軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

scene:176 ガブス渓谷調査

講師の仕事が終了し、リカルドは魔術士協会に戻った。学院からはもう少し続けてもらえないかという話があったが、やりたいことがあるのでと言って断った。

ガブス渓谷を調査しなければ、と思っていたのだ。

それに受け持った生徒たちは立派な魔術士に成長した。これ以上は他の講師や教授たちに任せても大丈夫だと考えた。

リカルドはマッテオたちに協力を依頼し、ケイトラで一緒にミル領のガブス渓谷へ向かった。

助手席には女性魔獣ハンターのエルナが座り、荷台にマッテオとバルビオが乗っている。ガタゴトと音を立てながらヨグル領の街道を西へと進む。

「ヨグル領は、魔獣がうようよいるような土地だと聞いていたけど、違うのね」

エルナが感想を言った。

「王太子殿下が魔境門の防衛力を高め、領内の魔獣を排除したからです。そのおかげでヨグル領の領民は安心して暮らせるようになったんですよ」

「へえー、トリドール共和国の議員も、見習って欲しいなぁ」

共和国の議員は、魔獣駆除には積極的でないらしい。そのせいで魔獣が増え、魔獣ハンターを仕事にする者が増えたようだ。

街道を行き交う人々は、ケイトラが走りすぎると、あれは何だという顔をして見送る。

兵士が警護しているヨグル領とミル領を繋ぐトンネルに到着した。ここを警備している兵士の何人かとリカルドは顔見知りだったので、顔パスでトンネルを通る。

ミル領に入ると、魔獣が多くなった。狼系の魔獣が多く、山賊ウルフと何度も遭遇しマッテオたちが撃退した。と言っても、ケイトラに飛び乗ってこようとする狼を撃退するだけなので、数は多くない。

「こういう魔獣が多い場所に来る時には、ケイトラの荷台にも箱型の防御壁が必要ですかね」

リカルドが襲ってくる山賊ウルフを見て言った。エルナは荷台のマッテオとバルビオを見てから、

「防御壁を用意する前に、座席が必要だと思うけど」

「ああ、そうですね。でも、これは荷物を運ぶために作ったんですよ」

「でも、リカルドさんは収納碧晶を持っているんでしょ」

リカルドは肯定して頷いた。

「これは飼育場で使う予定だったんです。でも、これ以上に便利な旅行手段がないので、中々手放せなくなって」

「自分用のものを作ったらいいんじゃない」

「そうですね」

自分専用の車と言われて思い出すのは、日本に住んでいた時に乗っていた四ドアモデルのジープだ。家族には不評だったが、車はジープと決めていた。

ジープのような車を造るには一つ解決しなければいけないことがある。魔力炉の小型化と燃料の自動供給システムである。運転手が一人だけだと、魔力炉の火力を調整し燃料の薪や石炭を供給するのが大変なのだ。

こんな時に石油があれば便利なのだがとリカルドは思った。しかし、この世界で石油らしいものの情報を聞いたことがない。燃料になるものは限られているのだ。

ガブス渓谷の近くまで来て道が途切れた。この先は歩いていくしかないようだ。リカルドたちはケイトラから降りて歩き始めた。ケイトラは置いて行くしかない。こんなところだと車泥棒も居ないだろう。

マッテオがリカルドに気になったことを尋ねた。

「そのガブス渓谷だけど、どれくらい広いんだ?」

リカルドは副都街の五倍ほど広いと教えた。

「五倍だって……途方もない広さだ。そこで妖樹を飼育する事業を始めるのか、凄いな」

ガブス渓谷の入り口は封鎖されていた。魔獣が入らないようにと考えたのだろう。バリケードを退けて中に入る。王太子は中の魔獣を退治したと言っていたが、それは完全ではなかったようだ。

まず、頭突きウサギと遭遇した。

「こいつを晩飯にしよう」

バルビオが簡単に頭突きウサギを仕留めた。

リカルドは地形を頭に入れようと注意深く周りを観察した。渓谷の中心をミデラ川が流れ、両岸には広葉樹の林が存在する。そういう細長い地形を山々が囲んでおり、外へと繋がる道は一つしかなかった。

「飼育場を造るとすれば、あそこの林かな」

リカルドが声を上げた。それを聞いたマッテオが首を傾げる。

「どうしてだ。あそこは土地が低くなっていて、ジメジメしているみたいだぞ」

「妖樹の飼育には、大量の水が必要なんです。低い場所の方が水を利用しやすいから」

「ああ、そうか。でも、妖樹の食料はどうする?」

妖樹タミエルは土壌から吸い上げる養分と光合成だけでも成長するが、その成長は遅くなる。早く成長させるには動物性の栄養分を与えなければならない。

リカルドはベルセブ諸島の漁場で大量に漁獲できるイワシやニシンに似た魚を魚粉に加工して、餌として与えるつもりだった。

もちろん、海藻類を与えるのもいいだろうと思っている。しかし、海藻を大量に収穫するのは大変そうなので、主力の飼料は魚粉になるだろう。

ここまで魚粉を運ぶには、道路と港の整備が必要になる。もしかしたら、鉄道を開発することも考えなければならない。

「妖樹に魚を与えるのか。よくそんなことを思いつくな」

「何年も妖樹の飼育をやってきたから、それくらいは……」

リカルドは照れたように笑った。

「その飼育場で、何体くらい育てるんだ?」

「とりあえず、三〇〇体から始めようと思っている」

種から育てた妖樹タミエルが一年くらいで収穫できる大きさに育つ。一体から三本の魔功蔦が採れるので、三〇〇体なら九〇〇本の魔功蔦、幹の部分は触媒として売れる。

「触媒が高くなっているから、今は大丈夫だけど、将来はどうなんだ?」

「セラート予言が終わる数年後までは、触媒が値下がりすることはない……いや、魔砲杖に替わる武器ができるまでは触媒の値段は下がらないと思う」

妖樹飼育事業は将来性があるとリカルドは思っていた。確実に儲かると思っているので、鉄道を開発しても利益は出ると考えている。

当初はミル領の港からガブス渓谷までを考えているが、王都からヨグル領を経由してミル領までの線路を敷いても、利益がでるのではないか。

その時、川上の方で爆発音にも似た轟音が聞こえた。

「何だ?」

バルビオが緊張した表情で剣を抜いた。音が聞こえたのは、川上にある滝の方角である。

その滝は遠くから見えた。リカルドたちは滝へと向かう。

高さ六〇メートルから水飛沫を散らしながら大量の水が滝壺に落ちている。リカルドたちが近付いた時、その滝壺に黒いものが浮いていた。

「何だろう?」

マッテオが声を上げる。

「滝の上から落ちたんだろうけど、魔獣なのか?」

エルナが用心しながら、滝壺に浮いているものを覗き込んだ。

「危ないぞ。死んでいないかもしれない」

マッテオがエルナに注意した瞬間、滝壺に浮いていたものが水中から跳び上がった。

「気をつけろ!」

リカルドが叫び、マッテオたちが武器を抜いて散開する。滝壺から飛び出した魔獣の正体は、双角鎧熊だった。

六〇メートルの高さから滝壺に落ちて気を失っていたようだ。タフな魔獣である。普通の剣や槍では仕留められない魔獣だ。リカルドは収納碧晶から黒震槍と【地】の魔功ライフルを取り出し、マッテオに魔功ライフルを渡した。

「その武器を使ってくれ」

後ろ足で立ち上がった双角鎧熊がリカルドたちを睨んで咆哮を放った。

「兄さん、そいつで双角鎧熊を近付けないようにして」

マッテオは双角鎧熊に向けて魔功ライフルの衝撃波を放った。仕留められるほどの威力はないが、双角鎧熊に痛みを与え退かせるだけの威力はある。

バルビオがリカルドが持っている黒震槍を見て、

「それは双角鎧熊を倒せる武器なのか?」

「ええ、この引き金を引けば、黒い空震刃が現れる。それで突けば、双角鎧熊でも仕留められます」

「ならば、俺に貸してくれ」

リカルドは迷ったが黒震槍を渡した。こういう戦いに慣れているバルビオの方が適役だと考えたのだ。その代わり、エルビルロッドと触媒を取り出す。

マッテオとバルビオの二人が協力しながら戦っている。マッテオが魔功ライフルで牽制し、バルビオが隙を見つけて黒震槍の突きを入れている。

双角鎧熊は全身から血を流して苦しみ始めた。バルビオの突きで胸と腹、足に穴が穿たれ剛毛が血まみれになっている。

リカルドは魔術を放つチャンスを待った。だが、近距離で動き回る大熊は魔術を放つ隙を与えなかった。

戦いにおいて、間合いは大切な要素だ。剣にしろ槍にしろ、それぞれに適正な間合いがあり、それは魔術であっても同じだった。リカルドは魔術を放つために距離をとった。

ようやく魔術を放てる距離になった時、バルビオが双角鎧熊の首に空震刃を突き立てた。大量の血が吹き出て大熊の足がふらついた。

マッテオは血が吹き出ている首に、魔功ライフルの衝撃波を叩き込む。それが致命傷となり双角鎧熊は倒れた。

リカルドは握りしめていたロッドを仕舞った。

「お見事です」

「凄い、双角鎧熊を倒しちゃった。二人とも凄いよ」

エルナが大喜びしている。魔獣ハンターが双角鎧熊クラスの魔獣を倒した実例はほとんどないようだ。このクラスの魔獣になると、魔術士を呼ばないと倒せないというのが常識になっている。

「倒せたのは、リカルド殿が貸してくれた槍があったからだ」

「本当に、凄い武器を持っているんだな」

リカルドは魔功ライフルと黒震槍を返してもらい仕舞う。

「しかし、滝の上から魔獣が降ってくるとは、思っていませんでした。何か対策を立てないとダメですね」

マッテオがリカルドの顔を見た。

「どうするんだ?」

「そうですね。滝壺を囲むように防壁を築いて、魔術士と警備兵を置かないと」

「飼育場の経営というのも大変そうだな」

リカルドが苦笑いして頷いた。

マッテオたちが双角鎧熊を解体し貴重な部位を回収した。

それからガブス渓谷を調査したリカルドは、詳細な地図を作成し王都に戻った。その地図を基に開発計画を作成し、王太子に提出する。

王太子からは開発の許可をもらったのだが、トリドール共和国との戦いが終わってから始めて欲しいという要望があった。仕方なく、戦いが決着するまで別の研究開発を進めようと考えた。

といっても、ブルドーザーを開発するような時間はないだろう。

そこで欲しいと思っていたジープを製作することにした。

魔導職人のヴィゴールと話し合いながら、まず魔力炉の改良に取りかかった。考えた末に、魔力炉の燃料を変えることにした。今までは薪や石炭を燃料にしていたのだが、町中で走らせる魔術自動車には不向きだと判断した。

薪や石炭はかなり煙が出る。後々それが問題になるのではないかと考えたのだ。リカルドは魔力炉で燃やすものを実験し、木質ペレットが良いのではないかと見当をつけた。

木質ペレットは煙が少なく灰も少ない。ペレットの形状を工夫すれば、自動供給システムも作れそうだと考えたのだ。

ちなみに木質ペレットは木材を顆粒状に破砕して、特定の形に圧縮固形化したものだ。

ケイトラを作り上げた経験があるので、基本的な技術は揃っている。今回は乗り心地にこだわり、サスペンションや座席を工夫した。

リカルドとヴィゴールで作り上げた魔術自動車は、『ルシープ』と名付けられた。この言葉は『小型』という意味を持つ古い言葉なのだが、ジープに似ていたのでこれに決めた。

リカルドが魔術自動車を欲しがったのは、自宅を副都街に引っ越すという理由もある。副都街の家から魔術士協会に歩いて通勤するのは、さすがに大変だと考えたのだ。

兄のアントニオは、自宅と飼育場を往復していたので大変だったと思う。

ルシープがもうすぐ完成するという頃になって、トリドール共和国との戦いが、決着へと動き出した。