作品タイトル不明
scene:160 王立バイゼル学院の講師
アントニオはマッテオを連れて自宅に帰った。
その日のユニウス家は大騒ぎである。母親のジュリアは泣きながらマッテオを抱き締め、生きていたことを神に感謝した。
「お前は、どこで何をしていたんだい?」
「初めは商人になろうと頑張っていたんだ」
マッテオは商人から魔獣ハンターになった 経緯(いきさつ) を語り始めた。
リカルドも一緒に、マッテオの話を聞いている。だが、頭の中ではマッテオに関する記憶を頭の奥から引き出そうとしていた。
薄情と言われそうだが、次兄に関する記憶は 朧気(おぼろげ) なものになっていた。
「今は商人のグラウルさんの依頼で、王都まで来ていたんだ。荷物を受け取ったら、トリドール共和国のメルセス城塞都市に戻ることになってる」
「えっ、また他国に行ってしまうのかい?」
ジュリアは息子が再び遠くへ行ってしまうことを不安に思ったようだ。
「母さん、息子を心配するのは分かるけど、マッテオはもう大人なんだ。自分で考えて人生を決めるよ」
アントニオがジュリアに言った。
「ねえねえ、マッテオ兄さんは魔獣ハンターなんだよね。どれくらい強いの?」
セルジュが無邪気に尋ねた。マッテオが苦笑いする。
「俺なんか、全然強くない。やっと毛長角牛を倒せるようになったほどさ」
言葉では謙遜しているが、口調には誇らしそうな響きがあった。
「へえ、毛長角牛か。あれは美味しいんだよね」
毛長角牛はリカルドが仕留めたことがあり、セルジュは食べたことがあったのを思い出したようだ。
「セルジュは、毛長角牛を食べたことがあるのか?」
「うん、リカルド兄ちゃんが狩って肉を持って帰ったんだよ」
「そうか、リカルドは魔術士だったな。どんな魔術が使えるんだ?」
リカルドはあまり家族の前では魔術について話していなかった。秘密にしているわけではないが、自慢しているようで嫌だったのだ。
「中級魔術なら【爆散槍】や【溶炎弾】、上級魔術は自分で開発したものを使っています」
「あれっ、リカルドって、そんなしゃべり方をしていたっけ?」
「アレッサンドロ伯父さんのところで勉強したんだよ」
マッテオが納得したように頷いた。
「お前も苦労したんだな。それより、上級魔術を自分で開発したなんて、凄いじゃないか」
パメラが誇らしそうに胸を張って、
「リカルド兄ちゃんはすごいんだから、竜だって倒したんだよ」
「竜だって! そんな凄い魔獣を倒したのか」
リカルドが魔獣狩りをしたという話のついでに、様々な魔術道具を作ったことが話題になった。
「そういえば、トリドール共和国でもロマナス王国で開発された魔砲杖という武器を研究していると聞いたぞ」
周辺国にも魔砲杖のことは知れ渡っている。研究を始めているのは当然だろう。ただ、そのことを魔獣ハンターの間でも噂になっているということは、開発が進み試射とかも行われているからだろう。
「魔功銃については、知っていますか?」
「ああ、商人たちの何人かが、この国の商人から手に入れたらしい。トリドール共和国の評議員たちが高額で買い上げて調査させ、同じ武器を作ったそうだ。評議員の部下たちが自慢していた」
魔砲杖と魔功銃は、トリドール共和国でも高く評価されているようだ。だが、トリドール共和国の魔導技術は、ロマナス王国に比べて低レベル。構造の簡単な魔功銃はコピーできても、魔砲杖の開発には時間がかかっているらしい。
「共和国中の魔獣ハンターに、妖樹タミエルを狩って魔功蔦を手に入れろという通達が出た」
「魔功銃を発明したのは、リカルド兄ちゃんなんだよ。すごいでしょ」
セルジュの言葉にマッテオは驚いた。
「もしかして、魔功銃と魔砲杖を持っているのか?」
アントニオが笑って、自分の収納紫晶から魔彩功銃を取り出した。
「これは、リカルドにもらったものだ。通常の魔功銃より威力が高いんだぞ」
マッテオが目を丸くしていた。
「ちょっと待って。今どこから出したんだ?」
「ああ、マッテオは知らないのか。この国では紫玉樹実晶を加工した収納用魔術道具が開発されたんだ。作っているのは、副都街の工房なんだぞ」
「ええっ、碧玉樹実晶じゃないのか。収納碧晶なら見たことがあるんだ」
アントニオが首から下げているペンダント型収納紫晶を取り出して見せた。
「小さいな。これが収納碧晶と同じ働きをするのか」
「いや、入る量は随分と違う」
両手を使って収納紫晶に入る量を示すアントニオ。それを見て、量の少なさにマッテオが驚いた。
その日、遅くまで家族で語り合った。
翌朝、マッテオは宿に帰っていった。ジュリアはもう少し話したかったようだが、仕事があるのだから仕方ない。
リカルドとアントニオは、話し合ってマッテオに贈り物をすることにした。魔獣ハンターという仕事は、危険な仕事である。今回の護衛もきな臭い噂のあるトリドール共和国に戻るというものだから、装備を贈ろうと考えたのだ。
リカルドの持つ在庫の中に、クラッシュライノの革が残っていた。鞣した後、防具に使おうかと思っていたのだが、他の素材で装備を作ったので使い道がなくなっていたのだ。
この革を使ってマッテオと仲間の防具を作ろうと考えた。仲間の分もと考えたのは、仲間の戦力も向上すればマッテオが安全になると考えたからだ。
武器は片手で使える【風】の魔彩功銃を用意することにした。脅威度3までの魔獣だったら撃退くらいはできるだろう。
それに加え、ペンダント型収納紫晶も用意しようと考えた。魔彩功銃を隠しておく場所が必要だからだ。
一介の魔獣ハンターにすれば過剰な装備だが、リカルドとアントニオにとっては血の繋がった兄弟の命がかかっている。最大限の助力を行うつもりだ。
マッテオたちが王都バイゼルにいる間に、彼らのサイズを採寸して革細工職人に防具の製作を頼んだ。
彼らの依頼主であるグラウルが、バイゼルで商品を仕入れたのが四日後。その次の日には王都を立つというので、マッテオたちがユニウス家に挨拶に来た。
「俺たちまで装備をもらっていいのか?」
バルビオがリカルドに尋ねた。
マッテオたちは出来上がったクラッシュライノの革製の防具を身に着けていた。
「マッテオ兄さんの仲間ですから、当然のことです」
バルビオは高い装備を兄弟のために惜しげもなく贈るリカルドたちに、改めて金持ちなんだと感じた。
「くれるというならもらうが、高かったんじゃないか?」
「それほどじゃありません。素材は自分で狩ったものですし、革細工職人の手間賃だけです」
「本当に金持ちなのね。防具だけじゃなく収納紫晶と魔彩功銃まで……」
エルナの首にはリカルドが加工したペンダント型収納紫晶が下げられていた。その中には魔彩功銃が入っているはずだ。
「魔彩功銃は、本当に危険が迫った時だけ使ってください。高価なものなので、狙われる恐れがあります」
マッテオたちが頷いた。
マッテオたちが王都を去り、普通の生活に戻ったリカルドは、イサルコから呼び出しを受けた。イサルコの執務室に行くと、リカルドが作成した書類を読んでいる。
「春に提出された論文の報告書を読んだ。今年は不作だったようだな」
「理事もチェックされたので、知っておられると思いますが、雷系統の新しい魔術とタニアの論文以外は見るものがありませんでした」
イサルコが溜息を吐いて返事をした。
「そうなんだ。特に王立バイゼル学院の教授や講師から出された論文が酷かった」
「それは自分も感じました。教育の現場が衰退しているのかもしれません」
「由々しき問題だ。そこで学院の責任者と話し合い、魔術士協会から派遣する講師を増やすことになった」
イサルコはリカルドに講師として学院に出向してくれないかと頼んだ。究錬局の研究員が、学院の講師として出向することは、昔から行われていたことである。
研究員は四年に一回ほどの間隔で半年ほど講師を務めるのが普通だ。その順番が来たというだけなので、リカルドも承知した。
「そこで講師となる魔術士は、面接を受けてもらい担当する学年を決めることになっている。明後日、学院に行ってくれ」
「こちらから、どの学年を担当したいか希望を出すことができると聞いていますが?」
「ん、高等魔術教育学舎の生徒を担当したいのか。それは難しいぞ」
高等魔術教育学舎の生徒を担当した究錬局の研究員がいなかったわけではないが、その研究員は高等魔術教育学舎を主席で卒業した人物であり、教授たちからの評価も高かったようだ。
つまり高等魔術教育学舎を卒業していないリカルドには、高等魔術教育学舎は無理だということだ。
「いえ、初等科に入ったばかりの生徒を担当したいんです」
自分より年上の生徒を教えるのに抵抗を感じたリカルドは、そう希望した。
「なるほど、分かった」
面接の日、リカルドは王立バイゼル学院に向かった。
学院近くになると、生徒たちが通学する姿が目に入る。リカルドより少し年下の者たちが多い。初等科の生徒なのだろう。
門を潜り学院内に入る。リカルドは教授棟と呼ばれる建物に足を向けた。この建物には学院長の執務室があり、教授や講師たちが事務所として使っている。教授や講師は朝一番にここで全体会議を行い連絡事項を聞いて、それぞれの担当する学舎に向かうらしい。
リカルドが教授棟に到着。中に入り近くにいた人に面接会場の場所を尋ねた。
「魔術士協会の人か、若いな。二階に上がって右奥の部屋だ」
「ありがとうございます」
二階に上がり奥の部屋に行く。ドアの外には、究錬局の魔術士三人が待っていた。
リカルドも三人の横に座って順番を待つ。一人ひとりの名前が呼ばれ、面接を受ける手順のようだ。
「キシュタさん、お入りください」
名前が呼ばれ、最初の魔術士が部屋の中に入る。部屋の中には四人の教授が待っていた。
「そこの椅子に座ってくれ」
キシュタが椅子に座ると質問が始まった。
「君の得意とする魔術と一番深く研究した魔術系統は?」
「得意とする魔術は【竜爪斬】、魔術系統は【水】です」
自分の開発した【竜爪斬】の名前が出たので、タッデオ教授が興味を持った。【竜爪斬】を発動するための細かな質問を始めた。納得したタッデオ教授が、最後の質問を口にする。
「【竜爪斬】が得意ということだが、何か工夫した点はあるのかね?」
そう問われたキシュタが、目を点にした。全く予想していなかった質問だったからだ。
「……いえ、特に工夫している点はありません。教授が作られた【竜爪斬】は完璧です」
タッデオ教授は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ふん、それで【水】の系統魔術で開発した魔術はあるのかね?」
「【ダブル流水刃】という魔術を作りました」
教授たちが微妙な表情を浮かべた。名前は違うが、【流水刃】を同時に二つ放つ魔術は見たことがあったからだ。
それからいくつかの質問がなされた後、面接が終了した。キシュタが出ていったドアを見つめたタッデオ教授が溜息を吐いた。
「魔術士協会は不作なようだな」
イサルコ理事が、自分たちに対して同じように言っていることをタッデオ教授は知らなかった。
学院長でもあるグレゴリオ教授は、今日面接する魔術士の名前が書かれているリストに目を落とした。
「イサルコ理事は、特別に優秀な魔術士を候補に上げたと言っておったのだが」
よれよれのローブを着たエラルド教授がひょいと顔を出し告げた。
「それは最後に名前が載っておるリカルド君のことであろう」
「ほう、エラルド教授の知り合いかね?」
エラルド教授はニヤッと笑って頷いた。
「少し前に知り合ったばかりなのだが、博識で鋭い知性を持つ少年だ」
ローランド教授はリカルドのことを思い出し声を上げた。
「私もリカルドという少年を知っています。彼の母親がユニウス料理館を経営しているのだよ。あの料理を思い出すと……」
ローランド教授が遠い視線になって、料理のことを思い浮かべ始めた。
「面接を続けるぞ」
グレゴリオ教授はローランド教授を睨んで正気に戻させ、二番目の魔術士を呼ぶように指示した。
二番目、三番目の魔術士も大した人材ではなかった。リカルドは待ちながら段々と緊張してくるのを感じる。
最後にリカルドの名前が呼ばれた。ノックし中に入る。知り合いであるローランド教授とエラルド教授の姿が目に入り、少しホッとした。
最初の魔術士と同じ質問が発せられた。
「そうですね。一番使い慣れた魔術は【乾燥】です」
洗濯物を乾燥させるために使っているので、【乾燥】の魔術を使うことが一番多い。
「そうではない。君の使う魔術の中で最も威力のある魔術だよ」
グレゴリオ教授が苦笑しながら質問を訂正した。
リカルドが使える魔術の中で、最も威力のある魔術は【空震槍破】である。だが、【空】の魔術は秘密にしているので、【火】の上級魔術である【陽焔弾】の名前を出すことにした。この魔術はイメージが重要で、呪文を聞いただけでは習得できない魔術だったからだ。
「【陽焔弾】という【火】の上級魔術です」
教授たちの間で知っているかという確認が始まった。ところが、誰も知らない魔術だと判明。グレゴリオ教授が興奮した様子で尋ねた。
「聞いたこともない上級魔術だ。君が開発したものかね?」
「はい、初めて創った上級魔術です」
その答えを聞いて、グレゴリオ教授が値踏みするようにリカルドを見つめる。リカルドの言い方だと、他にも創った上級魔術があるように聞こえたからだ。
この少年は天才なのか、そう思ったグレゴリオ教授は、イサルコ理事が、リカルドのことを特別に優秀だと言っていたことを思い出した。