作品タイトル不明
scene:159 マッテオとアントニオ
翌日、マッテオたちは王都見物に出掛けた。トリドール共和国の首都ギセルと比べても、ロマナス王国の王都は賑やかなように感じる。
この国で内戦があったのは、最近の話のはずだ。マッテオたちは疑問に思いながらも、街の様子を見て回った。
「内戦があったようには思えないな」
バルビオがマッテオとエルナに告げた。エルナは王都住民の活気ある顔や様々な商品が溢れる商店街の様子を見て頷く。
「それほど激しい戦いじゃなかったんじゃないの?」
「戦場は、北のベルーカ山脈を越えたアプラ領だったらしいから、王都に影響はなかったんだよ」
マッテオたちが不思議がるほど、王都バイゼルは繁栄していた。これは王太子が進めている政策が関連している。
王太子は南にあるサラウド大陸諸国との交易を増やしていた。最初はユジュラ王国だけと交易していたのだが、西隣の宗教国家カティオス神教国とも交易を始めようとしている。
それに伴い五隻運行している交易船を倍に増やそうと造船命令を出していた。その動きに気づいた商人や貴族たちが王都に集まっている。
商人たちは交易に参加させてもらおうと、交易担当の役人のところに日参しているようだ。日参して何をしているかというと、企画書を提出している。
何をサラウド大陸で売って、何を買うか企画書に書いて提出するのだ。
最初のうちは商人に任せていたのだが、サラウド大陸では絶対に売れないものを交易船に積む商人も出たので、事前にチェックすることになった。
なので、役人がチェックするのはサラウド大陸で売ろうとする品物で、購入品はほとんど自由である。
マッテオたちは二日かけて王都を見て回った。商店街や漁港、工房街などである。そして、王都の住民と話をするうちに副都街という街が存在することを知った。
「ねえねえ、その副都街に行ってみようよ」
エルナの提案に、バルビオとマッテオが承知する。
次の日、マッテオたちは第二南門へ向かった。第二南門から外へ出て副都街へ足を向ける。時間はあるので、のんびりと歩き副都街へ入った。
副都街の中は馬車禁止のようだ。入口近くに厩舎と馬車置き場があり、馬車で来た者はここで降りて徒歩で副都街に入るらしい。例外は、王族が乗る馬車のみのようだ。
これはアントニオとリカルドが決めたことである。副都街の道路を石畳にしようと計画しているリカルドが、馬糞の処理に困り王族以外の馬車を全面禁止にしたのだ。
リカルドが馬車の代わりに導入したのが、人力車である。貴族や商人の中には、人力車に乗って副都街を走り回るのを面白がる人々もいるらしい。
マッテオたちは道路を石畳に変えようと工事している作業員たちの横を通って、大公園の方へと向かう。大公園は大きな二つの池と、それを繋ぐ水路が完成していた。
周りには様々な樹木が移植され、十数年経てば立派な森となるだろうと予想させる。
その大公園を眺められる場所に、商店街が建設されていた。この国に初めて建設されたアーケード商店街である。
商店街の通りの上には、ガラスで覆われた屋根がある。これほど贅沢にガラスが使われている建造物は、この国でもここだけだ。
「凄え、道の上に屋根がある」
マッテオはアーケード商店街に驚いた。屋根があるのに暗くないこともそうだが、王都の商店街にも負けないほど様々な品物が売られているのにも驚いたようだ。
買い物客も多い。トウモロコシ畑で働いている小作人家族や大工や土木作業員などの家族、飼育場で働いている者の家族が買い物に来ている。
副都街と呼ばれるようになった沿岸地帯は、三、四人ほどの人数で運営した飼育場が始まりだったらしい。その飼育場を始めたのが、アントニオという実業家だと聞いた。
「へえ、俺の兄さんと同じ名前だ」
マッテオが故郷のファビウス領で小作人をしているはずの家族を思い出した。
副都街の情報は、商店街で暇そうに時間を潰していた爺さんから仕入れたものである。息子がベルナルドの飼育場で働いており、爺さん自身はトウモロコシ畑で働く予定になっているらしい。
「そのアントニオ様が副都街の地主なのかい?」
バルビオが爺さんに尋ねた。
「いや、地主はアントニオ様の弟のリカルド様じゃ。王太子殿下が懇意にされている魔術士様じゃぞ」
マッテオはリカルドという名前を聞いて変な顔をした。それに気づいたエルナが、
「どうしたの?」
「いや、偶然だけど俺の兄さんがアントニオで弟がリカルドって言うんだ」
「へえー、偶然ね。その兄さんと弟さんは何をしているの?」
「アントニオ兄さんは小作人で、弟のリカルドは伯父の魔術士のところで働いているはずだ」
爺さんがニヤッと笑った。
「おいおい、副都街のアントニオ様やリカルド様を、お前さんの兄弟と一緒にしてもらっちゃ困るぞ」
マッテオがムッとした顔をする。
「悪かったな」
不貞腐(ふてくさ) れた顔をするマッテオをバルビオとエルナが笑った。
バルビオが腹を押さえて言い出した。
「少し腹が減ってきたな。爺さん、この辺で美味しいものを食わせる店ってどこだ?」
「そりゃあ、リカルド様が作られた店じゃ。商店街の奥から二番目にある」
マッテオたちは、その店に行ってみることにした。
周りの店より倍近く大きな店だった。出入り口が二つあるようで、マッテオたちは手前の入り口から入る。
「見てみろよ。向こう側の壁に大きなガラスを使った窓があるぞ」
マッテオが明るい日差しが差し込む窓ガラスに気づいて声を上げた。
「贅沢な店ね。ねえ、ちょっと高いんじゃない」
「いや、そうでもないぞ。反対側の壁に値段表が書いてある」
王都の伝統料理とも言うべき魔獣肉の串焼きや魔獣肉と根菜のごった煮は、マッテオたちも分かったが、中華まん、ピザ、お好み焼きという食べ物は、どんなものか想像もつかない。
マッテオたちはお好み焼きと麦茶を頼んだ。
「今から焼きますから、ちょっと待ってください」
料理人らしい男が返事をして、準備を始めた。焼かれて熱くなった鉄板の上に油が塗られ、そこに白いどろりとしたものが落とされた。
油が音を立て、しばらくすると香ばしい匂いが周りに広がる。お好み焼きが次々に焼かれ、最後に黒いソースが塗られた。そのソースは貴重なようで、料理人が慎重に塗る。
お好み焼きソースは、リカルドと料理人たちが工夫して作ったもので、貴重な蜂蜜や香辛料が使われている。なので、料理人は塗りすぎないように慎重になっているのだ。
出来上がったお好み焼きは、食べやすいように六分割され木皿に乗せてマッテオたちに渡された。
「へえ、これがお好み焼きか」
窓際の席に座ったマッテオたちは、窓から見える大公園を見ながら食べ始めた。食べ方はピザを食べるような感じの手掴みである。
「おっ、うまい」
甘辛いソースと中に入っている肉と野菜が絡み合って絶妙な美味しさを引き出している。マッテオたちは食事を楽しんだ。
食事を終え出入り口に向かっている時、出入り口付近のテーブルで人相の良くない男たち五人が馬鹿でかい声で騒いでいた。
「馬鹿言ってんじゃねえ。俺の取り分が、お前らと同じてえのは承知できねえぞ。俺が牙猪に止めを刺したんだからな」
「最初に一撃を食らわせたのは俺だ。お前は最後に出てきて止めを刺しただけだろ」
彼らも魔獣ハンターのようだ。マッテオたちは関わり合いになりたくなかったので、急ぎ足で店を出ようとした。
突然、喧嘩が始まった。マッテオたちは、喧嘩を避けるために店の奥へと戻る。
店の客も階段のある店の奥へと下がった。店員の一人が階段で上の階へと向かう。誰かを呼びに行ったようだ。
喧嘩はますます激しいものとなった。喧嘩をしている一人がマッテオたちのところまで転がってきた。朦朧とした様子で立ち上がった男は、エルナに襲いかかった。相手が誰だか分かっていないようだ。
「何するんだ!」
マッテオはエルナを庇って前に出て、男を突き飛ばす。
男はそこで頭がはっきりしたようだ。記憶に残っているのはマッテオに突き飛ばれたという事実だけ。
「いきなり、何しやがる!?」
「それは、こっちの 台詞(せりふ) だ。相手は向こうだろ。間違えるな」
マッテオの言葉に、男は不機嫌そうに顔を歪める。
「五月蝿え、どこのアホだ」
「お前に、アホ扱いされる覚えはない」
男とマッテオは不穏な雰囲気になった。まずいと思ったバルビオが仲裁に入る。
「待ってくれ。あんたを殴ったのは、向こうの仲間だろ」
「気に入らねえんだよ」
男はバルビオに殴りかかった。
仲裁に入ったはずなのに、バルビオと男が喧嘩を始めた。そうすると、不思議なことに男の仲間だった連中もマッテオたちに襲いかかった。
マッテオたちと見知らぬ魔獣ハンターたちの喧嘩に発展。その時、上の階へ行った店員が一人の若者を連れてきた。
「やめないか!」
その声には人を従える力があった。マッテオたちと喧嘩していた男たちが動きを止める。全員が声の主に視線を向けた。
その人物を見て、マッテオは兄のアントニオに似ていると思った。だが、アントニオが王都にいるわけがない。
「あ、アントニオさん、俺たちは騒ぎを起こすつもりはなかったんだ」
王都の魔獣ハンターらしい男たちは、姿勢を正して頭を下げた。どうやら、その人物は副都街における権力者のようだ。
「君たちを雇っているのは、街で喧嘩をさせるためじゃなく、周囲の魔獣を狩って欲しかったからなんだぞ」
「はい、それは分かっています」
男たちのリーダーらしい人物が返事をした。アントニオはマッテオたちに視線を向け、ハッとしたような表情を浮かべる。そして、ニヤッと笑った。
「今度だけは勘弁してやる。もう帰れ」
男たちは店を出ていった。
残ったマッテオたちに、アントニオが声をかけた。
「話がある。上の部屋に来てくれ」
アントニオは三人を三階にある事務室に連れていった。三人をソファーに座らせ、自分も座る。そして、マッテオを見てニコリと笑った。
「マッテオ、今までどこにいたんだ。心配していたんだぞ」
その言葉を聞いたマッテオが、目を丸くして驚いた。
「や、やっぱり兄さんなの」
「ええーーっ!」「嘘だろ!」
バルビオとエルナが、マッテオ以上に驚いて大声を上げた。
「な、何で、兄さんが王都にいるんだよ」
マッテオがアントニオに尋ねた。マッテオは兄の顔に影が差すのを感じた。アントニオは故郷のユニウス村が小鬼族に襲われたことと、父親が死んだことを伝えた。
「そ、そんな……」
悲しみを堪えるマッテオ。エルナの手がその肩に置かれ、励ますように見つめた。
「母さんやセルジュ、パメラは?」
「大丈夫だ。魔術士になったリカルドが助けてくれた」
「良かった……ん……リカルドが魔術士だって?」
「ああ、アレッサンドロ伯父さんのところへ行ったリカルドは、伯父さんの弟子になって魔術士になったんだ」
「へえ、そりゃあ、凄い」
話を聞いていたエルナが恐る恐る口を挟んだ。
「あのー、質問してもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
「副都街の地主リカルド様と飼育場を経営しているアントニオ様というのは、本当にマッテオの兄弟なんですか?」
「まあ、そうだね。でも、私は大したことはないよ。凄いのはリカルドだけさ」
エルナが否定するように首を振った。
「いえいえ、何十人、何百人も人を雇っているんでしょ。凄いことです」
アントニオは照れたように笑った。それは人を惹き付けるような笑いであり、この人は大勢の人間の上に立っている人なんだと、バルビオとエルナは思った。
アントニオはマッテオを自宅に連れて帰ることにした。一刻も早く母親や兄弟たちに会わせたかったのだ。
「でも、依頼を受けているんだ」
マッテオが雇い主であるグラウルのことを思い出して言った。それを聞いたバルビオが、助け船を出す。
「一晩くらいなら、グラウルさんも許してくれるさ」
アントニオは自分も一緒にグラウルのところに行って、許しをもらってくると告げた。店を出たアントニオとマッテオたちは、王都の商店街へと向かった。