。
大型の馬ほどに大きくなった竜樹馬は、根っこが絡みついたような足で軽やかに歩いていた。この竜樹馬は馬ほどのスピードは出なかったが、持久力は馬より優れていた。
そして、街道を北上する竜騎兵たちを見た人々は、その怪異な姿に畏怖した。特に竜のような頭を見て、怯えた顔をしている。
歩いているだけで、これだけの恐怖を振り撒いているのだ。竜樹馬が一団となって敵に突撃すれば、凄まじい迫力があるだろう。
しかも竜騎兵は魔砲杖を装備している。百名しかいない竜騎兵だったが、運用次第では大きな打撃力を持つだろう。オルランド中将はそう期待していた。
部隊がクス領の領都セロスに到着。クス領の領主レアンドロは、青い顔をして王都から来た軍勢を見つめた。
「これが王家の軍か。侮りすぎていたか」
王家の力が弱まった頃から、密かに領土拡張を 目論(もくろ) んでいたレアンドロ子爵は、この軍勢を前にして野望を諦めた。クス領程度が持つ軍事力で王家に反抗しても、一瞬で踏み潰されてしまう。子爵はそう感じたのだ。
首都急襲部隊が子爵の前で止まった。
「オルランド中将、ご苦労さま。待っておりましたぞ」
「これはレアンドロ子爵、お世話になります」
「伝令から聞いたが、共和国のモンジョ砦を攻めるそうだな?」
「ええ、子爵には道案内を頼みたいのです」
レアンドロ子爵は表情を曇らせた。
「中将、軍事の専門家である貴殿に失礼だとは思うが、あの砦は難攻不落。とても落とせるとは思えんのだが」
共和国が築いたモンジョ砦は、石造りの堅牢な構造物だった。背丈の四倍ほどもある防壁と二つの見張り塔、それに石造りの城館が聳えている。
「モンジョ砦が防御力の高い建物だということは知っています。ですが、そのために用意してきたものがあるのです。心配無用」
「そうなのか。それで、すぐに攻撃を開始するのかね?」
「いいえ、ミシュラ大公国の国境線で攻勢が始まってからになります」
アウレリオ王子が率いる魔術士部隊は、王都バイゼルを出発し大公国に向かっている。首都急襲部隊の攻撃は、魔術士部隊が共和国軍に痛撃を加えてからになっていた。
「ところで、レアンドロ子爵殿。リョゼン領の伯爵が王家の支配を受け入れ、戦賦税を納めると申し出たのですが、クス領はどうします?」
レアンドロ子爵の額に脂汗が滲み出た。ここで王家に逆らうようなことを言えば、反逆罪で捕らえられるかもしれない。
これが数年前なら、オクタビアス公爵が黙っていなかっただろうが、今の状況では子爵が切り捨てられるだろう。
「そ、それはもちろん我が子爵家からも戦賦税を納めるようにいたす」
「それは良かった。王太子殿下が喜ばれる」
王太子は首都急襲部隊が立ち寄らなかった領地にも書面を出し、王家の支配を受け入れるか判断を迫っている。もちろん、メルビス公爵の支配力が強い領地を除いてのことだ。
メルビス公爵だけは、未だに王家の支配を拒んでおりトリドール共和国との戦いを見守っているらしい。
一方、王都から交易船で大公国へ向かった魔術士部隊は、首都クラベスに到着した。
「やはり揺れない大地がいいな。船旅で楽しいのは最初だけ、周りが海ばかりだと飽きる」
アウレリオ王子が大地を踏みしめ、ホッとしたような声を出した。それを聞いたサルヴァートが同意した。
「そうですね。ライモンドなどは船酔いで寝込んでしまいましたから、大変でした」
魔術士協会の一員であるライモンドは、乗り物酔いする体質だったらしく王都の港を出た直後から青い顔をして寝込んでしまった。
「船から降りれば回復するだろう。それより、詳しい戦況を聞きたいのだが」
「もうすぐ、大公国の使者が来るはずです」
しばらくして大公国のピエルマルコ伯爵が姿を見せた。
「お待たせして申し訳ありません。外務卿のピエルマルコでございます」
「ピエルマルコ伯爵ですな。よろしく頼む」
伯爵は王子たちをクラベス城に案内した。城内に入った魔術士たちは兵舎で休むことになり、王子とヴィットリオ、サルヴァートの三人だけが大公と謁見するために城の奥へと向かった。
正式な挨拶を済ませた大公と王子は、話し合うために会議室へと移動。そこで話し合いが始まった。
「戦況はどうなっているのですか?」
「一旦撃退された共和国軍が、数の優位を活かしてじわじわと攻めてきている。国境線に近付く敵兵を砲杖兵士団を始めとする支援部隊が対処しているが、小部隊で五月雨式に攻撃を繰り返す共和国軍に手を焼いておる」
サルヴァートは敵の作戦が分かった。砲杖兵士団を疲労させると同時に、魔術触媒を消費させることを狙っているのだ。
散開した状態で近付いてくる小部隊に、最初は魔砲杖で攻撃していたが、効率が悪いと判明し弓兵の攻撃に変わっていた。
一度失敗した作戦だったが、触媒の残量を見誤っただけで基本的な考えは間違っていないと敵の指揮官は判断したようだ。
「悪い兆候です。大公陛下はどう考えておられるのですか?」
「アレヴィ少将と話したのだが、こちらから打って出ようという話をしていたところなのだ」
「なぜです。このまま持久戦に持ち込めば、共和国軍は諦めるのではないですか?」
サルヴァートが意見を言った。
大公が力なく首を振った。
「ダメなのだ。数の優位がある敵軍が交代で攻めてくるのに対し、味方は交代させるほど数がない。疲労が蓄積している」
「なるほど、後になるほど不利になるということですか?」
アレヴィ少将は敵陣の側面から接近し、魔砲杖で攻撃を仕掛けることを考えていたようだ。
「面白い。その作戦が上手く行けば、敵に甚大な損耗を与えることができる」
アウレリオ王子は、その作戦に乗り気のようだ。
「そのためには陽動部隊が必要だと、アレヴィ少将は申しておった」
陽動部隊が敵の注意を引き付けている間に、本命の攻撃部隊が敵陣に近付く作戦らしい。
王子は支援部隊と合流することにした。
首都クラベスから国境線までは歩いて数日。スカッビア砦に到着した王子は、アレヴィ少将を呼んだ。
「殿下、ご支援ありがとうございます」
「挨拶はいい。触媒の残量はどうなのだ?」
「大きな戦いが二度起きれば、無くなります」
「憂慮すべき事態だな。補給はどうした?」
少将が肩を落とした。
「触媒の生産が追いつかないようです。王太子殿下も増産に手を尽くしておられるのですが、オクタビアス領での戦いでも多くの触媒を消費しており、少し待ってくれとのことです」
王太子が実権を握ってから、触媒の備蓄を始めた。しかし、それほど備蓄が進まないうちに共和国との戦いが始まったのだ。
「知らなかった。兄上は触媒の備蓄をしておられたのか。そんなこと、考えもしなかった」
アウレリオ王子は、自分が王太子より考えが浅いと気づき唇を噛み締めた。
「大公陛下に聞いたのだが、陽動作戦と敵陣への攻勢作戦を考えているそうだな?」
ヴィットリオが尋ねた。少将は頷く。
「ええ、この状況を打開するには、思い切った作戦が必要だと考えたのです」
サルヴァートが敵陣の様子が分かる図面を要求した。少将がテーブルの上に地図を広げた。敵陣は要塞としての機能を持つ町だった。
強固な防壁で囲まれた町。防壁の高さは大人の三倍ほどあり、防壁の上から弓を射られるようになっている。
「バイゼル城を国境線へ移築したようなものだな」
アウレリオ王子が感想を述べた。
「攻め落とすのは難しいと思われます。ただ魔術を町の内部に撃ち込めば、大きな打撃を与えられるでしょう」
「分かった。それで陽動部隊は?」
「我々が務めます。殿下の魔術士部隊と大公国軍千名は夜の闇に紛れて、この地点まで侵入してください」
少将が地図の一点を指差した。
「いいだろう。決行は明日の夜から翌々日の早朝で良いか?」
「はい。我々は翌々日の早朝に敵陣の正面を攻撃します」
「側面の方が良いのではないか?」
「いえ、正面にある門が弱点となっておりますので、そこを攻めます」
「分かった」
その翌日は魔術士や兵士を休ませ、夜になってアウレリオ王子たちは出陣した。
同じ頃、敵陣ではヤロスラフ将軍が高いびきをかいて寝ていた。そして、朝日が昇ったと同時に騒ぎが起こった。攻めてきたアレヴィ少将の部隊を見張り兵が発見したのだ。
見張り兵は警告の鐘を鳴らした。
ヤロスラフ将軍は五月蝿い音を遮るように布団を引き上げ頭に乗せる。
「将軍、起きてください。敵襲です」
寝ぼけた将軍が寝台から下りて、ズボンを履こうとする。だが、片足をズボンに入れ、もう片方を持ち上げた時、バランスを崩した。
「あっ」
将軍を起こしにきた従卒が、嫌な予感を覚えて声を上げる。
バランスを崩した将軍は、顔から床に倒れた。鼻が潰れ、そこから真っ赤な血が流れ出す。脳震盪を起こした将軍は身体をピクピクさせている。
その様子を見た従卒が呟いた。
「この戦いは負ける」
幸いにも軽い脳震盪だけで、すぐに将軍は回復した。だが、従卒が騒いだので『将軍鼻血事件』は共和国軍兵士の間に広まり、士気を低下させた。